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「仲直り」



 【同時刻】

 【城館内 監禁部屋】


 「───あらら。惨めなわたくしを笑いに来たのかしら?」


 監禁部屋という仰々しい名に負けず、その部屋は城館のどこよりも鉄の匂いがした。

 その鼻が歪むカビ臭さと埃を掻き分けると、拝めるのは金髪の少女の微笑だ。「笑いに来た」と煽る癖に、彼女は我先にと笑顔だった。その笑顔にはこの部屋特有の湿気も含まれた卑劣さを感じる。


 「お前の状況を見て笑えるほど、俺って肝が据わってそうか?」


 後ろ手でドアを閉め、片方の手でお盆を持ちながら入ってきた、同じく金髪の男。

 もといポルカは、筋肉質な肩をすくめ自嘲気味に答える。肝というのなら、恵まれた体格のポルカは据わっていそうに見えるが。ツッコミ待ちかしら、とパニエは白けた顔で彼を見上げる。


 「・・・まあいいわ。用は手短にね」


 パニエという女は、どこまでも読めない。

 これがメドュース家の共通認識であり、程度はまちまちながらも、使用人含め彼女に転がされたことのない人間はいない。人の子であるはずなのに、同じ血筋のはずなのに、彼女はどうも歌のような女だとポルカは思う。掴めないが美しく、明確な形を持たずに多面的で、視覚を必要としない。彼はパニエの底知れなさに苦手意識を抱いていた。

 が、彼女に最も近い人間であるパシュエならばあるいは知っているかもしれない。氷山の一角を。


 椅子に拘束されたパニエは、身柄を拘束されているというのに不服そうには見えない。超然とした態度で「お腹がすいたわ」と愚痴をこぼす様は、監禁というより軟禁されているみたいだ。どちらにせよ余裕な状況ではないはずなのだが、全くコイツは。


 「あー・・・その、なんだ。」


 閉塞的な部屋に、椅子と窓が一つ。そしてそれに縛り付けられたパニエ。不安要素は排除された部屋のはずなのに、どうもな・・・と、ポルカは首をかく。

 兄弟たちとは友好的な関係を築いていきたいというのはポルカの願いだったが、パニエを前にすると言葉に詰まる。年中年柄、顔を合わせるたびに歩み寄っては拒絶されてきたから今更なのだが、最期くらい気楽に話したいもんだ。


 片目を瞑り、ポルカは角の立たない言い回しを探る。

 角が立たない───そう、優しく。今までパニエに揚げ足を取られ弄られ続けてきた彼の脳が、導き出したのは。


「まずはそうだな、さっきは怒鳴って悪かった。だが!アレはお前に非があるからな!」


 オブラートのない真っ直ぐな正論だった。


  “アレ“とは、パニエがこうして狭い部屋に押し込まれる直接の原因となった“アレ“だ。我ながら素晴らしい剣の腕だったと陶酔に浸る間もなく、思い出されるのはパニエの形相。パニエが唯一心を開いて、寄り添っていた子。義務的な笑顔が能動的なものに変わる瞬間。が、パシュエとパニエのそんな間柄は、ポルカの見当違いに過ぎなかったようだ。実際はナイフを向けることが出来るほどに不和だったらしい。

 全くどうしてこうも仲良くできないんだと頭を痛めるが、パニエへの説教が暖簾に腕押しなことを彼は知っている。しかし“アレ“はやりすぎだとかそういうレベルじゃない。

 諌めておかなくては。たとえそれが、全く意味をなさなかったとしても。


「・・・まさか、そんな筆誅を加えるためにこんな部屋まで?暇なのかしら。」


 が、これは意味をなさなすぎだ。打っても響かないどころか呆れた顔で返されてしまった。

 ───暇?暇なわけないだろ。握り拳を足に食い込ませ、ポルカは吐息を漏らす。


 「そういうところだぞ、お前。まあこの話は一旦置いておくが・・・本題はこっちだ。」

 

