第28話 運命の分岐
峡谷に出る魔獣――つまりフレスヴァインが原因となって村人が避難しているという現状、村長にどう事情を説明するか、私たちは三人で頭を悩ませた。
フレスヴァインはどこかに逃げてしまったということにすると、本当にもう危険はないのか、戻ってきたりはしないのかという話になってくる。やはり私が戦って倒し、言うことを聞かせたのだと説明するしかない。
「おぉぉっ……こ、これが峡谷の魔獣……!?」
「クェッ」
「こんなに大きな鳥が……雷を落としていたというのもこの鳥なんですか?」
「はい、人間に対してちょっと攻撃的だったので、手合わせをして理解ってもらいました」
テセラ村の外れで、村長親子にフレスヴァインを見せる。私がフレスヴァインを撫でてみても特に嫌がることはなく、こんなに大人しいですよ、というアピールができている――と思いたいのだが、私が一番凶暴さを知っているので多少のぎこちなさは否めない。
「手合わせ……ま、まさか。あなたが魔獣と戦って、大人しくさせたと……!?」
「彼女は一人で十数人の賊を撃退するほどの腕の持ち主です。しかし戦闘で衣服が破損してしまっているので、着替えの用意をお願いできますでしょうか」
「っ……大変、こんなに服が焼けて……」
「大丈夫です、怪我はしていません。でも、服がそろそろ限界ですので、一着譲っていただけませんか。お代はちゃんと支払います」
「私が支払うので、彼女の希望通りのものを頼みたい」
フィリス様はフレスヴァインから降りてしばらくは足が震えていたが、今はもうしゃんとしている。薬が見つかったことで元気が出てきていて、それを見ているこちらも嬉しくなる。
「いえいえ、そんなとんでもない、魔獣の問題を解決してくれた救い主からお金なんて……うちの村は布地の産地ですので、服なら余るほど用意できます」
「あはは……一着だけで大丈夫です、凄く助かります」
「では、僕はここで待機しています」
レイスさんがフレスヴァインの見張りを申し出てくれる。リクがいれば心配はないと思うが、村長たちを安心させるためだろう――私はフィリス様と一緒にレイスさんに頭を下げて、着替えのために宿屋に向かった。
◆◇◆
アシュリナたち一行がテセラ村に戻った数時間後。グラスベル公のもとに、再び領内で賊が出たという一報が入った。
首都フォートリーンからの増援が到着し、グラスベル公は自ら病床を離れて再び剣を取る――各地に配備された守備隊は民兵で構成されており、賊が訓練された軍であると分かった今、こちらも練度の高い兵で鎮圧すべきであると判断した結果だった。
「父上、無茶です! ここは俺に任せて、今は……っ」
「エリックにはこの屋敷のことを頼みたい。怪我をしている者もいるのだから」
「っ……父上はいつもそうだ、俺のことをまだ小さな子供だと……っ」
エリックは食ってかかろうとするが、腕を掴まれて止められる。病床にいる人物のものとは思えない力に、エリックは言葉を失う。
「なに、まだ剣を持てるのだから戦うことはできる。心配はいらない」
「……無茶だ。強がりを言ってるだけだ。父上が死ぬのを黙って待っていろっていうのか」
この場にいる誰もが悟っていた。病に侵されたグラスベル公が、残りの命を領民を守るために使おうとしていることを。
誰も止められないままに、グラスベル公は馬に乗り、フォートリーンから来た騎兵たちを前にして檄を入れる。
「これ以上領民を脅かすものを捨て置いてはならない! これより賊の掃討に――」
「――行っていいわけがないだろう」
騎兵たちが鬨の声を発しかけたまさにその時。
オルディナの一行を助けたあと姿を消していたはずの『黒髪の魔導師』が忽然と現れ、馬上のグラスベル公を見上げていた。
◆◇◆
テセラの村で休んでいくようにと勧められたが、何か不吉な予感がして、先に私一人だけでフレスヴァインに運んでもらってお屋敷に帰ってきた。
グラスベル公には私が元の姿で戦うところを見られているので、その姿でも良かったけれど――他の兵たちを説得するには十歳の姿では難しいかもしれないと考え、こういう方法を取ることにした。
「……貴兄は……もしや、オルディナ嬢の一行を助けたという人物か?」
「ああ。一回首を突っ込んだことを、途中で放り出すのは性に合わない」
「この男、一体どこからっ……」
「グラスベル公に対して、そのような口を……っ」
兵たちが私を警戒するのも無理はない。しかし、グラスベル公が手を上げて制してくれる。
「貴兄に……『黒髪の魔導師』に、ぜひ礼を言いたいと思っていた」
「そんな大層な呼び名をつけるほどでもないがな。『魔導師』とはいうが、私自身はそのような者だとは思っていない。我流の術を使うのみだ」
「あなたほどの力を持つ人物がなぜここにいるのか……どこかから流れてきたのか。そのような事情は差し置こう。今は急いでいるのでね」
(もしかしなくても、普通は不可能なくらい厳しい条件を満たさないと、この人の生存フラグって立たないんじゃないか……?)
物語の中で死亡する人物というのは、どうやってもその運命を変えられないことがある。
だが――『雪白の花』を見つけて、そしてフレスヴァインの力を借りて最速で戻ってきた。それでみすみす諦めますなんて言えるわけがない。
「馬車の一行を助けた件を聞いているなら、私の力を信じることはできるな」
「……信じる……貴兄、を……」
(このまま説得してもたぶん聞いてくれないからな……グラスベル公が眠っているうちに、終わらせるしかないってことだ)
ヒュプノスの力を味方に使うことになるとは思っていなかったが、グラスベル公の硬い意志を目の当たりにしては、こうするより仕方がない。
馬から落ちてしまう前にグラスベル公を受け止める――壮年の男性としてはかなり軽い。これほど病に蝕まれて、死に急ぐようなことをするには、どれほどの思いがあっただろう。
「き、貴様、ミュルツァー様に何を……っ」
「グラスベル公……ミュルツァー殿というのか。私は彼の代わりに、領内に出ている賊を残らず掃討する。お前たちはここで待っていろ、それが仕事だ」
「ふざけるな、どこの馬の骨とも知れんお前の言葉など……っ」
「――彼の言う通りにしてください! 彼は私たちを助けてくれた恩人です……!」
オルディナ様――都市同盟の盟主の娘である彼女が、助け舟を出してくれた。兵たちが別働隊として賊の掃討に向かってくれてもいいのだが、私一人でも事足りてしまうと思う。
「お嬢様は話が分かるようだ。心配するな、ミュルツァー殿が目覚めたときには全て終わらせておいてやる」
この姿になるとやはり気性が変わる――もう少し制御できるといいのだが。まだ不服そうにしている兵たちの視線を受けつつ、私は夜半に領地を荒らす不届き者を退治に向かった。




