第43話 断罪/馬車の中
アシュリナたちがフォートリーンで過ごす一方で、ヴァンデル伯領には王都の軍勢が視察に入っていた。
ヴァンデル伯の屋敷は近衛兵に取り囲まれ、ロディマス王子から事を聞きつけたセリアス王子が、直接ヴァンデル伯を弾劾するために訪れていた。
「無断で都市同盟との協定を破り、宣戦布告をした。それで攻め入る前に撃退されるとは……勇猛で知られたヴァンデル辺境伯の名も、地に堕ちたというものだ」
「ぐ……ぅ……」
戦の一部始終を王族の率いる部隊が見ていた。戦勝を見せつけるつもりが、ヴァンデル伯ジャルドにとって全てが裏目に出ていた。
セリアス王子から直々に叱責され、ジャルドに弁明する余地はなかった。しかしかつての梟雄は、一縷の望みに縋りつこうとする。
「わ、私に……私にもう一度機会を……神器さえあれば、グラスベルなどに遅れを取ることは……っ」
セリアスは何も言わず、ただ嘆息する。ジャルドには温情からくるものに見えた――それは窮地に追い詰められた者の短慮でしかなかった。
「神器さえあればだと? 貴様の副官が神器の力を引き出し、それでもなお使い方を誤ったのはお前の失策だろう」
「失策……ち、違う! あの神器で天候を予測し、それは的中していた! 策は成っていた、だが占事だけで戦に勝つことはできない、あんな怪物を前にしては……!」
「……怪物だと?」
「空を飛ぶ巨鳥、そして……黒髪の双刀使い……あ、あのような者たちがグラスベルに元からいたはずはない! あれこそ、こちらに攻め入るためにグラスベルが用意した……がっ、ぐぁぁぁっ……!!」
並外れた膂力で、セリアスは片手でジャルドの胸倉を掴んで吊り上げていた。身体を覆う魔力は青い火花を放っている――それは身体強化を極めんとする者に起きる現象だった。
「世迷言を……何が起きたのかはすでに把握している。風向きは『二度』変わった。お前たちは火刑に失敗し、グラスベルの兵に傷一つつけられずに追い散らされた」
「ち、違うっ……嘘だ、誰がそのようなことを……っ」
「どのみち、お前の率いる辺境守備軍が無様に負けたのだ。責任は取ってもらわねばなるまい」
「がっ……は……」
骨が軋む異音とともに、だらんとジャルドの腕が垂れ下がる。ジャルドの関係者で唯一立ち会いを許されたリュエンは、その光景を目を見開いて見ていた。
「さて……問題はここからだ。この野心の塊のような辺境伯が、なぜ家督をお前に譲るなどと言い出したのか。辺境伯の証となる『金印』もお前が持っているな」
「私もまた敗戦の責を負うべきだと分かっています。どうか首をお切りください」
セリアスはジャルドから手を離し、剣の柄に手をかけながらリュエンに向かっていく。
「殿下が自ら手を汚されることはございません。私にお任せください」
「いいや、ここは俺みたいなのに任せておけばいいんだよ」
第一王子の側近である男女二人の騎士が申し出るが、セリアスは剣を振るうことはなかった。
「神器を扱える人間は貴重だからな。お前は指揮官の側近として敗戦の責任を負わなければならないが、それは死ねばいいということではない」
「セリアス殿下、それでは私は……」
「辺境守備は将軍を派遣して引き継ぐ。ヴァンデル伯の持っていた権限は全て剥奪し、彼に領地を任された男爵・子爵にも責任を負わせる。今回の出兵に際して兵を出しているのだから当然だ」
該当する貴族たちがここにいれば反発があっただろうか――そうリュエンは考える。
もし対面していたら、第一王子が剛力を持つ武人であるのは見れば分かることで、誰も抗う気など起きないだろうとも思える――リュエン自身もセリアスの力量を測りきれていない。
「お前にもこの領地は離れてもらおう。辺境伯の地位は空けておくが、そこにジャルドの義子であるお前を座らせるかは、これからの心がけ次第だ」
「なぜ、そのような情けをかけられるのですか。私は義父の行動に、何も異を唱えなかった」
「私の気が変わるところを見たいのか?」
リュエンは微動だにせずセリアスと向き合う――永遠のようで短い、数秒が流れる。
セリアスは兵たちに指示して、動かないジャルドを運び出す。その様を、室外の廊下でロディマスが眺めていた。
