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週に一度だけ、口を出す

森の外れに、小さな家がある。


家といっても、ゲーム内の拠点だ。丸太と石を積んで、雨がしのげる程度のもの。扉の前には焚き火跡。脇に干し台。裏手には簡単な物置。必要なものだけが、必要な場所に置かれている。


ログインして最初にやることは決まっていた。水を汲む。薪を割る。火を起こす。湯を沸かす。


やることが少ないのがいい。


手順は作業として並んでいる。終われば終わる。次の通知に追われない。


釣り糸を垂らす場所も、採集の順番も、だいたい固定だ。効率のためではない。迷わないためだ。迷わなければ、余計な疲れが増えない。


Forest Route Online(FRO)

フルダイブVRMMO。

豊かな自然と圧倒的な没入感で、クラフトや生活系コンテンツが厚く、プレイヤーの工夫で遊び方が広がることを売りにして発売された。しかし近年はアップデートや運営方針の影響で戦闘面が強調され、前線攻略を楽しむ層と、まったり遊ぶ層のあいだに摩擦が起きやすくなった。


モリはゲームを作った側にいた。運営としても、数年。

もともと自分が目指していた遊びと、経営層が目指す商品との間に乖離が大きくなっていくのを止められずに見ていた。


そんな生活に息苦しさを感じ、辞めた。

仕事一筋で、気づいたら38歳。

激務だったし、特にお金を使う趣味も、嫁さんや彼女がいるわけでもなかったので、しばらく遊んで暮らせるくらいには貯金はある。

悪い辞め方じゃない。一旦自分を見つめなおすタイミングが必要だったんだと思う。


運営の頃は、夜でもチャットが鳴る。数字と締切と優先順位で、頭の中が埋まる。好きだったゲームも色あせて見えた。


そんな生活に疲れを感じ、一区切りつけて、今はユーザーとして遊ぶ側に回った。だから最前線の攻略にも、派手なパーティーにも近づかない。


距離を置いてみると、見えるものがある。


作る側にいた頃は、景色が細くなる。遊ぶ側に回ると、人の迷い方や、詰まり方がそのまま目に入る。


森にいるのは、単純に性に合うからだ。


森の道を通る足音がした。


装備が揃っていないプレイヤーが二人。歩幅が合っていない。周囲を見回す頻度が多い。経験が浅いパーティーの動きだ。


「モリさん、今日もいるんだ」


片方が言った。


モリは手を止めずに、短く返した。


「いるよ」


「この辺って安全?」


「奥はやめとけ。今日は風が変だ」


それだけで十分だった。理由の説明はしない。行ける場所と、行かない場所だけを渡す。


二人は顔を見合わせて、引き返した。


モリは釣り糸を巻いた。魚が一匹。干し台に回す。


街に出る用事は急ぎではなかったが、今日の分の素材を売りに行く必要はある。森の生活は、森の外と切れない。切れないが、近づきすぎない。


街道に出ると、人が増える。


露店の列。掲示板。雑談チャット。初心者向けの募集。いくつかは親切で、いくつかは雑で、いくつかは悪意が混ざる。


モリは相場を確認し、必要な数だけ売り、必要な数だけ買った。数字は最低限だ。ここで勝負をしない。


広場の端で、声が上がった。


「ちょっと待てよ。これ、できるって書いてあっただろ」


「そうそう。二人で素材そろえて、ここで作れるって思ったんだよ」


声の主は初心者二人だった。味方同士だ。


同じタグを付けた、即席のパーティー。


向かいに立っているのは、装備の揃ったプレイヤー。動かない。言い返さない。


代わりに、口元だけで笑っていた。


初心者の片方が指さしているのは、広場の掲示板だ。


案内の文が短い。禁止なのか、例外があるのか、代わりにどこへ行けばいいのか。


そこが抜けると、初心者は迷う。迷うと、揉める。


ニヤニヤしている経験者は揉めた初心者をカモにしてる手合いだろう。


経験者は、揉めている初心者に「案内するよ」と近づける。


案内した先で、場所代だの、代行だの、割高な素材だのを売れる。


相手が困っていればいるほど、話が早い。


モリは距離を保ったまま、掲示板の表示を見た。


モリは、場を割らない。


近くのベンチに座り、視界の端で状況だけを追った。


初心者二人の言い分は単純だ。


・掲示板の案内を見た

・二人でできると思った

・できないと言われた


経験者の方は、説明をしない。


説明をしないまま、空気だけを煽れる。


モリは立ち上がらない。


代わりに、森へ戻る前にだけ使う場所へ意識を切り替える。


街の喧騒から外れた、運営用の待機室。


通常の「問い合わせフォーム」とは違う。招待されたアバターだけが入れる、小さな会議の箱だ。


週に一度、ここに入る。


理由は単純だ。運営側に、話が通る相手がいる。


モリが運営をしていた頃の上司。


今も運営側にいる。


ただし、向こうはモリの正体を知らない。


元部下だとは気づかず、善意のアドバイザーだと思っている。


だから、この距離でちょうどいい。


モリは姿を変えたまま、椅子に座った。


壁際には、対応待ちの案件のカンバンボードが並んでいた。

「設置トラブル」「誘導」「口論」「通報」。似た名前が続く。


同じような揉めごとが場所を変えて繰り返されているのが分かる。


ほどなくして、向かいの席にアバターが現れる。表情は作り物だが、間の取り方は人間のままだ。


「来たのね、モリ」


「どうも」


声は落ち着いているのに、言葉が早い。


肩が少しだけ下がっている。


「今週は?」


モリは、結論だけを置く。


「初心者が揉めやすい地点の案内が足りない。『禁止』だけじゃなくて『代替導線』まで標準化した方がいい。GMの介入コストも落ちる」


相手は一拍置いて、短く笑った。


「いい意見。助かる。……正直、今週は同じ件で手が塞がってた」


言い訳にはしない。ただ、事実だけが出る。


「優先して対応するわ」


「任せる」


それ以上は続けない。


モリは待機室を出た。


広場の口論はまだ続いていたが、モリは介入しない。


代わりに、初心者二人の近くを通る時にだけ短く言う。


「掲示板の文が良くないんだ。今はやめとけ」


「え、でも……」


「損するぞ」


それで十分だ。


初心者は一歩引いた。空気が一段だけ落ち着いた。


その時、掲示板の表示が一瞬だけ切り替わった。


案内が二行になっている。


『初心者向け:この場所では設置できません』

『設置は西門外の練習区画へ(地図:練習区画)』


初心者二人の視線が、同じ場所に揃った。


「……あ、場所が違うだけか」


「地図も出てる。行こう」


ニヤニヤしていた経験者は、面白くなさそうに肩をすくめて離れた。


広場の空気が、少しだけ弛緩した。


モリは街を出た。


森に戻る道は、街より静かだ。足音が減り、通知が減り、視界が広がる。


家に着く。


焚き火を起こし直し、干し台の魚を裏返す。売ってきた素材の代わりに、必要な道具を物置にしまう。手順は変えない。


やることが終われば、終わりでいい。


焚き火が落ち着いた頃、モリは座って、ログアウトした。


前に出ない。責任を背負わない。


それでも、空気が少しだけ良くなることはある。


週に一度だけ、口を出す。


それ以上はしない。

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