第26話 克服
人間を見下ろすほどに巨大な鳥が、片方の翼を盾にするように構えて立っている。
「いいのか? そこはもう間合いの中だが」
フレスヴァインはそれを挑発だと言わんばかりに、コォォ、と空気が震えるような音を放っている。私はそれを見て、宣言を実行に移した。
「――疾ッ!」
走り始めると同時に風の魔法で加速する。接敵を許したフレスヴァインは水の刃による斬撃を受ける――しかし羽毛が削れて散っても斬撃の痕が淡く発光する。
「クァァァッ!!」
「鳥らしい鳴き声も上げるのだな……っ!」
フレスヴァインは翼の先についた爪を私に向けて繰り出す――それを木刀で受けるのではなく、直感に従って左の手に携えたヒュプノスに切り替えた。
「ギュァァッ……!」
適応装甲――魔物の変異種はいくつかの特殊な能力を付与されることがある。水の属性で攻撃すると、その間は水属性を完全に防がれる。他の属性で攻撃するまでその状態は続く。
(だから変異種を狩るには、複数の属性は必須だった……しかしヒュプノスは無属性だから、威力を出す技がない……眠りの効果も通らないな)
ヒュプノスの熟練度を上げれば嵌めのようなこともできるが、同じ武器を合成するという方法はこの世界では極めて難しいので、他の方法を探さないといけない――と、今は先のことよりも、ここをどう切り抜けるかだ。
「――キュァァァッ!!」
少しでも傷を負わされたことで激昂して、フレスヴァインが翼を広げる――そして空中に幾つもの雷球が出現する。
(これも範囲攻撃の一種……これを撃てば、今まで敵はいなかっただろう)
雷を回避できる者などいるわけがない。雷を通さない装備で統一してでもいなければ、手当たり次第に雷撃を撃てばいずれは当たる。
「――本当にそうか?」
今までにない感情が湧き上がってくる。無楽先生はこう言っていた。
――もし火の術をこれから覚えるとしたら、火とはどんなものなのかを知らねば想念は持てない。
今の私は知っている。間近でフレスヴァインの雷撃を見ることで理解した――これは魔法によって行われていることであっても、本質では私の知る『雷』と同じなのだと。
「ギュァァァォォッ!!」
「――おぉぉっ!!」
フレスヴァインの目が輝く――雷球から稲妻が迸り、私はそれを『木刀で』受けた。
「キュァッ……!!」
『雷術は、水と風により成る……化身解放した今なら、それくらいはできて良かろう』
これほど高度なことが初見で成功しているのは、私に先生が力を貸してくれて、経験の一部を共有しているからだ。
『私の雷』と『相手の雷』は交わらない。木刀を覆った雷のエネルギーはフレスヴァインの落雷を弾き、無効化する。
もちろんそれには雷が落ちる瞬間に木刀で切り払うという芸当が必要になる。雷球から雷が落ちるタイミングはフレスヴァインが決めている――それなら、相手の予備動作でいつ来るのかを測れる。
「さあ、どうする? もう一度雷を撃ってみるか。それとも……」
フレスヴァインの赤い羽毛が輝き始める――一度は私を追い詰めた、自らの姿を象った炎を放つ技、『フレイムウィング』。
それを受けて、私はなぜ生き残ったのか。それもまた、雷術を使えた理由と同じ。
「――ギュァァァァッ!!」
『――克て、アシュリナ!』
先生の声が聞こえる。私は自分が炎を浴びてでも、先生を失いたくないと思った。
木刀と炎は相性が悪い。だがそれは、絶対に勝てないということではない――。
「――戦とは即ち火なり」
木刀とヒュプノス、二つの剣を炎が包み込む――それは紫に燃える魔力の炎。
「二刀流――奥義・双火龍」
紫炎は一気に燃え盛り、フレスヴァインの放った炎とせめぎ合う――しかし炎の鳥と二頭の火龍の戦いは、あっけない幕切れを迎えた。
炎の鳥が消し飛び、フレスヴァインの羽毛からは輝きが失われている。私を倒しきれると思って、強力な攻撃を連発した結果だった。
「――ピギャァァッ!!」
それでも私に一矢報いようというのか、炎も何もまとわずに大振りの攻撃を繰り出してくる。
「はぁっ!」
回避した直後にかち上げを入れて巨体を浮かせる。飛び上がりながら追撃を無数に浴びせる――それでも少しずつしか削れないほど強度のある羽毛だが、無属性に対しては適応装甲はそれほど効果的ではない。
「――せやぁっ!」
最後は木刀の振り下ろしで地面に叩きつける。腹を向けて倒れた巨鳥の眼前に木刀を突きつけ、私は言った。
「もう私に逆らうな。お前には頼みたいことがある」
「……グ……グル……」
峡谷の状況を聞いてから考えていたこと。見つからなくなった雪白の花がどこにあるのか。
通常なら目に触れない場所にだけ残っている。だとしたら、そこに行く方法の一つとして考えられるのは――大型の魔物の性質を利用して、隠された道を見つけること。
(戦いながら誘導できればよかったけど、それでは仲間を巻き込んでしまう。しかしヒュプノスも効かないし、どうするか……テセラのためにも、止めを刺すしか……)
――考えているうちに、肩に何かが乗る気配がした。それはあれよと言う間に、フレスヴァインの顔の横に移動する。
「リク……!」
リクは何事かをフレスヴァインに囁いている。リスに似た動物に、鳥の言葉がわかるのか――馬と話せるのは分かっているので、とても賢いのは確かだが。
「……クェェッ」
「……声色が、変わった……?」
「チュー」
リクがこちらを見上げ、何かを訴えかけてくる――フレスヴァインに向けた木刀を下ろして離れても、暴れる気配がない。
その場で飛び上がるようにして体勢を立て直すが、フレスヴァインはじっとこちらを見ているだけだ――敵対している間は凶悪な魔物だが、こうして見ると目はつぶらで愛嬌があるように見えてくる。
『異界の大鷲ではなく、火の鳥か。二番弟子にこんな才能があるとはな……』
二番弟子というのはリクのことで、先生の術を使って私と立ち会いをすることでかなり強くなっているような気はしていた――それにしても、小動物にとって天敵のような巨鳥を相手にしているのに胆力がすごい。
「……むっ……いかん、アシュリナ、お主も魔力の枯渇が……!」
(っ……ここで変身が切れたら……!)
『化身解放』の維持ができなくなり、私は元の姿に戻る――そして。
(はