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むだみず、かわき。

作者: 雪野鈴竜

何を訴えているのか、

「──私、“水が飲めない”んだよねぇ〜。」

 飲み通話相手の水越(みずこし)理子(むりこ)は、少し酔いながらそう語る。……というのも、彼女が毎晩酒ばかりを飲んでいると発言していたので、一緒に飲みながら通話をしていた只野(ただの)喜一朗(きいちろう)が、“じゃあ、酒以外でなんの飲み物が好きなん?” と質問をしたら、冒頭の回答である。

 単純に、味が無いのが苦手なのかと聞いてみると、別に苦手でも嫌いでもないらしい。けれど、“飲料として、水そのものが飲めない。”のだとまた答えた。味が付いていれば良いらしく、緑茶や紅茶にすれば別に問題ないのだと言う。ならやはり、味が無いのが苦手以外考えられないのだが……理子は否定した後に、理由を説明した。

「喜一朗さ、全く知らない奴のトラウマが脳裏に浮かぶ事ない?」

「なんだそれ?」

 声が裏返った。……だって、“水が飲めない”から、何故“別人のトラウマが〜”なんて話になるのか、全く結び付かない。話がだいぶズレているなぁと眉を顰めながらピーナッツを摘んでいると、理子は話を続けた。酒を飲む音が通話越しから聞こえた。

「……小さい頃からさ、……ぁー……幼稚園時代? その頃から中学時代まで、私には“悪い癖”があったん」

「ほう」

 大して興味ないが、まぁ話す話題も他に思い付かないし、暇潰しに耳を傾ける喜一朗。

「顔洗った後、シャワー浴びた後、手を洗った後……ついついね? 水を止めるの忘れちゃって、ママに怒られてたんだよねぇー。」


──遡ること数十年前、理子がまだ中学一年になったばかりだった。庭で学校の宿題の一つである朝顔に水を与えていた。生温いとはいえ、風が吹けばそこそこ心地よかったので、天気も良いし、自転車で風に当たりながら近くの本屋へ行こうと頭の中で決めた。

 即行動、理子はお小遣いの数千円を財布に入れ、家を出て自転車に乗り走らせた。……この日もうっかり、フォースの水を出しっぱなしにしていたとは気付かずに……。自転車を走らせながらふと、急にお婆ちゃんの言葉を思い出した。

──“この地域では昔、水に飢えた者たちが住んでいた。何日も何日も飲めず、喉も体も乾きを覚え、その内干からびて多くの者が死んでしまったのだと言う……。そのため、供養のために地蔵が置かれたが、水を無駄にする人間がもしその地蔵を横切った際……その地蔵の目の部分が本物の目に変わり、ギョロリとこちらを見つめてくる。その日から、普通の水を飲んだ時に、かつて水に飢えた者たちの苦しみと光景がフラッシュバックしてしまう。”

 理子は正直、そのような話を信じるタイプの人間ではなかった。……しかし、その日自転車で例の地蔵を横切る際、見なければ良いのに、つい気になってチラリと一瞬目を向けると……。

『──ッ?!』

 思わず、自転車がよろけて倒しそうになった──それと同時に、背中全身がビリビリと痛い程に鳥肌が立つ。

…………地蔵に、“目”があったのだ。まるで生きた人間のような、理子は動悸が激しくなりつつも、全力で自転車を走らせた──なんだか、背中に誰かが張り付いているみたいな感覚がして、怖くて仕方がなかったのだ。……きっと、お婆ちゃんの話を聞いて気にし過ぎてしまい、そう見えてしまった。そう頭の中で言い聞かせた。

 本屋から帰る時、やはり怖かったので、だいぶ遠回りだが、別ルートで帰宅した。帰宅してまさかと思い庭へ向かうと……水は流れていた。心臓がバクバクしながらも、理子は水を止める。

……その日からだ。夜中に喉に乾きを覚え、水道の水をコップへ入れて飲んだ瞬間──急に喉がビリッと乾き、激痛で喉を抑えながら座り込んだ。そして脳裏に……“知らない者の記憶、光景”が浮かぶ。水が、……水が欲しいとッ!!


──話し終えると、理子は酒を仰いだ。喜一朗は半信半疑で聞きながら「怖っ」と乾いた笑い。理子は「んふふ」と慣れた様子で笑う。信じて貰えないのはわかっていたし、無理もないからだ。理子は、「そうそう……」と、もう一つ思い出したのか話を続ける。

「……お酒飲んでる人って、霊が近寄りやすいってどっかで聞いたんだァ」

 喜一朗は「へえ」ととりあえず相槌を打つが、まだこの怪談話は続くのだろうか、少し飽きてきたところだが、とりあえず話に合わせて「じゃあ毎晩飲んでる理子の近くはウジャウジャ?」と笑って聞いてみた。

 すると、理子はあっさりと「うん」と答えた。

「てか、目の前のカーテンに子供おる。後、近くの床に虚ろな目でこちらを見つめる倒れた男。」

 平然とした様子なのだが、嘘にしても茶化すような様子が一切ないので、反応に困った。しかし、もしそうなら喜一朗もよく酒を飲んでいるので見えるはずだろう。

 理子はふと「霊って、意識したら見えるらしいよ。」と言いながら欠伸をした。……意識、か。

(…………なんだあれ?)

 口をポカッと開けながら、喜一朗は目を丸くして、電源を切ってある画面を見ると──座っている自分の背後に、誰かが立っていた。

「飲み過ぎたなぁ〜……あー……フラッシュバックするけど、無理にでも水飲んでこよ。」

 理子が立ち上がる音が通話越しから聞こえた。微かに子供の声が混じっていたような気がする。

生活に支障がなければ、まぁ。

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