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「急変」


 


 二階の回廊は、海を戴くこの城館の背骨にあたる───風の抜け道であり、人の気配が一日に何度も行き交う血脈でもある。南面いっぱいの大窓は鉛の桟で細かく割られ、潮に擦れた硝子が曇天を鈍く砕いて床へ落とす。光は絹ではなく麻のようにざらつき、磨き上げられた床板に四角を縫っていた。窓際に寄れば、塩の匂いが蜜蝋の残り香と混ざってほどけていく。


 パシュエは鯨油で燃え盛るランタンを片手に今、そこに立っていた。


 「海がすごく荒れてる・・・」


 窓から見える海は、嵐と共鳴して一段とうるさい。鈍色の空が時折点滅して白飛びする光景に頭痛を覚えながら、彼女は先ほど立ち去った自室を振り返った。

 黒の一枚扉に刻まれた銀の家章が眩しい。あのドアの先に、沢山の思い出と懺悔を残してきてしまった。


 果たしてドアノブに手を掛け直す機会はあるのか。未来なんてわかりはしないが、何年も棲家として居続けた空間には感謝の限りである。

 ありがとうとさようならが同居する感慨で胸をいっぱいにして、パシュエは自室に別れを告げた。

 そしてランタンを高々と掲げ、咳払いを溢す。感傷に浸る暇はない。


 「モルフォ、行こうか。」


 前髪から滴る雫でカーペットを濡らすと、モルフォはお風呂上がりの犬みたいにぶんと頭を回して水切りをした。多少上品さに欠ける仕草の後、吠えるように肯定する。


 「はい。ですが宜しいのですか?貴方をモルフォの着替えなんかに同行させてしまって・・・」


 「私を守って濡れたんだし、着替えくらいお供させて。」


 「はい・・・」


 モルフォのメイド服は見ているこっちが身震いしそうなほどに濡れていた。背中は水で変色し、光を吸収する黒になっている。白いフリルもまた灰色の斑点と染みをくっつけて、雨が如何に激しいものだったかを物語っている。モルフォの肌色ひとつ変えぬ平然が、かえって恐ろしいくらいだ。

 既にお色直しを終えたパシュエは、ミニドレスを摘みながらそう考える。


 「私のドレスに着替えれば良いのに、頑なに拒否するんだもん。」


 「パシュエ様のお召し物を身に纏うなんてそんな───変態すぎます。モルフォは変態にはなりたくありません。どうか、お許しください。」


 「そっか。でも別に変態にはならないと思う。」


 それに、濡れた服に骨身を冷やすくらいなら“変態”の汚名の方がマシ───そう喉まで出かかったが飲み込み、彼女の意見を尊重することにした。丁度足を動かしたい気分だったし、替えの服を取りに行くのは都合いい。


 相変わらず荒れ狂う外に目を向け、パシュエは歩き出した。今は時間でいうと午前八時前後といったところだが、なにぶん雲の層が太陽を覆い隠しているので、館の中は夜のように暗闇である。ランタンの仄かな灯りだけを頼りにおぼつかない足場を踏んでいく。


 「モルフォの服は侍女寮にあるんだよね。」

 

 確認としてそう投げかけると、後ろから追ってきていた足音がスピードを増しパシュエを追い越す。

 パシュエの前に躍り出たメイドは窓の先を指すと、「こちらです」と視覚的に目的地を示した。


 侍女寮、中庭を挟んで南東側に見える小洋館の名である。次女たちの間で白翅(しろのはね)舎とも呼ばれており、家務拡張に伴う人員増加への対応で数年前に増設された。外壁石はまだ白味が勝ち、城館に馴染みきっていない外観だ。中は侍女達の部屋が立ち並び、裁縫室、共同浴室と洗濯室、物干し回廊など、様々な設備が揃っている。増設の目的は明快───火気と衛生を生活区から切り離し、勤番交代制を整え、家政力を底上げすること。


