第42話 新しい姿
意気込んではみたものの、実際に5年後くらいの自分の確たる像を作り出すというのは大変だった。
心界の森の中で、風景と一体になるイメージで精神統一をする。そして、自分の姿を実際に変容させていく。心界では現世と同じ姿になるが、変えようと思えば姿は自由に変えられる。
リクと立ち会いの稽古をするとき、先生が過去に戦った剣士を再現した姿になれるのも同じ原理で、先生のイメージでリクの姿を変えているわけだけど――私の想像力はまだ未熟で、バランスが変になってしまう。
「……なんというか、お主は自分のことをやはり過小評価しているのではないかという気がするな」
練習の途中で先生に変容した姿を見せると、なんともいえない微妙な反応が返ってきた。自分でも分かっているので何も言えない。
「身長はもう少し伸びるって思ってもいいと思うよ? 十歳からほんの少し伸びただけって、それはねえ……幽閉されてる間と違って、ご飯はしっかり食べてるんだし」
「そうですよね……でも昔から小柄だと言われていて、ここからどうやったら伸びるのか、自分でも想像がつかないんです」
「そんな不安定な想念では、『認識変容』を使う意味がない。もっと真剣に自分の五年後の姿をイメージしてみよ」
(私の現代思考が移って、先生がカタカナ語を使っていらっしゃる……)
「主様は『認識変容』を使って偽装するとしても、実際にそうなるだろうって確信が持てる姿にしか見せたくないってことかな」
「そういうことか。では、擬似的に心界の中でのみ時間を経過させてみるか」
「えっ……そんなことができるんですか?」
「できるのなら早くやれと言わんばかりだが、例のごとくかなり負担がかかるぞ。魔力を使い尽くして寝込むことになるが、それでも良いのか?」
「うっ……這って移動するくらいの力は残りますよね、たぶん」
「これまで魔力修行を重ねてきたから、そんな無茶ができるってことだね。でもどうやってそんな魔力量になったのか気になるな……私の今までの主人は、魔力を使い果たすと回復したときに最大量が上がるなんてやり方をしてたりしたなぁ。他の人道的に感心しないやり方は伏せておくけど」
ヒュプノスの性質を考えると、これまでのシルキアさんの主人は悪人――というのは端的に言い過ぎだけど、曲者が多かったのではないかと思う。
「儂は魔力というものが『心』から生ずると考えている。それを鍛える方法として優れているのが滝行だ。飲まず食わずで瞑想しても良いがな」
(それって、私が心界に入るために瞑想してる状態のことなんじゃ……)
現世で座禅を組んで、心界でも滝行に励む。でも現世の鍛錬は身のもので、心の修行とは違うのでは――こういうことを考えると頭痛がしてくる。
「鍛錬の成果を向上させるような効果を持つ神器は、普通戦闘には不向きなはずなのにね。ムラクはどっちもこなせるのがずるいよね」
「儂が人であったころに使っていた武器は他にもあるのに、なぜか木刀の化身にさせられたのだぞ。それくらいは許してもらっても罰は当たるまい……では、早速始めるぞ」
「は、はい。擬似的に時間を経過させるって、どんなふうに……」
言いかけたところで、先生が私の額に指を当てる。
そこからの感覚は、まるで早回しの映像でも見せられているかのような――心界の季節が巡り、春から夏、秋から冬へと次々に移り変わっていく。
(……これなら、実感という形で理解できる気がする。これだけの時を過ごしたとしたら、私がどんな姿になるのか……)
ただ季節を巡らせているだけではなく、私は季節が流れる間、心界で毎日修行に励んでいる。その分だけ強くなれるということはないのだろうが――自分でも、驚くべきことに。
もし本当にそうやって心界で過ごしたとしても、私はそれを苦だと思わないだろうと確信できた。
◆◇◆
「ん……」
何かが頬に触れて、目を覚ます。意識を失っていたらしい。
ここは心界の森の中で、沢山の花が咲いている場所だ。そこに私は仰向けに寝ている。
ざあ、と草木が風に凪いでいる。心界でも太陽は眩しくて、空は青い。
起こしにきてくれたリクが、私の胸に乗っている。しばらく夢うつつで、その毛並みを撫でていて気づく――手が少し大きくなっている。
身体を起こしてみてもまだ頭がはっきりしない。しばらくぼーっとしていると、誰か――おそらく先生とシルキアさんが、後ろの方からこちらに近づいてくる。
「急に主様が消えたように見えたから驚いたよ」
「あのような形で時間を経過させると、その間の行動を反映して、儂とお前の目には結果だけが映る。それで急に消えたように見えるのだろう……なんだ、昼寝でも……」
先生は気になるところで言葉を止めてしまう。私はそれに不服を言おうと、振り返って――目に入ってきたのは、固まっている先生とシルキアさんの姿だった。
「……あっ、先生のおかげで上手く行ったみたいです。凄いですね、手足がちょっと長くなってます」
「手足……というか……」
「……主様は護衛だと言っているけど、本当に守られるべきは……っていうのは過保護かな」
「えっ、あまり変わってないですか? まだ頼りないということなら、もっと筋肉質な自分を想像してみますね」
「まず自分の姿を確認してみればいい。それでお主が大丈夫だと思うのなら、あとは髪の色を変えれば良かろう」
先生が片手で印を結ぶと、楕円状に水が集まり――鏡のように変化した。
立ち上がって自分の姿を映す。先生はなぜか腕を組んでそっぽを向いていて、シルキアさんは口に手を当てて、なぜか深刻な顔をしている――二人ともそんな態度なのは、ドッキリを仕掛けているとかなのだろうか。
「……これが、私……」
想像するだけでは上手くいかなかったが、今はこれが自分の姿なのだと納得できる――というには、あまりに大きな変化がある。
「お主が学院に通ったら、おそらく周囲が放っておかんぞ……」
「これは私たちだけが知っている、主様の未来の姿にしておくべきかも……なんて思ってしまうね」
二人が(おそらく)褒めてくれているのは嬉しいけど、『認識変容』を行った上でも私は目立ってはいけないので、周囲が放っておかないということは無いと思う。
でも、客観的な視線でこの姿を見ると、憧れていた大人びた友人たちに近づけたような気がして嬉しくなる。
「ありがとうございます、先生、シルキアさん。上手く行きそうです」
「早速現世に戻ったら『認識変容』を試してみるといい。私を持っていなくても、一定の範囲にあれば使えるからね」
「はい、でも人に見られないと成功しているか分からないですよね」
「そういったことにはうってつけの場が設けられるのではないか? ……と、そろそろ現世に戻った方がいいな。今も心界で体感する時間は現世の二十倍長くなっているから、現世ではまだ十五分ほどしか過ぎていないがな」
「夜ふかしすれば四時間……心界での三日とちょっとくらいは大丈夫ですよ」
「睡眠は美容のためになるから削らない方がいいよ? いくら成長した主様が美肌だといっても、綺麗は日々の努力が支えるものだからね」
(……今、さりげなく綺麗って言ってくれたんですか? って言ったら嫌がられるかな)
今までは無頓着でも良かったが、学院で違和感なく過ごすためには気をつけた方が良さそうだ。それでも私は、時間さえあれば瞑想修行をする習慣を止める気はないけれど。
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