第36話 仕合
私は相手が持っている剣を知っている。『アーティファクト&ブレイド』に出てくる神器のほとんどを覚えているので、間違いない。
(あれは秘剣イージス……高レアリティの神器。こんなところで出会うなんて……!)
「我が名はリュエン・ロウハ。参る……っ!」
ヴァンデル伯は力に任せた剣だったけれど、リュエンと名乗る剣士は構えに隙がなく、そして打ち込みは鋭い。妖剣ヒュプノスと同じ系統で、速度を重んじた武器だ。
(感情に任せた剣ではなく、冷たく、研ぎ澄まされている。どうやってここまでの強さを……)
剣を交えて分かったが、リュエンはまだ成年していない――ちょうど変身した私と同じくらいか、それより少し若いというくらいだろう。それでこれほど剣技に長けているというのは、天賦を感じさせる。
私に力を貸してくれている先生が、喜んでいる。そんな場合ではないなんて言うのは、無粋なことだと思ってしまう。
「打ってこないのか……ならば、こちらから行くぞ!」
リュエンが気合とともに斬りかかってくる――その剣技に、神器の力が加わる。『秘剣イージス』は鉄壁の守りを持つ剣と言われていたけれど、その所以を今まさに見せられていた。
私が打つか打たざるかを見極めて、リュエンが私の剣を張ってくる――そしてイージスの刀身が輝きを放ち、目を眩ませてくる。
「貰った……!」
リュエンはよくイージスの力を引き出している。研ぎ澄まされた剣技を見せられて、私自身も心が躍った。
「っ……!?」
目を眩ませて駆け抜けざまに斬る――私が一刀だったならば、通じていただろう。
魔力で覆った木刀でリュエンの斬撃を受け流す。視界が効かなくとも、相手の魔力の流れを見ることはできる。
「――はぁっ!」
「ぐぅっ……!!」
振り返りざまにヒュプノスで斬撃を放つ。しかしその瞬間、もう一度イージスの刀身が光を放った。
瞬きをした後には、リュエンはこちらに向けて剣を構えて立っていた。こちらの視覚を騙す能力――だが、それで私の剣から逃れきったわけではなかった。
「うぁぁっ……!!」
リュエンの金属の鎧が断ち割られる。その口の端から血が伝う――彼はまだ、魔力を帯びた剣に対する防御を会得しきれていなかった。
「……こんな呪いでは、やはり駄目か。本当の猛者には……」
「風向きが変わることを読んで、火計を仕掛けた。それはお前が神器の力を引き出していたからできたことだろう」
「……殺せ。慰めは必要ない」
リュエンは剣を下ろし、無抵抗を示す。
だが――その首につけられている金属の輪が、赤く輝きを放ち始めた。
「……貴様は最後まで、義父のために戦わねばならん……忘れたか、拾われた恩を……っ」
「貴方は……私を、どこまで……」
倒れていたヴァンデル伯が、リュエンに怨嗟を投げかける。首輪にかけられた魔法でリュエンは操られようとしている――いや、これまでもずっと従わされてきたならば。
「捻じ曲げられてきたなら、ここで終わらせることもないだろう」
「……何を……言って……」
私はヒュプノスを振り抜く――リュエンの首につけられた輪は断ち割られ、地面に落ちる。
「あ……あぁ……あがぁぁぁぁぁっ!!」
もはやまともに言葉を発することもできていない。地面に這いずりながら、ヴァンデル伯は凄まじい形相で叫んでいる。
「それは私の神器だ……それは私のために神器を使わねばならんのだっ、永遠に……っ!」
「それ以上何も言うな。私が貴様を斬らないと思っているのか?」
「ひっ……!」
ヴァンデルが着けている状態異常を防ぐ装備は、首にかけられたアミュレット――それを外させると、私はヒュプノスの能力を発動する。
「独断による侵攻の失敗を理由に、お前は爵位を返上する。そのあとはこれまでしてきたことに相応の処断を受けることになるだろう。その役割は、リュエン……貴君に任せる」
「……畏まりました。私は爵位を返上し……ぐっ……が……」
催眠をかけられても、自らに危険が及ぶようなことには抵抗が生じる――それを魔力でねじ伏せる。ヒュプノスの真の恐ろしさは、斬った相手であれば催眠が長期間持続することだ。
「……胡散臭い道具で人を従わせるのと、変わらんように見えるかもしれんがな」
リュエンを見やるが、彼は目の前で起きていることが信じがたいのか、ただ茫然と見ているだけだ――泡を吹いて倒れているヴァンデルを捨て置いて、私はリュエンの前までやってくる。
「なぜ……私を……」
「剣を交えた相手がどのような人間かは、ある程度分かる。お前が本当は善人だとか、そんな理由ではない……ここで死なせるのは惜しいと思った」
「……馬鹿げている……私はヴァンデルの命令通りに、これまで……」
「そうだとしても、私はお前が死ぬことを許さない。仕合った結果として私が勝ったのだから、そこは譲歩してもらおう」
「譲歩……などと。それをしているのは、あなたの方だ」
「そうでもない。久しぶりに、戦っていて面白いと思える相手と会った……まだ手合わせをしていないが、他にも仕合いたいと思う者はいるがな」
私が考えているのはレイスさんのことだった。ヒュプノスがなければゼフェンに遅れを取ることは無かっただろうし、一度本気の彼と手合わせをしてみたいと思っている。
「……面白い……そんなふうに私に対して思うのは、相当な物好きだな」
リュエンは半分呆れたように言う。もう、私の言うことを否定する気にもなれないようだ。
後は引き上げるのみだ――と考えかけたところで、私は気づいた。
この戦場を見ていた者がいる。グラスベル軍でも、ヴァンデル伯軍でもない――この戦いを監視していた何者か。
「すまないが、用ができた。面倒を任せることになるが、お前ならやれるな」
「っ……ま、待ってくれ、まだ話はっ……!」
南東の丘の上から、騎兵の部隊が降りてくる。私はフレスヴァインを呼び、その背に乗る――フレスヴァインを操っていたリクが出てきて、私の肩に乗った。
(……あれは……あの、白い鎧は……)
見覚えがある。どこかで姿を見た――それは、王宮にいたころの記憶。
姿を見る機会はあっても、殆ど言葉は交わしていない。兄たちの誰もがそうだった――その短い接点の中で、私には彼の底知れない目が印象に残っていた。
全てを飲み込むような、その瞳。第四王子ロディマスが、この戦場に姿を現していた。