 モルフォもまた、そこの一員である。

 パシュエお付きのため当直頻度は高く、主館前室の小さなデイベッドで就寝している姿も珍しくない。が、基本的には侍女寮に滞在しており、彼女も服もまたそこにある。


 幾ら別棟といえ城館内の構造は把握しているパシュエだから、案内は特に必要ない。だが意気揚々と先導するモルフォが母の手を引く子供のように見えてしまったものだから、案内を任せることにした。記憶通りの道筋を辿りながら、さもモルフォの導きで歩いているように装う。お互い言葉を発さず、靴底が減る音だけを傾聴していると、不思議とパシュエの気は落ち着きつつあった。


 大階段を降り、厨房脇の使用人通路を抜け、数分だろうか。歩調を合わせ向かった先に、


 「つきました」


 パシュエのものと似通ったランプを下げ、モルフォは振り返る。すると闇に紛れて卵型の顔が浮かび上がり、パシュエに到着を告げた。短い旅路の終着にひとまず息を休めつつ、顔を上げると───


 「久々に来たな、侍女寮のホール。いつ見ても床がピカピカだね。」


 「無論です。メイドたるもの、ご主人様のみならず己の身辺も美しく務めなくては」

 

 モルフォが語るメイドの矜持が顕著に現れた場だとつくづくと思うそこは、長方の共用広間だった。奥には浅い暖炉が備え付けられていて、炭火の匂いが濡れた外気と調和している。白い翼の意匠で揃えられた此処はメイドの気品を感じ取れ、来る度にお辞儀で出迎えられているように錯覚する。とはいえ、あくまで錯覚に過ぎず、二人の息遣い以外に生命を感じられないが。


 「───ここに来るまで誰とも出会わなかったね。」


 「そんなものでしょう。皆、雷に怯えて部屋の隅で縮こまっているに違いありません。」


 「ううん・・・」


 そうだろうか。

 この城館には100に及ぶ人間が点在している。みなが皆雷に腰を抜かすことなんて有り得ないのは大前提、使用人が出歩いていないのがおかしいのだ。雷雨という突然の災難に見舞われれば、まず後始末で蟻の巣みたいに忙しくなるだろうに。いやに閑静すぎる。より抽象的にいえば───人の気配が感じられない。


これが不吉の予兆に思えてならないのは、最悪の妄想が脳をかすめるのは、今日がXデーであるからに他ならず、この異常気象があまりに“異常”であるからだ。針のむしろのような違和感が背骨を這い上がる。


 突然の雷雨。誰もいない館。そこに因果を見出すとしたら───考えすぎ?でも。


 「待って」

 

 先を行くモルフォを咄嗟に呼び止め、駆け寄る。

 今ばかりは傍を離れて欲しくなかった。一人きりになるべきでないと判断したのだ。モルフォも、私も。

 モルフォは依然違和感に気付いていない様子で、パシュエのストップにも「ご命令とあらば何時間でも待ちます」と無憂の相槌だけ落とす。能天気な彼女に比例し、焦りは募る一方である。パシュエのみが気付いている違和感、払拭できるのは勿論パシュエだけ。


 しかし想像できるだろうか。


 胸腔のどこかで見えない歯車が逆回転し、胃から気持ちの悪さがせり上がってくる感覚が。パシュエは特別勘が鋭いだとか、そういったことはない。さりとて何かがそこにいるのが分かる。そういう気持ちの悪さが。

 影から無数の手が伸び、目を覆っているような、無限の暗晦───その中から“何か“が、迫っている。

 もとより逃げ腰の心が、背筋を整えるように震えた。


 「・・・パシュエ様。“待て“というご命令、遂行できないかもしれません。」

 

 その震えこそが合図だと悟ったとき、パシュエははじめて理解する───予感の正体とは、静かにこちらへ歩み寄る足音なのだ、と。

 

