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第27話 月と白花

 フィリスとレイスの二人は、峡谷を駆け続けていた――好戦的な小型の魔獣を倒しながら進んだ先、そしてたどり着いた最奥部。しかし、花は咲いていてもそれは雪白の花とは違う。


「どこに咲いている……何か見落としをしているのか? こんなことをしている間にも、アシュリナ様は……っ」

「目の届く範囲で見つからないなら、ここから見えていない場所に咲いている。その可能性は残っています」

「……見えていない……どこかに隠れているということか?」

「もしあの巨大な鳥が外からやってきたのだとしたら。そう考えて、思ったことがあります。この峡谷を空から見れば、()()()()()()部分が見えるのではないかと」

「まさか……レイス殿、その岩壁の向こうに何かがあるというのか?」


 岩壁を登るための専用の装備を持っていても、ほぼ垂直の岩盤を登るのは不可能に近い。それでもレイスは(かぎ)のついた縄を取り出すと、回転させて勢いをつけ、岩盤の高い位置に鈎を打ち込む。


「見えている植物とは違う香気が、風に乗ってかすかに流れてきています。この岩盤の向こう側から」

「っ……し、しかし……鉤縄一つで登るというのは……」

「縄を二本使って登ります。アシュリナ様も、私ならば障害物を乗り越えられると考えて……」

「――それもいい方法ですけど、もっと安全な方法がありますっ……!!」


 空から聞こえてきた声に、振り仰いだレイスは言葉を失う――フィリスはその場にぺたんと尻餅をついてしまう。


 翼がはためく音とともに、少女が舞い降りてくる。巨鳥の足に布を結んで持ち手を作り、ぶら下がっているのは、あちこち焦げた服を着たアシュリナだった。


   ◆◇◆


 ゲームにおいては、巨大サイズの魔獣が峡谷を徘徊していて、その突進を引き付けて岩壁を破壊するという方法で隠しエリアを見つけられた。


 今回遭遇したフレスヴァインは突進攻撃をしないので、雷や炎で岩を壊してもらうことになる――と限ったわけでもなくて、飛べるのだから、障害になっている壁の向こうに運んでもらえばいい。


「チュー」


(リクの説得のおかげで、こんなやり方が見つかって良かった……)


 私にはリクの言葉は分からないけど、心界で一緒に修行しているうちに多少心が通じるようになった気はする――なんて、私の贔屓目だろうか。


 フレスヴァインを追い詰めてからリクが説得してくれて、それが想定していないくらいに上手くいった。フレスヴァインは警戒を解いて、私を運んでほしいという頼みを聞いてくれたのだ。


 ゆっくり高度を下げて着地すると、フィリス様は力が抜けて立てないようだった。レイス様は出していた鈎縄をしまって、私に近づいてくる――そして、顔についた煤を拭いてくれた。


「っ……あ、ありがとうございます」

「良かった……火傷はなさっていませんね。少し擦りむいているので薬を塗っておきましょう」


(海よりも深い優しさ……って、浸っている場合じゃなくて)


 私は座り込んでいるフィリス様に手を差し出す。フィリス様は顔を上げない――長い髪が目にかかって、顔が隠れている。


「すみません、驚かせてしまいましたけど、花はきっと、その壁の向こうに……」


 全て言い終える前に、フィリス様は――起き上がって、私に抱きついてきた。


「無事で良かった……私はアシュリナの足を引っ張るだけだからと、自分に言い聞かせてここまで来た。でも、本当は……私は……っ」

「一緒に戦いたいって思ってくれたんですね。嬉しいです」


 私はフィリス様の背中に片手だけ回して、できるだけ優しく叩いた。少しでも落ち着くように、ゆっくりと繰り返した。


「……そんなに服がぼろぼろになって……あれほど強力な魔物を手懐けてしまって。アシュリナは本当に凄い……いつも私の想像の、はるかに上を行ってしまう……」

「私は……フィリス様たちが私を居させてくれて、どんなことでもしてお礼をしたかったから。私だけじゃなくて、リクも凄いんですよ。魔獣とでも意思の疎通ができるみたいで」

「ん……こ、これはっ……」


 フィリス様が私から離れると、リクが私の肩の上に乗る。フィリス様が小動物好きかどうかを聞いておくべきだった――というのは杞憂だった。


「……リス……なのか? ずんぐりとしていて可愛いな……アシュリナ様が飼っているのだな」

「噛みついたりしないので、撫でちゃってもいいですよ」

「で、では、失礼して……柔らかくて温かい……寝るときに一緒だと温かそうだな」

「……仲が良いことは素晴らしいことなのですが、アシュリナ様、もう日没が近づいております」


 そう言っているうちに太陽が隠れてしまう――ここからは月が照らす時間だ。


「では……岩壁の上まで、全員で行ってみますか?」

「……私も、この魔獣に運んでもらえるのか?」

「可能であれば、私も同行させていただきたいです」


 初めての人がフレスヴァインに乗るのはなかなか大変だけど、いざとなったら私が風の魔法を使って助ければいい。空気の抵抗を操作して、安全に下ろすことなどもできる。


「じゃあ……レイスさんと私はそれぞれ足にぶら下がって運んでもらいましょう。フィリス様は背中に乗ってください、掴める場所があるのでそこに捕まって……」

「む……も、モフモフする……天然のベッドのようだな、この羽毛は」


 実際にフレスヴァインの羽毛で寝具を作ったら、かなり寝心地がいいだろう。入手の難しさからして超高級品なんじゃないかという気はするが。


「準備はできましたね。では、行きます……っ!」

「――クェェッ!」


 すっかり愛嬌のある声になっているフレスヴァインが羽ばたき始める――離陸して、上昇していく。


「これが峡谷を上から見た光景です。凄いですよね……」

「……なんと、美しい……地図に描かれたものとも違う。し、しかし、高いところに来るとお腹がヒュンとするというか……」


 フィリス様でなくても、高いところが苦手な人は多いと思うので、できるだけ飛行時間は短くしないといけない。


「アシュリナ様、お気づきですか? 先程の岩壁の向こう側に近づいてみてください」

「何か光ってるんですよね。月光を浴びて反応しているみたいに……あれが、もしかして……」


 フレスヴァインは旋回しつつ高度を下げていく。そして、さっき私たちの前に立ちはだかっていた岩壁の裏側までやってきた。


「……見つけた」


 光っているように見えたのは気のせいではなかった。岩壁の高いところに、少しだけ植物が生えていて――白い花をつけている。


「このように小さな花が、岩に根を張るとは……」

「ちょっと待っててくださいね、取ってきます」

「っ……アシュリナ様……!」


 スカートを押さえつつ、空中に飛び出す――そして風の魔法を使って空気抵抗を変える方法の応用で、空中に見えない足場を作り、トントンと飛び移って降りていく。


「ああ……もう、心臓が止まるかと思ったぞ。アシュリナ様、そういうときはあらかじめ言っておいてほしい」

「……本当に。お転婆なお方ですね」


 ちょっと呆れられてしまっているけど、私は岩壁に張り付くようにして、ついに『雪白の花』を手に入れていた。


 花を手に入れるまでの冒険も、振り返ってみれば収穫は多かった。月夜の空をフレスヴァインに運んでもらいながら、私は色々と、先生と話すべきことがあると考えていた。


 今までの傾向からいうと、先生がどんな態度を取るのかは想像がついたけれど、彼を(なだ)めるのも弟子の務めだ。


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突然額に宝石が生えても驚かないぞこのリス
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