 言いながら、彼は片手に持っていたお盆を床に置く。

 上に乗った食器がぶつかり合い、ガチャガチャとうるさく音をたてた。その音にパニエは鼻を鳴らし、人差し指を下へ向ける。


 「───わざわざ食事を持ってきたのね。」


 「おお、よく分かったな。パンと水、あとはちょっとしたサラダだ。」


 パニエは再びすん、と鼻を鳴らし、今度は匂いをキャッチする。

 塩気のある野菜の匂いと、優しい小麦の匂い。パニエは決して空腹だったわけではないが、折角の貢物ならば受け取ってやってもいいという結論に落ち着いた。

 傲慢な態度のパニエに思うところはあったが、ポルカもいい歳した大人である。声には出さず会話を進める。


 「父上に、お前を決して部屋から出さぬよう釘を打たれたんだが・・・食事を運んでくるくらいなら良いだろうと思ってな。感謝してくれ。」


 「感謝?なんでわたくしが・・・、ちょっと待ちなさい。お前、パンにジャムを塗ったわね?」


 「───あっ?」


 話の腰を折られ、ポルカは少し眉間に皺を寄せる。

 が、すぐに切り替えると、床のパンに目を落とした。彼女の言葉通り、パンにジャムが雑に塗りたくられている。ジャムというか、マーマレードだ。

 パニエってオレンジ嫌いじゃなかったよな?とポルカは記憶を辿るが、彼女が物申したいのはそこではないらしい。


 「ああ、パンだけじゃ質素ろうと思ってだな。気遣いだ気遣い。」


 「質素?気遣い?巫山戯るんじゃないわよ。わたくしはパンにジャム塗るような、蛇足で良いものにうわ塗りするような、そういう下品な行為が嫌いなのよ。」


 「待て待て、俺はパンにジャム塗っただけでここまで咎められるのか?お前の偏食はいいんだが、出されたものには文句言うなよ。」


 食べれるんだったら黙って食えと圧をかけるポルカだったが、何食わぬ顔で無視を決行するパニエ。

 彼女の怖いもの知らずさというか無礼さには、ある意味関心さえ覚える。一家の主人にさえ歯向かうことができるその胆力ならば、兄に歯向かうのだって造作もないのだろう。

 その態度は到底褒められたものではないが。彼女はもっと堪忍袋の尾が長いポルカに感謝するべきだ。


 本当に我々の手に扱いかねる奴だ、とポルカは改めてそう思う。しかしこれ以上強制しても仕方ないと諦めをつけ、


 「まあ、気が向いたら食べろよ。」


 と少し引いて告げ、それから宙を見ると、「なあ」と僅かに間を置いてから溢した。


 「───何かしら、()()。」


 「お、なんだ。お前が兄上なんて言葉を遣うのは初めてだな。さっきパシュエばかりを妹呼ばわりしたのが不満か?随分と可愛いとこあるじゃないか。」


 「ただの嫌味よ。」


 「そうか?そんなことはどうだっていいんだが・・・」


 俺がしたいのは、さっきの話の続きだ。

 それまで床のシミの方が興味深いとでも言いたげに下を向いていたパニエは、彼の言葉にようやく顔を上げた。

ポルカとて成人男性で、低く威圧する声には凄みが生じる。

 今の今まで下手に出ていた、宥める側にまわっていたポルカが一転、地の底を這うような低音で唸ったのを受け、パニエはやっと笑みを固くした。

 のも一瞬で、次の瞬間には元通りだったが。


 多少は耳を傾ける気になったらしいパニエに、ポルカは一歩前へと踏み出した。

 彼の表情に慈しみはなく、目に宿っているのは蔑みのみだ。その一瞥を受け、パニエは僅かに怯む。

 彼女は自身で柄にもないと感じつつ、心の底からこの目が疎ましかった。

 ───彼女は知っていたから。彼が武を磨く理由を。他者を暴力でねじ伏せられると、常に自分が上だと誇示していなければ満足できない人間だからだ。この目は、“品定め”だ。制圧することのできる人間か、相手は自分より下か上かを見定めている目だから。

 

 ポルカがパニエに苦手意識を抱いているのと同様に、パニエはポルカに苦手意識を抱いていたのだ。


 彼は狭い部屋なのに大股でパニエの元へ歩き、やはり力を誇示するように彼女を見下ろした。

 彼に比べて小さなパニエのその全身が、座ったことにより更に縮んだ体躯が完全に影に落ちる。


 (あの子と同じ色なのにどうもね。)


 ───嫌いなのよ、その目。


 「それで。お前は反省したのか?」


 「さあ・・・?はんせい?何のことかしら。」


 今まさにパシュエが過ぎった彼女の思考を暴いたかのように彼は切り出した。他人事で返すパニエを煩わしそうに睨む様子を見るに、いい加減しらばっくれるのも限界らしい。渋々とパニエは口を開く。