 モルフォが鋭く声を上げ、パシュエを背に隠す。

 彼女の影を踏んでいたパシュエは彼女の変貌には気付かず、しかし臨戦体制へ移行した彼女に最悪の合点がいく。杞憂は現実のものになったらしい。


 モルフォ───パシュエ・メドュースお付きのメイド。料理以外にメイドに必須なスキルを習得しておらず、使用人の中では凡庸かそれ以下だろう。

 彼女がこの地位を確立するに至った経緯は一つ、類稀なる戦闘の腕を買われたからである。

 有事の際には主人の刃となり、脅威を全て排除し、先んじて道を切り開く任を受けた彼女は、今日の日まで鞘に収まっていた。


 だが今日、その一線は呆気なく越えられてしまった。

 彼女がナイフを構える、それは非日常の合図なのだ。


 「しっ、気を付けて」


 モルフォは言いながらランプを放り投げる。カン、と静寂にガラスの音が木霊した。

 右から2、左から3、前から7、殺意を持った何者かの足音が聞こえる。千鳥足で、人間味のない何かの。

 声は平坦、しかし含むものは剣呑。モルフォの内で従者が退き、番犬が前に出てくる。

 


 蔓延していた悪夢はやがて暗闇から顔を出し、輪郭へと収斂した。しかしそれは、

 


 「───あ、兄上?」



 予想を大きく外す者だった。

 緊張が解除されたパシュエが、急な感情の弛緩に素っ頓狂な声を上げる。

 

 薮から出てきたのは男だった。兄上と呼ばれた彼は、まさしく二番目、丁度真ん中の兄だ。斜めに切り揃えられた前髪に、弱さを宿してなよなよと揺れる瞳。記憶の配列と寸分違わぬ相貌である。ポルカに内蔵された凛々しさはないが、優しくて物知りないつもの兄のすがた。

 

 脱力したパシュエは、「びっくりさせないでよ、兄上」と何気なく語りかける。不気味な気配の正体は兄か。てっきり魔物の類かと想定していたのに家族が顔を出したものだから、パシュエは全ての緊張を脱いで力なく笑ってしまった。

 他方で、モルフォに主人を守る手を退ける気配はない。彼女は歩み寄る次兄へ尚も静かに切っ先を向けた。パシュエお付といえどモルフォはメドュースに仕える者である。それを承知の上で無礼を働くのは、相応の理由あってのことだ。

 

「・・・貴方には、あれが()()()()()()()()|?」


 彼女の視線の軌道に乗っ取り、パシュエも兄を見遣る。が、二足歩行の脊椎動物が好意的に微笑んでいるだけで、特に異変は見当たらない。

 モルフォが警戒しすぎ、と言いたいところだけれど。パシュエは固唾を飲んで「どういうこと?」と発言の意図を問う。幾ら兄相手でも警戒を怠ってはいけないと、モルフォの発言に改めて気付かされた。まだ詰めが甘いと反省するパシュエに視線そのままモルフォが続ける。


 「指を数えてみてください。」


 指───言われるがままに彼の手元を見て、嗚呼なるほどと腑に落ち、同時に力が抜けてしまって、手からランプが滑り落ちた。

 その自分の指を反射的に見る。1、2、5本。日常の生活に過不足ないよう設計された指先は、確かに5本生え揃っていた。だが目前の兄は、親指の付け根から明らかに過剰な量の指を生やしていた。手全体の指の本数は実に7本。日常生活が寧ろ不便になる量である。

 健康的な桃色の爪に反し、無理に付け足された指は関節もあやふやで雑な仕事で縫い付けられている。幼虫のように独立して動くそれらから、パシュエは目を背ける。

 論を俟たないことだ。アレは人間じゃない、人間に擬態した何者かだ。


 それに、


「ねえ・・・貴方が兄上なら、返事してよ・・・」


 返事はない。彼はここに来て、一度も言葉を発していないのだ。

 ただ記憶と同じ笑顔で、パシュエに無害をアピールするかのように両手を上げるだけ。魔物の類だろうと足音から展開していた推測は、ここに来て答え合わせをすることになった。

 ───魔物に言語能力はない。今のは最も有用かつ簡単な“魔物か否か“を確かめる方法である。受け答えが正常にできていたなら、少なからず人間であるという証明になっていたというのに、彼は言葉を発しなかった。


 (魔物だとして、何故ここに?ここら一帯の魔物は討魔院の人達が殲滅しているはず)

 

 城館周辺の魔物を管理する組織を朧気に思い出しながら、パシュエは並行して他の疑念を上げる。それにこの魔物は侍女寮の奥から姿を現した。ならば侍女寮内部のメイド達はどうなった?

