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戦争の花  作者: MOPE


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思い出探し②

ラナのいる食堂を後にした彼女らは、記憶を求めて記録課を訪れることにした。

その道中、落合はラナとノアの話していた第三世界について聞くと、ノアは落合の記憶を消してしまう。

混濁の中落合が出会った人物は、彼女の過去を良く知る人物のようであった。

「ノアさん。聞きそびれたんですけど第三世界ってなんです?」

ラナさんと別れるとき、聞いていたことを思い出した。私の記憶と関係しているとノアさんが言っていた。相変わらず分からないことだらけだがラナさんと出会って少し歩みを進めた実感はある。

「えっ、あ〜そりゃ聞いてるか。面倒だな。」

「面倒ってどういう」

「あの〜大変申し訳ないんですけどその記憶消しますね。」

「え?」

私の肩に手が触れる。

後頭部には固い何か。

『パンッ』

なにか考える間もなく、頭を貫いた。


「落合さん?」

「んぁ?」

名前を呼ばれて目を覚ます。

「こんなところで寝てちゃダメですよ?シェルフさんに会いに行かなきゃ。」

シェルフ?シェルフ……誰だっけ?

「あぁそうですよね、知らないですよね。記憶が無いんですから。シェルフさんは記録課の人でして、これから落合さんの記録がないか探しに行くところです。それなのに落合さんったら車椅子で眠っちゃって、眠いなら後日にしますけど、どうします?」

「うん……ぃや、大丈夫...です。」

「そうですか。じゃあ行きましょう。」

頭がぼーっとする。体調が悪い日の寝起きみたいに、何にも焦点が合わない。どうしてだろう。どうしてだろう。どう……し……て...


「ふむ、こうなったんだ。まぁ役職持ちにやられたにしては、まだましなもんだな。」

私の顔を覗き込む子供が一人。体を起こすとその子はバランスを崩しながら少し離れたところに立つ。そうして気が付いた。ここは私がいた病院じゃない。外でも中でも、どこでもない。真っ白な何もない空間。いつこんなところに来たのか、誰に連れてこられたのかわからない。体にも何の不調もない。

「気になるかい?ここはどこなのか。君がどうしてこんなところにいるのか。そしてなぜ体に何の不調もないのかが。」

彼女は私に問いかけてきた。どうやら私の今について知っているらしい。私は彼女を知らない。だけれど私は彼女をどこか見たことのある気がする。

「ねえ、君は私について知ってるの?」

「あぁ、知っているよ。私はあなたを知っているし、あなたも私を知っている。知っているといっても関係は親戚程度だけどね。」

「親戚?友達じゃなくて?」

「そうだね、親戚。関係をわかりやすくしているだけで実際は違うけどね。」

「君は誰?一体何?」

「私は少年期の落合導。詳しく言えば、中二病の時に形成された落合導の人格ってとこかな。」

「中二病?」

「そ、中二病。男子だったら大体中学生、女子だったら小学生五年か六年だったかな?その時に生じる憧れへの過剰な意識や理由のない自信から来る精神的成長の一環。その時の落合導が私。彼女が無意識で生み出した存在だからね私は親戚なんだ。」

「だから子供なのか。」

いったい何に憧れればこんな正確になるのかわからないが、今の私とそんな変わりない気がする。

「そうだ、頼まれてたことがあるんだった。」

そうして左手で指を鳴らす。

『パチッ』

あまり鳴らなかった。

『ドスッ』

今度は強く地面を踏んだ。

落下音がきこえてくる。私は咄嗟に頭を守る防御姿勢をとった。彼女は悠々と上を見上げて何かを待っている。

「あんまり時間があるわけじゃないからさっさと用は済ませるよ。」

落下音の正体は本だった。

落下音が止んだ頃に本をひとつ手に取って表紙を見る。【3419-09-11-13:50〜】と書かれている。

「むやみやたらに開かない方がいいよ。彼女の許可無しに閲覧したらダストボックス行きだからね。あなたにも私にも彼女にも利益がないからやめてね。」

【3425-11-30-12:30〜】と書かれた本を開きながら忠告を受ける。なんの本なのかは大体わかる。どうせ私の記憶だ。私と言っても落合導のだけどね。

「ダストボックスって何?」

「ダストボックスっていうのは記憶の墓場みたいなものだ。いらなくなったもの、不都合なもの、思い出したくないもの。そんなもう私たちに必要なくなったものが集まるゴミ溜めのことだ。安心して、今の君が落ちることは絶対にないから。」