 「はあ。こうなったら一度納得するまでひかないのでしょう。───いいわ、お前の納得する答えをあげる。」


 今にも殴りかからん勢いで凄みをきかせるポルカにおされ、パニエは両手を上げて降参を示して見せた。パニエは人の言いなりになんてなったりしないが、痛いのも御免だった。ポルカという男の何たるかを心得ている彼女は、ここで答えをはぐらかすと手を出されかねないことを知っていた。よーく、知っていた。


 従順になったパニエに、ポルカは拳を下ろす。

 そのいつの間にか上がっていた拳に内心嫌な顔をしながら、パニエは過去に思いを巡らせた。

 

 ───反省、ね。

 ポルカはパニエの過ちにどうこう言って正したり責任の所在を問うよりは、後悔をして欲しいらしい。しかしパニエには、後悔はおろか間違っていたという自覚すらなかった。


 彼女は悩み抜く。とはいえ、天才の悩みは一瞬で結論に達した。確かに、ポルカを納得させる答えは用意できる。が、やはり本意でないことをいうのは、わたくしの性にあわない───ほくそ笑みながら、吐き捨てるように彼女は言う。


 「───反省なんてしてないわ。あの子が死ななくて、今すごく落胆しているくらいだもの。」


 瞬間、パニエの左頬が猛烈に熱を帯びる。

 彼女と縄で繋がっていた椅子が傾き、反射的に足で支え事なきを得ていなければ転倒するところだった。衝撃に備え閉じていた口の隙間から微かな呻き声が漏れる。


 ポルカは固く握りパニエを殴りつけた拳を解くと、落胆を顕にしながらため息をついた。本意ではない暴力だとアピールしているようで、その様子に苛立つパニエ。

 しかし悲しきかな、唐突な衝撃で声が出ず、流暢に回る口も今は開くことすらままならなかった。すっかり大人しくなったパニエに、今度は彼が鼻を鳴らす。


 「今のは“手加減”した。頭が吹っ飛ばなくて良かったな?パニエ。」


 「───っ、」


 完全に勢いを失ったパニエに畳をかけ、彼は瞳孔を開く。軽率に手の出るところには、彼の言う“兄弟みんな仲良く”する努力を微塵も感じないから不思議だ。頬が粉砕しそうな痛みを噛み締めているパニエは、そんな不満すら言えない。だが彼女の反骨精神は痛みでは止まらなかった。爪を掌に食い込ませ、何とか口を開く。


 「じょ、せいの顔を傷物にするなんて・・・、さいあくね、おまえ・・・」


 「ははっ、女性って。お前はまだガキだろーが。」


 形だけで破顔し、ポルカは手を叩く。

 目に見えて態度がでかくなったものだ。パニエの余裕綽々ぶりを暴力で鎮められて満足したのだろうか。いずれにしろ、ここまでパニエの神経を逆撫でできるのは凄い。表彰ものである。


 「どうだ?反省できたか?パシュエとは、仲直り出来そうか?」


 「・・・っふ、そうね・・・一度刺してから、なら・・・考えても、いいかしら。」


 「おっ、そうか。」


 反省の色が全くないセリフに、ポルカは頷く。

 そしてぱっぱっと拳を握ったり開いたりして、「もう一発いっとくか?」と暴力をチラつかせる。彼にとって、暴力とは最も簡単なコミュニケーションなのだろう。かといって暴力に屈する気もないパニエは、どうぞと言わんばかりに腕を広げる。この間も絶え間なく鈍痛が襲いかかっていて、正直な所意識を保つのがやっとだった。パニエの脳は人より発達しているが、その耐久力は人並なのだから無理もない。


 許容のパニエに甘んじて、ポルカは彼女の襟元をつかみ拳を振り上げた。

 再び打撃音が閑散とした此処に響き渡る───かに思われたが。


 「ポルカ様、いらっしゃいますか?」


 彼の拳をすんでで止めたのは、扉越しの声だった。


 「ああ、いるぞ!」


 ポルカはパニエの顔面寸前で拳をとめたまま、微動だにせずに声に応えた。声量が無茶苦茶にある彼の大声を至近距離で喰らったパニエは、意識よりも先に鼓膜がお陀仏しそうになる。