「やはり兄上は甘い。そういうところが……」
その呟きはごく小さく、誰に届くこともない。部屋から出てきたセリアスはロディマスを一顧もせずに、リュエンを引き連れて歩いていく。
それを見送ったロディマスは、壁を背で押して歩き始める――熱のない笑みを浮かべながら。
◆◇◆
国境での戦いを終えて一週間後。私たちは、学院に出発する日を迎えた。
戦勝を祝う宴が行われる前に、学院を離れていられる期限が来てしまった。ミュルツァー公、そしてファルゼナ様には惜しまれたけれど、今は提示された条件を守っておいた方がいい。
私たちを乗せている馬車の他に、フレスヴァインは馬車一台を使って運ばれており、荷台で大人しくしている。リクとはすっかり仲良くなっているので、何かあったら伝えてもらうように頼んでおいた。
「新規で従者を連れて行く場合は、試験を受ける必要がある。アシュリナ様なら問題ないと思うがな」
馬車に揺られながらの道中、学院に行ってからのことを話す。フィリス様とオルディナ様は今は私服だが、学院では制服があるらしい――私の分は学院に着いたら仕立ててもらう必要があるとのことだ。
護衛なので制服は必要ない気もするが、学院の生徒と同年代の付き人は、みんな制服を着ているので逆に私服だと目立つらしい。中には国ごとの特徴が表れた私服で好んで通学する人もいるそうだが。
「どちらかというと、あまりに実力が飛び抜けているというので騒ぎになるかもしれませんが」
「くれぐれも、平均的な点を取るようにします」
「そういった点数ではなく、面接官の心情によるものが大きいな。私を含めて他国の貴族の子女は、フォルラントに敵意を持っていないか探りを入れられる……そこで悟られなければ問題はないだろう」
「私たちがフォルラントを良く思わないのは当然のことですから、演技をしても茶番ですけれど」
(フォルラントの神器を使った侵略を防ぐためにやむなく人質を出してるのに、ヴァンデル伯がやったことと言ったら……それこそ、父上や一番上の兄上が知ったら怒り心頭だろうな。もちろん協定を結んでる周辺国も)
身も蓋もないが、もともと取り繕っただけの平和でしかなく、それが表面化しただけだ。
「学院の中でも緊張感がありそうですけど、それで落ち着いて勉強できるんでしょうか」
「派閥はできていますが、私たちはいずれにも属していなくて中立派ですわね。フォルラント王家に取り入ろうとする人もいますし、距離を置いている人たちもいます」
「最大派閥の長であり、学生長を務めているのはフォルラントの第二王女……エスタリア殿下だ。アシュリナ様にとっては姉君ということになるが……」
(エスタリア……敵キャラで強いんだけど、別の意味でも癖が強いというか……ゲームではアシュリナが死んでしまうから、学院で会うなんて話にはなりようがなかったけど)
そして私は素性を隠すことになるので、姉様と会っても気づかれることはない――気づかれてはいけない。
「私はあくまで護衛で、アシュリナではない別人になりますから。姉と会っても動揺はしないようにします」
「それにロディマスと、他に王族が二人在籍している。彼らは学院に通う必要がないので、いついなくなってもおかしくはないが……どうも学院は、王族に神器の扱いを実践させる場でもあるようだ」
神器があるから他国に強く出られているフォルラントが、人質を集めた学院で実験のようなことをしている――一体何をしているのか、少しでも早く実態を掴まなければ。
「そろそろ国境を超えますわね。気を引き締めましょう、二人とも」
「検問にかかっても大丈夫なように、いったん向こうの馬車に行ってきますね」
ヒュプノスを使えば検問は突破できる。そんなことばかりしていると、悪い使い方に慣れてしまいそうだが。
フレスヴァインは学院近くの森にでもいてもらうつもりだが、大丈夫だろうか――私にとって欠かせない仲間の一人になっているので、何があっても置いていくつもりはない。けれどもう一度フレスヴァインに乗るときは、何か事件が起きたときということになりそうだ。
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