「そこに詳しいの?」

「………………」

黙ってしまった。地雷だったのか、それか言いたくないだけか、そのことは分からない。だけどきっと彼女はそこにいた。それだけはわかる。私は彼女で彼女は私だから。

「さぁ見つけた。今回私が渡された使命はこれだけ。彼女があなたに伝えたかったひとつの記憶。それを私は渡しに来た。」

「それは?」

「これは落合導が初めて人を殺した時の記憶。落ちてたガラス片で生きた肉を刺す感触、刺された相手に怨みの目でしがみつかれる恐怖。そんな稀有な体験をあなたに渡そうって言ってたな。」

「だいぶ攻めたプレゼントだね。まだ生まれたてベイビーの私に合うとは到底思えないけど、ほんとに彼女が言ってた?」

「もちろんだ。私が間違うはずないからね。その信頼があるからこそゴミ溜めから間違って出てきた私を彼女がこき使ってるんだ。」

「そういえばここはどこなの?」

「ん、あぁ言ってなかったか。ここは大脳皮質、脳の古い保存領域だ。こうやって話せているのは、多重人格であるがゆえだと思ってくれ。君がここに来た理由についてだが、現在、記憶の混濁が起きてしまっていてな。伝えることもあったのでついでに呼んだ。混濁の原因はクラリス•ノア•リポジットの影響だとされているが真偽は不明だ。」

「ノアさんが?私あんまり覚えてないんですけどそんなことありましたかね?」

「あーまぁいいんじゃないかな。覚えていなくても、どうせあとから気がつくだろうし。そんなことより早く済ませるぞ。少し屈んで、ほらおでこ出して。」

話を流して急かされた。気にするなと言うなら気にはしないけど、あらぬ期待は寄せてやると心に誓った。

「よし、じゃあいくぞ。これは嫌な記憶だ。見たくないと願ってしまえば、この記憶を見ることが二度と叶わなくなるので注意するように。」

「はい。」

足早にことを進めるので肯定しかできない。

「じゃあ、せいぜい頑張ってね。」

『バシッ』

少女のデコピンで私は二度目の失神をした。

非力な指から繰り出される強力無比な一撃に私の意識は耐えられない。そして、意識を失うと同時に新しい感覚に包まれた。

右手に伝う生暖かい何か、何かを貫きながら進む感触、二の腕ら辺を強い力で掴まれる痛み。そうだ、これが彼女の言っていた初めての殺人の記憶なのだ。私はおそるおそる目を開く。

「私じゃない。わたしは悪くない。違う、ちがう、ちがう、ちがう……」

手が震えている。薄暗い部屋、身なりはボロボロ、手にはガラス片、目の前にはガリガリに痩せこけ、血を流し倒れ込む男が1人。殺っている。彼女も必死だったのだろう。外で爆撃音が響いている。ここは紛争地帯で、彼女は多分5歳かそこら、父は多分酒浸りか、薬中…いや、多分その両方だ。空き瓶と注射器、注射痕まで見える。しばらくして父らしきそれは息絶えた。彼女は逃げた。爆撃を見て見ぬふりをして、逃げて逃げて逃げて逃げて、やがて辿り着いたゴミ山の、捨てられた戦車の中で震えて縮こまっている。

「襲ってきたから、向かってきたから、おと…とぉぁんが悪いんだ。あらしじゃない!いやぁ!いや…やだ、やだよぉ。ぉかさん。たすけて。」

必死に否定を繰り返して自信を肯定している。もう彼女が縋れるものは母しかいない。だが、その母すらも小さい彼女が見る幻想に過ぎない。

やがて10時間が過ぎた頃、栄養不足と泣き疲れで彼女は死地をさまよった。そんな時、生き残りを探しに来る小隊が彼女を見つけた。

「おい!こっち来てみろ!死にかけの子供がいるぞ!」

「これ、北の奴らが持ってる重戦車だろ。なんでこれが東のゴミ山にあるんだ?」

「んな事言ってる場合か!酷い状態だ。基地に持ち帰ろう。」

「え、連れて帰るのか?多分こいつ東の子供だぞ?小隊長に見つかったら即殺されてお前も反逆罪でやられるぞ?」

「どうせこいつも孤児だ。西とか東とか分からないままこのゴミ山で過ごしてたに違いない。見てみろ、身なりはボロボロ、髪もロクに手入れされてないが目もでかいし、なんせ顔のパーツが整ってる。こりゃ美人になるぜ?」