 ───そんな大声出さなくても聞こえるでしょう、馬鹿かしら。


 「取り込み中恐れ入ります。旦那様が、ポルカ様をお呼びです。」


 「何?父上が?───すぐに向かう。扉の前で少し待っていてくれ!」


 旦那様の言葉に、彼の眉が上がる。パニエを睨んでいた目を扉の方へ向け、使用人に待つよう告げる彼。使用人の快諾の声を聞くやいなや、彼はもう一度パニエを見た。


 「だ、そうだ。命拾いしたな。」


 止めが入っていなければどうなっていたのか。

 それは、彼の瞳が言外に語っていた。悪役の捨て台詞のような何かを残し、ポルカは乱雑に掴んでいた金髪を手放す。ようやく自由の身に───はなっていないが、ひとまず暴力からは逃れたパニエは肩をおろした。ぱらぱらと抜けた髪の毛が宙を舞うので、かなりの力を篭めて髪を掴まれていたのを実感する。

 それと同時に、


 「本当に馬鹿みたい。もうすぐ死ぬのに、今更改心させてどうするの?」


 呼吸が整い、彼に急用ができたのをいいことに好き勝手話し出す。


 ポルカがどれ程脳筋思考だとはいえ、今朝の神託は忘れるわけが無いだろう。残り一日とない命であることは重々承知しているくせに、なぜこんな馬鹿げたことを。最初から疑問だった点にやっと触れ、理解できないと身体を仰け反り足を組むパニエ。

 踵を返して扉へ向かっていたポルカは足を止め、しばし黙った。その背から表情は読み取れやしないが、どこか悲壮感を感じる。


 ───何故?


 問いかけに、ポルカは呟いた。


 「仲良くしたかったんだ・・・最後くらい、皆で手を取り合っていたかったんだ。今更どうにもならないってのは知ってたんだが・・・」


 途端に綺麗じみてきた彼の言葉。やはり先程まで嬉々として暴力を奮っていた男の主張ではないと思いつつ、パニエは適当に相槌を打つ。


 「仲良く、ねえ。」


 「なあ、パニエ。きっとあいつは・・・パシュエは、一人じゃ立ち上がることすら出来ない。俺達みんなで支えてやらないと、転んだままだと思うんだ。」


 唐突に出された妹の名前に、パニエの手がぴくりと動く。───パシュエ。救世主。忌々しい名。


 「分かってくれ。俺は、こうすることしかできないんだ。」


 しかし、パニエにもようやくこの男の思考が理解できた。しかしやっと───彼の暴力は、今回に限り、他人の制圧ではなく他人のために行使されているのだと理解し、あまりの不器用さに乾いた笑いが出た。


 暴力で人を従わせることしか知らないんだわ、この男。


 なんて滑稽なこと、パニエは気分を良くしてころころと笑った。暴力の免罪符に“仲直り”を使っているのだと思ってばかりいたが、まさか本当にその為に。

 その為に拳を使ったと言うのか。


 「───笑いたければ好きだけ笑ってくれ。俺はもう行く。」


 背にパニエの嬌笑を受けながら、投げやりに会話を締めくくるポルカ。だが、“もう行く”とはいったものの、彼に足を動かす気配はなかった。


 「最後に、一つだけ聞いてもいいか?」


 ポルカが求めたのは、泣きの一回だ。

 パニエの問い掛けにアンサーした分、彼もパニエに質問したいらしい。パニエは少し気分が良くなったので、それにOKを出した。聞いてもいいが、答えるとは言っていないのだけれど。

 ポルカはパニエの方へ振り返り、「あー・・・その、なんだ。」と、部屋に入ってきた時と同じような言葉を反復しながら、パニエの全身を見遣った。


 「お前って、なんで目を布で隠してるんだ?」


 ───俺、生まれてこのかた素顔を見たことないんだが。

 パニエはそう聞かれることを知っていたような顔で、しかし目は隠れているので唇のみで、それを表現する。彼女の顔を唇以外覆い隠してしまう白く大きなリボンは、耳を通して顔の後ろできゅっと結ばれていた。監禁されているから目隠しというわけではない。彼女は何時もそのリボンを外さない。故に、誰も彼女の素顔を知らない。


 それを聞かれるのは、人生で何度目だろうか。

 いい加減聞き飽きたその質問をされた時、彼女は決まって人差し指を立てる。そして決まって、こう答えるのだ。


 「ずっと夢を見ていられるように。」



 

また文字数が増えてしまいました。次話からはきっと減ります。きっと。


前回書き忘れていたのですが、面白かったらブックマークや評価頂けると幸いです。これって毎話言った方がいいんですかね。まあ、気が向いたら毎話言います。

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