第45話 学院生の資質
後宮で過ごしている間、私は魔法学院について聞いたことがあった。王族も世俗――外部の事情を知るために、王都のお膝元にある学院に通う場合が多いとのことで、私も家庭教師の先生に、学院に通うための基礎的な学問を教えられた。
従者も試験を受ける必要はあるとのことだけど、必須になるのは実技試験で、その内容はいくつかのパターンがあるとのことだった。魔力の測定をしたり、模擬戦をしたりといったものなので、なんとかパスしないといけない。
フィリス様、オルディナ様は学院の二年生で、前世における中学二年生くらいにあたるけれど、二十歳までになんらかの形で学院を出るという規則になっているので、中高から大学までの一貫校のようなものと言えるかもしれない。四年生からは、私たちが今いるあたりではなくて、構内の別のところで学んでいるとのことだった。
「お、おい……あんな生徒、うちにいたか?」
「この時期に編入ってこともあるのか……あの三人の関係者か?」
朝の登校時間なので、門をくぐってから何人もの生徒とすれ違う。それで視線を向けられて、先を歩くエリック様が私のほうを振り返る。
「……やはり、注目は浴びてしまうな。あなたのような生徒が急に現れたら」
「えっ……変装が上手く行ってないんでしょうか?」
「フィリスは二年生の中でも存在感がありますから、その従者となるとみんな気にするのは当然ですわね……と、ここからは……」
大きな声では言えないことなのか、オルディナ様が私の傍にやってきて耳打ちをする。
「この学院には王族の方、そして他国の貴族の方が集められています。中には他国の優秀な人材と接触を持つという目的を帯びている方も……というお話ですから、新しい生徒が入ってきたら、興味が集中してしまうのですわ」
「そうなんですね……やっぱり目立つことは避けないといけないですね」
「……そうは言っても、アリルはその装いでも目立っているからな。髪の色を変えても、やはり抑えられない覇気があるというか」
「ええっ……は、覇気ですか? さすがにそれは大袈裟ではないかと……」
そう言いかけて、私は気づく――どこかから、見られている。
校舎の方から視線を感じる。こちらが察することができないと思っているのだろうけど、まとわりつくように私を見ている――あまり気分が良いことじゃない。
「あの……フィリス様、視線を動かさないようにして聞いて下さい。向こうの校舎の二階には、何があるんでしょうか」
「二階……生徒会室などがあるはずだが……アリル、もしや……」
私は顔に出さないようにして頷く。向こうからはきっと、談笑しながら校舎に向かっているように見えるだろう。
「生徒会室は学生長が執務に使う部屋でもある。つまり……」
エスタリア王女――姉上と呼ぶべき人。彼女が生徒会室にいてこちらを見ていたとして、私の正体に気づくかどうか。
私がアシュリナだと気づけるほど、彼女は私のことを知らない。それを示すように、やがてこちらに向けられていた視線が外れる。
(……と思ったんだけど、私の次に見てるのは……フィリス様?)
見られていることにフィリス様は気がつかない。グラスベル公の娘であるフィリス様が、エスタリア王女からどんな関心を向けられているのか――考えすぎであれば良いけど、胸にひっかかるものがあった。
◆◇◆
教室にやってきて席に着く。『アーティファクト&ブレイド』では魔法学院を背景にしたイベントが見られたけれど、それとほとんど同じ光景が目の前にあった。
(この世界にも黒板がある……でも、やっぱり私が知ってるような学校とは違うなぁ)
「どうしたアリル、落ち着かないようだが……」
「っ……す、すみません、ちょっと深呼吸します」
「初めての場所では、アリルも緊張するのだな」
フィリス様が私の肩に手を置く。どちらかというと、前世の記憶と照らし合わせてテンションが上がっていたのだけど、彼女が気遣ってくれることは嬉しかった。
エリック様とオルディナ様は違うクラスなので、私はフィリス様と二人で並んで席に座った。従者は後ろで立っているものかもしれないと思ったけれど、そんなことはないらしい――と思うには早かった。
執事姿の男子、メイド姿の女子を二人ずつ引き連れて、一人の男子生徒が教室に入ってくる。灰色の髪をした彼の名前を、私は知っている――ノーマ・バーニアス。
(魔法学院の王女……エスタリア姉上の配下の、貴族令息のノーマ……ってこと?)