「確かにな、これなら小隊長も説得出来るかもしれねぇ。なんせ無類の美人好きだからな。」

「だろ?6年後くらいに俺らもおこぼれが貰えるかもしれねぇし、いい話だろ?」

「あぁ、だな。」

暗転した。この続きはまた今度ということなのだろう。


「落合さん?また寝ちゃったんですか?もうつきましたよー。シェルフさんもう目の前にいらっしゃいますよ〜。」

「い…いいよ起こさなくて、資料渡すだけだろぅ?なら、ノ…ノアちゃんにわたすだけでいいでしょ?」

「ダメですよ。シェルフさんあなたは人付き合いが少な過ぎて、出勤してるかどうかすらも分からないんですから。落合さんはギリギリあなたと似ています。なのでこれを機に人と喋る楽しさを知ってください。」

「あ…近い。いや、でも僕話しかけても嫌われちゃうからいいです。あ!ほら!みてください今少しピクって動きましたよ。起きますよ、多分…」

「え!起きるんですか?ちょっとなんか意味は無いけど慌てちゃいます。」

騒々しい。バタバタと急ぐような足音が2つ、ひとつは遠くへもうひとつはその場で地団駄を踏むように地面を踏みしめている。

「こんにちは。グッドイブニングです。落合さん。」

ゆっくりと目を開けた先には少し息のきれたノアさんがいた。

「あの、なんで地団駄なんか踏んでたんですか?」

「特に理由は無いですけど焦ってました。」

「なんです、それ。フフッ」

クスッと微笑で返した。それに彼女も釣られて少し笑っていた。

「ところで、ここはどこですか?」

「ここは記録課の保存室ですよ。シェルフさんに会いにきたんですから当然です。」

そうだ。私の記録を探すためにノアさんが連れてきてくれたんだ。記録課のシェルフさんに会って、話を聞くのが目的…………そう、そうだ思い出した。私は人に会った。同じ身体を使った私の親戚。厨二病の私に会ったのだ。その彼女が言った、ノアさんが私の記憶を混ぜたと、だから、つまり彼女は私の敵なのだ。

「その肝心のシェルフさんが見当たらないのですけど、さっき足音は二つあったのでいると思ったのですがどこにいらっしゃいます?」

「あれ、さっきまでそこにいたんですけど…隠れやがりましたね。すみません。彼、引っ込思案で、初対面の人に心を開こうとしないんですよ。記録課としての能力が一級品なんですけど、どうしてもそこだけは治らなくて、ほんとに実力だけって感じです。」

「はは…」

「シェルフさーん!!どこ行ったんですか!!早く出てきてください!!落合さんが待ってますよ!!」

部屋全体に響く声量でシェルフを呼ぶ。

「あ、いましたよ。」

私がシェルフの方へ視線を送る前にノアは動き出していた。ノアの車椅子を押す速度は病人を労るそれとはかけ離れたもので、私の身体が後ろに仰け反る(のけぞる)程だった。

「え、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぇぁおぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

異常な速度で近づいてくることに驚いたのか、シェルフも同じく声を出して仰け反(のけぞ)った。

「さぁ見つけた訳ですし、早く要件を済ませましょう。」

一瞬で満身創痍にさせられた二人は、完全に伸びてしまって、返答のひとつも出来そうになかった。

「もう、だらしがないですね。シェルフさん資料が何処にあるかだけ教えてください。私取ってきますから。」

「い……E397640の……573段目。そこの右……から686番目。」

「わかりました。じゃあいってきまーす。」

小走りで取りに向かう彼女を私は横目で見る。脳の中で出会った彼女が言っていた記憶の混濁。それが本当にノアさんの仕業であるのなら、私はもう一度それをヤラれたい。この欲求は私がマゾヒストだからくるものではない。あれのお陰で落合導に近づけた。それが只々嬉しかった。少し、私が満たされた感覚がとてもうれしかったのだ。だが、もう一度混濁を起こすのはリスクがある。私が何をしてどうされたのかはわからないが、脳がエラーを起こすほどの衝撃を彼女はくらわせてきたのだ。もう一度そんな衝撃を受けてしまえば、私の体が壊れかねない。もし仮に、衝撃とは関係なくノアさんが記憶を操作するような能力を持っていた場合、その時は頼み込んで私を落合導にしてもらうとしよう。

「そういえば、シェルフさん無事ですか?」

彼はまるで漫画のように目を回して気絶している。半身不随の私には声をかけるくらいしか彼を起こす方法は.........