 人気のない建造物の奥で、想像を絶する惨状が広がっているのではと懸念するのは当然の思考だった。メイド達はモルフォなどの例外を除き家事専門で、攻撃手段など持たない。もしも既に擬態していたこの魔物に蹂躙された後だったとしたら。

 同じ思考に至ったのか、モルフォの横顔はやや青白く、同期達の無事を祈るように長く瞬きをした。しかし主に不安を悟られまいと毅然とした眼を開き、


 「パシュエ様、ここは逃亡が懸命かと。貴方を危険に晒す訳にはいきません。」


 あくまでパシュエを最優先にすると意向は曲げず、変わらず友好的に微笑む魔物に背を向けた。彼女の心中は同僚の救出と主人の安全とで揺れていたようだが、天秤が傾いたのは後者のようだ。

 しかしメイド達の安否が気がかりなのはパシュエも同じことで、撤退を言い淀んでしまう。魔物はまだこちらに仕掛ける様子がない、逃げるなら早い内に。頭では理解しているが、パシュエは何方を優先するかなんて判断出来ず、唇を噛んで立ち止まった。


 「でもっ・・・」


 「大丈夫です、清掃で鍛えた足腰なら逃亡も叶いますよ。それに魔物から血の匂いはしません。少なくとも殺しは行っていないようです───さあ、早くこちらに。」


 パシュエの心中を元より見透かしていたのか、即刻正論をぶつけるモルフォ。だがパシュエは決断を下せず、正しい判断を見極める時間を要すると、向き合ったモルフォに掌を突き出した。

 立ち止まっている暇なんてないと分かってはいるのだが、そう易々とメイド達を見殺しにするのは覚悟のいる判断なのだ。けれども、今は倫理なんてお行儀いいこと言っている場合じゃない。魔王復活により滅びる運命であれば、メイド達が死んだとて死期が僅かに早まるだけなのだから。そう、感情的になってはいけない。


 「───仕方ない。お足元、失礼します。」

 

 そんなパシュエの躊躇に割って入ったのは、またしてもモルフォだった。何に失礼しているのか理解が追いつくより先、ごく自然に首根っことアキレス腱に手を回され、あれよという間に体が浮く。


 「まっ」


 抵抗も能ず姫抱きにされたパシュエは、地面から離れた足からヒールが脱げるのをただ眺めるしか無かった。そしてモルフォが地面を蹴り上げ得た加速を、彼女と共に享受するしか。


 


  §


 


 身を翻し、モルフォは窓先で鳴る雷に負けんと闇夜を駆け出した。背後から魔物の理性ない咆哮が残響となって届く。それを主人に極力聞かせないようにと前傾姿勢になりながらも、スピードを落とさず急行する。彼女の脳を占める大半は主人の守護であり、他一切は入ってきていない。


 「もるふ・・・いつっ」

 

  主人はまだ嫁入りも果たしてないのだ。傷物になんてしてたまるか。その大事な主人が舌を甘噛みし悶えているのにも気が付かず、モルフォは無我夢中で走り去っていく。


 どれくらい走っただろう───やっと息が上がってきた辺りで足を止め、とりとめもなくモルフォは思考する。

 まずはパシュエ様を安全な場所へ、魔物の殲滅は後でいい。いや、危機こそ主の傍で盾に肉壁に矛になって然るべきか。しかし状況が掴めないことには


 「モルフォ」


 呂律が回っていない幼げな声で呼ばれ、書きかけだった箇条書きを塗り潰す。モルフォは極力彼女に不安を与えないように留意しながら、精一杯口角を上げた。


 「はい、モルフォはここに」


 凝り固まった表情筋からはぎこちない笑みしか出せず、心遣いは伝わらなかったようだ。パシュエの表情は暗さを増す一方。

 彼女は身を捩って腕から抜け出し、震える両足を地につけて息を吐くと途切れ途切れに発言する。


 「だ───大丈夫。大丈夫だから。」


 譫言のように不明瞭なそれは、何処に宛てた言葉なのだろうか。状況の好転を願う言葉なのか、自身の体調を鑑みた言葉なのか、モルフォを安堵される言葉なのか。いずれにせよそれは追い縋るような、誰かが闇をランプで照らしてくれることを期待しているような、他力本願なものだった。