言ってしまうと、彼はゲームにおける敵方だった。魔法学院出身のキャラクターのクエストに出てきて嫌がらせをするという役回りだったのだが――そのあたりがこの世界においても同じかは分からない。
そのノーマが、フィリス様の姿を見るなり、ずかずかと自信たっぷりに歩いてきた。
「やあ、フィリス。休暇が終わって無事に戻ってきてくれたか」
「……そうだな」
フィリス様は感情を抑えて答える。ヴァンデル伯がグラスベルを攻めた事実は、フォルラント全土には広まっていない――ノーマが知っているかどうかは、まだ現時点では分からない。
「君もエリックも、どこか思い詰めているようだったのでね。僕なりに心配はしていたんだ」
「その気遣いには痛み入るが、私にとっては意義の大きい帰郷だったよ」
「ほう……新しく連れてきたその従者が、よほど優秀ということかな」
こちらに関心が向いてきた――この時点でもう、裏で何が動いているのかは想像がついてしまった。
生徒会室のほうから視線を感じて、そしてゲームではエスタリア王女の下についていたノーマがやってきた。これはもう、送り込まれてきたと言うべきか――断定はできないけど、だいたい当たっている気はする。
軽薄そうだけれど顔だけはいい、と言われていたノーマは、こうして会ってみても本当にその通りの人物だった。フィリス様に向ける視線が、獲物を狙うような態度を隠せていない。
(フィリス様が存在感があるってオルディナ様が言っていたのは、こういうことか……でも、私の目が黒いうちは好きにはさせないけど)
「っ……な、なんだ、その目は。フィリスの従者とはいえ、私にそんな目を向けていいと……っ」
「あ……いえ、そういう意図は……」
「すまないが、言いがかりはやめてもらおう。ノーマ殿、私に言いたいことが他にあるのではないか?」
「……実を言うと、言いたいことというのは、その従者についてなのだよ」
ノーマは意味深に笑うと、こちらに注目している周囲の生徒たちを見回してから、私の前に立った。
「我が学院に編入する生徒は、ふさわしい能力を持っているか証明しなくてはならない。フィリス……君が見込んだ従者であっても、そのルールは守ってもらう必要がある。だが、もし入学基準を満たすことができなかったとしてもだ。どうしてもと言うなら、私が然るべきところに口利きをしてもいい」
私に対するクラスメイトの視線が、好奇心によるものから同情に変わる。ノーマはこのクラスで権力を振りかざせるくらいの立場にいて、彼に目をつけられるというのは、相当なピンチということなのだろう。
「ノーマ、急にどうした?」
話に入ってきたのは、クラスメイト何人かの輪の中心にいる男子――青色の髪に銀縁眼鏡をかけた彼もまた、ゲームで登場した人物の一人。クラスにいるのは気づいていたけど、ここで関わることになるとは。
「まだフィリスさんの従者は、正式に紹介されてもいない。教師もいないところで干渉していいのか?」
「……レシオ、聞こえていなかったか? 皆まで言わずとも分かるだろう」
「それで察しろというのは俺には難しいな」
ノーマは苦虫を噛み潰したような顔をする。そしてレシオが眼鏡に指を添えたとき、私の脳裏に過ぎるのは――ゲームでレシオが仲間に加わるときの決めポーズだった。
(レシオは初期のキャラだから、戦力としてパーティに入れるのは難しかったけど……人気投票では常に10位以内にいたなぁ。私が推してたのは……あれ?)