「動く............。」

右足が動いた。なぜ、どうして、どうやって、何をして、原因は?困惑でうまく頭が回らない。口角が上がって嬉しさが抑えられない。

「痛っ」

なぜこんな急に動かせるようになったのかは一ミリだってわからないが、とにかく片足でも動くようになった事の喜びを今は噛み締めたい。

「痛っ」

誰かの能力か?でも天翔さんが治していない部分を一体だれが直したというのだろう。やっぱり考えられるのは記憶の影響だな。使い方を忘れていたのか、一時的に制限されていたのか、どちらにせよ記憶を取り戻すことは体の動きを取り戻す行為に等しいのだろう。やはり積極的に混濁を起こすのは間違いではないのかもしれない。

「痛っ」

多分、今はまだ歩けはしないがいずれもう片方の足も取り戻してしまえば走ったり転んだりできるのだろう。楽しみだ。

「痛っ」

足を振るたび誰かの声が聞こえてくる。多分シェルフの体を蹴っている。足の動く喜びで周りが見えていなかったのが良くない。でもシェルフには悪いがそんなことより不随が随意になったことが何より嬉しいのだ。謝っても平謝りにしかならないだろう。

「落合さぁん。酷いですよぉ、蹴らないでぇ。」

小柄でチェーン付きの眼鏡をかけた男性が頭を抱えて小さく縮こまっている。そんな中でも本だけは大事そうに抱えている。

「ごめん。浮かれてて気が付かなかった。」

「もう少し周りをみてくださいよ。危ないですよぉ。」

少し怪訝そうな顔をしているが、特に怒っている様子はない。

「あはは……」

会話が終わった。私もシェルフも会話が得意な人間ではないことはわかっていたが、一度会話の線が切れるとお互いが目を逸らして空を見つめる時間ができる。そんな時、我々のような者は話題をなにか捻出しないとこの空気に耐えられないのだ。

「お…………おぉち…あいさぁん。ちょっと。」

「あ、はい。なんですか?」

「あ……貴方、ノアちゃんの事…どれくらいまで知ってますか?」

指を胸の前で組み合わせながら恥ずかしそうに彼は聞いてきた。ノアちゃんとは随分と親しみを込めた呼び方をするものだと私は少し驚く。

「ノアちゃんって私の担当の?」

「あ……はい!その……ノアちゃんです。」

一瞬歓喜に満ちた表情を見せたが、直ぐに目を背けてしまった。

「知っているって言われても、会って間もないし、元気でいい人だなくらいにしか認識はないよ。」

「そ…そうだよね!ノアちゃんはいい子で、僕みたいのにも優しくて、何より可愛いよね!やっぱりあんなじじいの言ってる戯言なんて信じられないよ!」

さっきのテンションとの差が激しい。多分だがシェルフはノアに恋をしている。ノアがそれに気が付いているかは定かではない。それにじじいって誰のことだ?天救の事か?でも彼はそんな年齢には見えない、精々40代くらいがいいとこだ。多分院長か何かの責任者だろう。

「見て見て!!これ僕のコレクション。」

そう言って極厚のスクラップブックを見せてきた。そこには様々な格好をしたノアの写真が切り取って張り付けられていた。

「これ..........凄いですね。」

「ですよね!!!これ僕が三十年かけてちまちま集めた宝物なんです!!」

「髪の毛長いときとか、染めてるときとかめちゃくちゃかわいいです。」

あまり褒められたものではないが、良いものは良いと言うべきなのだ。個人的には【2973-08-17】の水着姿が最も良いと思っている。

「これ!これとかいいですよ!ほら【3233-01-04】とかこの厚着して寒そうにしながら甘酒飲んでるの滅茶苦茶かわいくないですか?」

確かにかわいい。初ページ【2948-04-01】から最終ページ【3452-02-25】まで約五百四年分、ありえない。人間ならありえない年齢だ。私には精々二十代後半くらいにしか見えない。シェルフも私二十歳くらいにしか見えなかった。ノアより年上とするとシェルフはいったい何歳になるのか見当もつかない。