 慰めの為に伸ばされたモルフォの手をひしと握りしめ、彼女は再び言い聞かせるように「大丈夫」を呟く。


 「大丈夫。きっとどうにかなるから。」


 雷鳴に攫われそうな小さな声の主人が何処かいたたまれなくて、モルフォは激励の言葉を探った。


 「そうですよ、大丈夫。魔物なんてモルフォが一撃でバコンです。必ずや貴方をお守りしま───」

 「ちっ、違うの、そうじゃなくて」


 違う、そうじゃなくて。魔物の到来は予測できていた。しかし魔王が復活するのは日の終わり、24時。大幅に先走った出没に動揺しているのだ。

 ───偶然?魔王復活の日と魔物の到来が奇跡的に一致したとしたらなんて厄日なのだろう。

 

 言い淀むパシュエに目線を合わせる為、モルフォが腰を曲げて少し屈んでやると、彼女は両掌を合わせて考え込んだ。


 「私が心配なのは魔物より、もっと他の・・・」


 「他の、なんですか?」


 「・・・・・・」


 モルフォに“神託”を話すことはできない。

 こんなに大きな異物感が喉に詰まっているのに吐き出せないのは何とももどかしい───パシュエは拳を握った。魔物自体ではなく、発生した時間帯に焦点を当てて話したい。契約に触れないように細心の注意を払って、薄氷をかち割らず目前の問題について議論をする。


 「っあの、ね、そうだ天気、天気わるいから、魔物よりもこっち心配した方がいいかなって・・・勿論魔物も心配なんだけど、ああ、えっと、そうじゃなくて」


 「・・・・・・?」


 虚勢が覆ってぽかんとした顔を晒したモルフォは、主人の言い分に納得できないと首を傾げた。

 違う、こんなこと言いたいんじゃなくって───どの発言が神託の不興をこうむるかも曖昧で、滅多なことが言えない。パシュエは精一杯小さな手で身振り手振りをするが、モルフォの眉間の皺は深まる一方だった。

 上手く言葉が出てこない。頭がぐちゃぐちゃに錯綜していて、どうにかなってしまいそうだ。


 「そ、その・・・えっと、そうだ、お姉様・・・お姉様ならきっと解決方法を知ってるはず」


 結局辿り着いたのは、思考を放棄した言葉だった。

 しかし思考をやめることの何が悪いというのだ。こんな状況を私なんかが抱え込めるはずない。お姉様なら、聡い彼女ならきっとこの状況に明確な原因を見つけて、それに伴う解決策まで練り出し、どうにかしてくれるはず。そんな不明確な憶測ばかりが層をつくっていく。

 モルフォは戸惑った顔をしていたが、先程よりは幾分か納得した様相だった。黒髪についたピンに人差し指で触れ、廊下の先を見遣る。


 「パニエ様に助けを求めに行くと?」


 「そ、う・・・するべきだと思う。私じゃどうしたらいいか分からないから・・・魔物だって本以外で見るのは初めてで、戦うこともできない。お姉様は戦いこそできないけど賢いから。」


 ありのまま思いの丈を伝えるパシュエ。対してモルフォの反応はある意味予想通りのものだった。


 「あの女に頼るのは不本意ですが・・・こんな状況ですから、つべこべ言ってられませんね。」


 “あの女“など大層な呼び方を、それも妹であり血族のパシュエの前でこぼすのは感心しない態度だ。

 最も、モルフォはパシュエ以外に概ねこんな感じである。幸いモルフォは無口なので、表立って悪態をつくことは滅多にないが、特パニエに対しては白昼堂々喧嘩を売っていた。パニエもパニエで喧嘩っ早い性分だから、目が合う度に(目が合うというのはこちらの一存だが)ちょっとした毒舌合戦になって、鎮静化するのが大変だった───など、微笑ましい過去に思いを馳せてしまって、慌てて頬を叩いた。余計なこと考えちゃダメだ。

 

 「行こうっ、お姉様は監禁部屋に閉じ込められてる。」

 

 姉を救出する為、否、頭脳に縋り付き助けを求める為───パシュエと従者は走り出した。

 

 


 


 

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