私も人気投票を楽しみにしていて、欠かさず投票したはずなのに――誰に投票していたのか、不自然なくらい記憶が辿れない。
『――アシュリナ、大丈夫か?』
私の様子を心配して、先生が心中で語りかけてくる。木刀は専用の袋を作ってもらって、その中に入れていた――今は机の横に立てかけてある。
「然るべきところというのは、そういうことだ。彼女の資質について厳正な判断を求めているのは、私個人ではないということなのだよ」
それはもう、裏で糸を引いている人がいると言っているのと同じだけど――フィリス様を横目で見ると、敵ながら迂闊すぎてということか、呆れておいでになる様子だった。
「私は彼女が必要だからこそここに連れてきた。資質については私が保証しよう」
その言葉を待っていたというかのように、ノーマが笑う。
「もし彼女が学院にふさわしい能力を持たない場合は、フィリス……君から僕に、じきじきに要請してもらおう」
「……助けてくれ、と言えと?」
「そうだ。もちろん、『どんなことでもする』と言葉を添えてな」
『――これはまた、絵に描いたような悪役だね』
シルキアさんの声が聞こえてくる。彼も怒ってくれている――声にしてはいないけれど、先生も。
そして何より私が、フィリス様を守るためにここにいる自分が、何もせずにいていいはずはない。
「ノーマ様のおっしゃることは、ご忠告として受け取らせていただきます。このたびの編入に対して懸念を抱かれるのは当然のことですから」
席を立って、私はノーマに対して恭しく礼を払う。それで気をよくしたのか、彼は一歩引いて襟を正した。
「私はバーニアス伯爵家のノーマ。この学院は近隣国の未来を担う者たちの集う場だ。だからこそ、足を踏み入れる者は厳しく審査されなければならない……分かってもらえるかな?」
「はい。フィリス様の従者として、この教室に身を置くことを認めていただけるよう、最善を尽くします」
「……アリル」
私はフィリス様に微笑みかける。本当に、何も心配することはない――けれど、この出来事にまったく動じていないと思われてもいけない。
どんな形で自分の資質を示すのか。もともと試験は受けなくてはいけなかったので、機会はすぐに訪れると思う。
「……教室が騒がしいと思えば。ノーマ殿、どうされました」
教室に入ってきたのは、言ってしまえばこの学院では少し浮いてしまっているような――ぼさぼさ髪の、少しくたびれた教員服を着た男性教師だった。
「デューク殿、驚かせてしまって申し訳ない。私からフィリスと、彼女の従者……編入生に話したいことがありましてね」
「ああ、そうなんですか。喧嘩していたわけじゃなければいいんですが」
なんというか、マイペースなこの感じ――私が彼のことを知らなかったら、ちょっと変わった先生だというような感想を抱いていただろう。
ゲームでは魔法の研究に没頭して、クラスを受け持ったりはしないという設定だったはずなのに、その部分は大きく違っている。きっと何か秘密があると言われながら、ずっと明かされないままだった――教師デュークはそういうキャラクターだ。
「では、朝の申し送りを始めます。みんな席に着いて」
学院に来てから、目まぐるしく状況が動いている――現状、私は目をつけられてしまっているようなので、それについては上手く対処しなくてはいけない。
「……ありがとう。とても心強かった」
そうやって感謝を伝えてくれるフィリス様、そしてエリック様とオルディナ様の平穏な学院生活を守るために、私は私にできることをすると決めた。
先生との修行で得た力を見せても、きっと誰も私がアシュリナだとは気づかない――そうは言ってももちろん、目立ちすぎてはいけないけれど。
※お読み頂きありがとうございます!
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※この場をお借りしてご報告させていただきます。
本作「幽閉された王女ですが、生きのびるために努力していたら強くなりすぎてました」の
書籍版が、アース・スターノベル様より発売となりました!
イラスト担当は「りっくす」先生です。
画面下に表示させていただきますが、主人公であるアシュリナ、そして相棒1号(?)の
リクを大変可愛らしく描いていただいております!
挿絵では変身後の姿もございますので、ぜひ書店様などでチェックをいただけましたら幸いです。
また、本作はコミカライズ企画も進行中となっております!
続報については追ってお知らせさせていだきます。
今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。