「そういえばシェルフさんって何歳なんですか?私には20歳くらいに見えるんですけど。」

「えっと...ちょっと待ってくださいね。えっと。」

シェルフの手元に本が飛んできた。そこには【2707-04-10-16:38~】と書かれている。

「僕は今745です。」

「745歳ですか.....」

面を食らってしまった。いくら超常の能力があったとしても人間の入れ物には限界がある。700年超生きるのには体を入れ替えながらでなければ難しいのではないかとそう思う。

「あっ、ノアちゃんは僕より下ですよ?723です。歳も近いなんてやっぱり運命ですよね。」

「運命かどうかは置いておいて、素晴らしい縁だと思いますよ。」

「えへへへ、そうですよねぇ。いい人だなぁ落合さんは。そうだ!ちょっと待っててくださいね。僕のお気に入りとってきますから。」

ステップを踏みながら上機嫌に本棚の奥へ消えて行ってしまった。

「飛ばせばいいのに。」

先程のように本を飛ばせばよいものをわざわざ取りに行くなんてよっぽど大切なものなのだろうか。三分ほどたって遠くのほうから足音が聞こえてくる。シェルフのものとは違うスリッパが地面を擦る音だ。

「シェルフさん。これですか?」

足音の正体は遠くの本棚に行ってしまったノアだった。

「シェルフさんは何か取りに行きましたよ。」

「えっ!わざわざとってきたのに。タイミングの悪い人ですね。そうだこれ落合さんの過去が載っているかもしれないものなんですよ。」

嬉しそうに見せてきたそれは、【第三-3300-09-11~】と書かれた分厚い本だった。

「第三?って何です?」

「あ~えっと。これは第三版ってことですよ。とくに意味はないんじゃないですかね。」

「へーそうなんですね。」

「じゃあ私、ちょっと読んでますね~」

「えっ、ちょっ、私が見るんじゃ...」

言い終わる前に走り去ってしまった。

「行っちゃった...足動くとこ見てもらいたかったのに。」

シェルフもノアもいない空間で一人、何もせずに(たたず)んでいる。この衰弱して弱った体では車椅子を満足に動かすことも叶わない。今の私にとっては動くという行為はやることはないし、やれないことでもあるのだ。そう、片足片手の私は無力で無能、そういうことだ。

そんな自虐をしていると、段々とこちらに向かってくる足音が一つあることに気が付く。ペタペタと床を裸足のまま、息を切らしながら駆けるその人はシェルフだ。そして私の目の前、なにも無いところで彼は転んだ。

「あべっ。」

「大丈夫?」

「はぁはぁ..へへはぁはぁ、はい。みて..ください。これ...ノアちゃんが初めて理想能力を使った時の記憶の残滓(ざんし)なんですよ。これに触れると僕、ノアちゃんと同じになったような気分になれて良いんです。」

宝石のような、ただの石のようなよくわからない欠片を大事そうに抱えて、心の底から安心したような顔をしている。

「触ってもいいですか?」

少し躊躇(ためら)って「乱暴にしないなら」という条件で渡してもらった。

「ありがとう。綺麗。綺麗だけど何か宝石にも石ころにも見えるんだけどこれはどうして?」

「そ...それは落合さんが欠落者だからだと思う。僕らみたいな役職持ちには宝石のように、患者さんは価値を見定める目が備わってないから石のように見えるんだ。あなた達みたいな欠落者は、患者さんだけど記憶を何よりも欲しがっているから、目がなくてもこれが記憶の残滓であることを本能的に感知して価値を理解できるんだよ。だから綺麗だと思える...んだったと思う。」

「へーこれって中身見れたりするの?」

「えっ、ダメ!!やめて!!見るためには、それを割って中身の抽出をしないとだめで...乱暴にしないって約束したし、やらないよね?」

「分かったやらない。内容とかわかる?気になっちゃって。」

「内容は…分かります。けど、言いません。すみません。」

言えませんではなく、言いませんと言った。他人から抑制されたものではなく。自分の意見、自分の考えでその答えになったのだ。それは尊重するべきであり、それ以上追求することは無意味である。

