第41話 手合わせ
夕食には肉料理が出て、フィリス様とエリック様は美味しそうに食べていた――勿論私も含めて。
グラスベル全土で作られている煮込みシチューは、とろけるくらいに肉が柔らかくて、香ばしく焼いたパンも美味しかった。白くてふかふかなパンを食べたのは久しぶりだ。
ヴァンデル伯の軍を撤退させたことによる、戦勝の意味もある豪華な食事。けれど、一番活躍した人は今や食べるということを必要としないので、少し複雑な思いもある。
「やたら感激しているというのは伝わってきたぞ……それだけで儂の腹も満たされておるよ」
「木刀を手放していても、ある程度は伝わるんですね」
入浴して就寝する前に、私は先生の心界を訪ねた。先生は石の上で横向きに寝ていて、さも満腹と言わんばかりにお腹をさすっている。
「さて……先刻の戦いについてだが、まずは良くやったと言っておこう」
「それなんですけど、先生の力を借りているときは、先生の性格に引っ張られてる感じがします。なので、私だけが褒められるのも違うような……」
「それは儂とお主の関係性によるものかもしれん。お主が主導するのであれば、おそらく儂の姿に近いものではなく、お主を主体とした姿になるだろう」
「そう。つまり、私がこれから教えようとしていることにも繋がってくるね」
心界にシルキアさんが入ってくる――先生が許可しなければ入れないと思うので、二人の仲は悪くはないようだ。
「その……これを聞いてしまうのは、本当はルール違反だと思っています。だから、無理に答えてほしいとは言いません」
「ヒュプノスの力を引き出す方法……熟練度の上げ方だね。まあ率直に言うと、ムラクの木刀は本来、『そういう使い方』が主なものなんだと思うよ」
「それは、どういう……あっ……!」
『修練の木刀』で『瞑想修行』が可能になると、ゲーム上の効果としては、持っている装備全てに経験が入るという効果があった。木刀の熟練度上げに必要な膨大な経験値と比べると微量でしかないけれど。
ゲームでは、ヒュプノスの熟練度を上げるには、同じものを召喚で引いて合成しないといけなかった。装備していくら戦っても経験値は入らないけど、『修練の木刀』があればそのルールに介入できる余地ができる。
「こうしてムラクと修行する主様を見ているだけでもそうだし、対話ができるっていうのはとても大きい。初めてだよ、私を使いこなせる主人に出会うのは」
「そうだな……アシュリナは鍛錬を苦しいと思わない。いくら疲れきろうとも倦厭することがないというのは、それ自体が得難いことだ」
「そ、そんな……急にどうしたんですか二人とも。そういうの、褒め殺しって言うんですよ?」
先生とシルキアさんは顔を見合わせて笑う――二対一ではちょっと分が悪い。
「普通はこんなふうに訓練することはできない……主人と手合わせするような形でなんてね」
シルキアさんの右手にヒュプノスが現れる。心界においては、想像の力であらゆる事象を再現できる。
「さあて……闘ろうか」
「分かりました。このやり方だったら、熟練度も上がるっていうものですね」
「二人とも、加減は無用か。心界といえど、あまり深く傷を負えば……」
先生が全て言い終える前に、シルキアさんが動いていた――首を擡げた蛇のように、ヒュプノスという牙で襲いかかってくる。
「――はぁっ!」
木刀を水の刃で覆い、打ち込みを払う。同時に跳ねた水飛沫を浴びる――音を防がなければシルキアさんとは勝負にすらならない。
「魔力で作り出した水は私の音を遮断する……だが、こういうやり方もあるんだ」
私がヒュプノスを使っていたときとは違う――シルキアさんもまた先生のように、魔力の扱いを十二分に知り尽くしている。
「――『超振動剣』」
何度目か放たれた鋭い突きを、木刀で受け流す――その選択には妥協があった。
「くっ……!」
シルキアさんの剣が目に見えないほど小刻みに振動し、音を発する――耳ではなく、身体に直接音を響かせてくる。
意識を失わせる剣――それがどれほど強力なのか、自分で味わってようやく理解する。
(シルキアさん……こんなにあっさりやられてたら、それは……)
「――こんなものか、って思いますよね」
「っ……!?」
シルキアさんが同じ突き技を続けて繰り出したときに、彼には確実に当てる術があるのだと察した。
それを捌くことができなかったときのために、私は先生から学んだばかりの『影楼』を使った。剣を振動させる技が発動する、まさにその寸前に。
「……覚えたばかりだったように思うんだけどね、その術は」
私はシルキアさんの後ろを取っていた。彼は振り返ることはせず、腕をだらりと下げる。
「まずは一本。儂も驚いたぞ、手本を見せたとはいえこの土壇場で使ってみせるとは」
「そんなことないですよ、かすってしまっただけで頭がふらふらですし……もっと速く術を発動させないと」
「流石は主様だ。元から認めてはいたんだけどね、それでももしかしたらっていう思いはあった」
シルキアさんは笑っているが、その表情から悔しさが伝わってくる。私も『影楼』などの強い魔法に頼らないでいられたらと思うが、それは背伸びのしすぎだろうか。
「まあ、十本やれば結果は分からないけどね。それはこれからの楽しみとして……今は、次の段階に来られたことを喜ぼうか」
「次の段階……それって……」
シルキアさんが私の前に傅く。すると、私と彼の身体が輝き始める――こんなふうに、目に見える形で変化することもあると知る。
「熟練度が上がったということか。これで必要な条件は満たせたな」
「いや、まだやらなければいけないことがある。私の力で『認識変容』を発動させたとき、主様がどんな姿に変わるのかは、この場では自由に試すことができるんだ」
(それって、キャラエディットみたいな……気がついたらすごく時間がかかってるやつだ。でも今回は……)
「私がどんな姿になりたいのかは、もう決まっています」
王家の人々にとっては、私の姿はずっと十歳のままで止まっている。
だから、私が成長した姿になって、髪の色も白でなくなれば――そう認識させられたら、それで十分。きっと誰も気がつかない。
「その修業については、アシュリナが一人で行った方が良いだろうな」
「ムラクはそういうところが奥ゆかしいよね……私は化粧もできるから、もし必要だったらいつでも呼んでくれていいよ」
私が想像する、成長した私――できれば早く大人になりたいと思っていたけど、ある意味でそれが実現することになりそうだった。