「そうなんだ。わかった。じゃあこれは返すよ。貸してくれてありがとう。」

シェルフの手のひらに石を置くと、彼は宝石をぎゅっと握りしめた。

「良かった、傷ついてない。」

そんな野蛮人に見られていたとは、全くもって心外である。

「あっ!シェルフさん、戻ってたんですね。気が付きませんでした。」

「えぁっ...ノ...ノアちゃん...あ、はい......戻ってました。報告もなくすみません。」

「報告は別にいいですよ。そんな真面目な調べ物じゃないですから。あくまでこれはきっかけ作り、落合さんの記憶を戻すための作業の一部でしかないんですから。」

「へ……へぇそうなんだ。ノアちゃんがそう言うなら僕は気にしないよ。」

ノアの発言は気になるところではある。でも今はそれより私の情報の方が優先だ。

「ノアさん。こっちに来たってことはなにか手掛かりを見つけたんですか?」

「そうでしたそうでした。ひとつだけ見つけましたよ。手掛かりになりそうな情報。」

本のあるページを開いて見せてきた。そこには『祖国のために立ち上がれ!!』と大きく書かれたポスターが貼られていた。そのポスターの正面に描かれた人物画は紛うことなき私の顔だった。

「これ、私…ですか?」

「はい!誰がどう見ても落合さんの似顔絵です!」

「えぇなんでこんな感じに使われてるの?」

「こ…これ、志願兵募集のプロパガンダポスター……です。」

「私って広告塔だったのか。」

「でも写真じゃなくて、似顔絵なのはなんででしょう?シェルフさんご存知です?」

「えっと、確か第三の場合は太陽暦1914年〜太陽暦3956年現在も目下戦争中です。まぁその前から争ってはいるのですが、その戦争の影響で人も資源も何もかも枯渇していて、まだ戦争ができていること自体が奇跡の文明感です。そのため戦争のための発展はしても娯楽等の発展は皆無です。テレビはもちろんカメラだってありはしません。唯一『絵』の一点は発展しています。あくまで個人の推測の域を出ませんが、これは人間が最初に会話をするために生み出した技法であるからだとかんがえます。」

先程どもりながら話していた少年はそこにはおらず、自身の仕事を淡々とこなす実力者が立っていた。

「ありがとうございます。相変わらず質問されなきゃ答えられない人なんですね。」

私は認識を改めた。シェルフとは内気なノア好きではなく、内気なノア好きのシゴデキである。

「え…えへへ。これだけが取り柄なので……」

ノアに礼を言われて嬉しそうにしている。

「どうして落合さんが似顔絵として描かれているのかは分かります?」

「単純に私の顔が良いじゃダメなんですか?」

「それだと何もわかりませんよ?」

「そうですよね。」

冗談を真顔で流されるのは無視されることよりもつらいことだ。

「住人の会話録があればある程度は分かります。」

「それってどこです?」

「ちょっと待ってくださいね。」

こめかみに人差し指を当て三秒ほどたった頃、目の前に出したシェルフの左手に一冊の本が飛んできた。

「それ初めから使ってくださいよ。私が取りに行ったの時間の無駄じゃないですか。」

「ご...ごめんなさい。」

「まぁそれは過ぎたことなのでいいですけど。何で似顔絵が落合さんなんです?」

「えっと、これによれば【3429-08-25-16:00~】ヴェスティン国の軍法会議室で小隊の小隊長の容姿がいいみたいな会話が行われ、その結果、顔がいいなら広告塔にしようと決定されたみたいです。」

「なんか適当な理由ですね。それ以上何かないんですか?」

「え...えっと...この後はちょっと...見るに堪えないというか、余りにも下劣で胸糞悪い展開なので伝えるのはちょっと...」

「あ、そうですか。そういえばそういう世界観でしたね。忘れてました。」

シェルフは心配してくれているのかこちらを憐れむように見上げてくる。

「そろそろいい時間なのでここらへんでお暇しましょうか。シェルフさん、これ以外にも何か手掛かりになりそうな資料があったら私に連絡してくれませんか?」

「え!!はい!!喜んで!!」

「それじゃあ落合さん。何か用がなければここを離れますけど大丈夫ですか?」

何かないかと意識した瞬間、急な尿意に見舞われた。

「すみません。トイレに行きたいです。」

「あートイレですか、ここってありましたっけ?」

「あ...あるにはあります...けど、ここから1㎞先右折のところです。」

「1キロ?!なんでそんな馬鹿みたいに遠い場所に置いたんですか!!!」

「ひっ......さ......最初は近かったんですけど...部屋を拡張していったら勝手に奥のほうに行っちゃって...故意じゃないです!いじわるしようとかも考えてないです!!ただ...いくつもトイレ作るの面倒で....」

「部屋の拡張の許可は誰からとりましたか。」

「許可は......トッテナイデス。」

「ほぉそれはどうして?」

「申請の紙がどこにあるのかわからなくて、でも人に聞けないし、元々広いからばれないと思って....」

「そうですか、部屋の無断拡張については追って話すとして、今はトイレです。落合さん、どれくらいなら我慢できますか。」

「まぁ、もって十分かと。」

「わかりました。とは言ってもわざわざこの部屋のトイレにこだわらなければトイレなんて二分もあればいけますけどね。」

「ならよかった。」

そうして私たちは記録課を後にした。部屋を出た後、振り返って扉を見る。扉の下、その少しの隙間から、一枚の紙が飛び出ていることに気が付いた。

「それじゃあトイレに行きますか。」

「あっ、ちょっと待って。」

ノアが意図する方向とは逆向きに体を大きくひねり、左手を扉から飛び出た紙に伸ばす。その拍子で、私は車椅子から転げ落ち、扉に向かって頭突きを食らわせた。

「痛っ」

「ちょ...何してるんですか。危ないですよ!」

「す...すみません。」

幸いけがはなく、紙もとることができた。

「どうしたんですか急に、今後こういう行為はやめてくださいよ。」

「はい。すみませんでした。」

紙は咄嗟に懐に隠し、ノアに見られることはなかった。ただの紙だ見られたところで問題はない。だが、突然話かけられたら本を閉じてしまうのと同じように、やましいことが何もなくても意図せず隠してしまうものなのだ。

「あの...そろそろ尿意が限界なんですけど巻きで行けますか?」

先程の衝撃で、膀胱に衝撃が加わり、気を緩めると今にも決壊しそうになっている。

「え!!ほんとになにしてるんですか!さっさとすませに行きますよ!!」

「すみません......」

そうして病院内とは思えないスピードでトイレに駆け込んでいった。


無事にトイレが済み、自身の病室に帰ってきて落ち着いた頃、懐にしまっていた紙を取り出す。紙は人の熱で少し柔らかくなっている。

「那須場 遊?」

確か、ノアさんの言っていた一件目の発症者の名前だ。

読み終わるのに十分とかからなかったが、同じ症例者として自身の結末の一つがこれであることはとても納得できかねるものであった。

「ん?これ2950年?今って確か3450くらいだっけ?えっと......大体500年前?!」

シェルフの時と言い年代がつかみづらい。

「落合さん。そろそろ夕飯の時間ですよー」

勢いよく開いた扉に驚いて体が飛び上がりそうになってしまった。驚いた反動で、手に持っていたカルテが私の手元から離れて地面に落ちる。ノアはそれを見て、少し不思議そうな顔をしながら紙を拾い上げる。

「何ですか?これ?」

紙がカルテだと気づくと、少し微笑んで、丸めて捨てた。

「え?」

「落合さん。あれは那須場さんのカルテですよね?どこで見つけたんです?」

ベットの上に腰を掛け、私の肩にポンと触れた。

「あの、記録課を出たときに......」

「あーやっぱりいいです。そのことは直接頭に聞きますから。」

左側のこめかみに黒くて固い何かが当たっている。

「今日は災難です。雑用に余計な力を二回も使わなきゃなんて、やっぱりあなた達欠落状態の人間は面倒で困ります。」

横目で見てもはっきりと分かった。これは拳銃だ。私はこれからの殺される。逃げようにも足は片方しか動かない。這って逃げてもすぐに追いつかれる。これは諦めるしかないそう悟った。

「あの......救いはありますか?」

「ないです。それじゃあまた、あ し た」

『パンッ』

二度目の混濁は彼女の記憶をさらにかき乱す。

次に会うのは、中二病か軍人かそれとも別の何かか,,,...

誰であれ、彼女の体はまた一つ取り戻せる。

それが落合の利益であるのなら、彼女は喜んで受け入れるだろう。

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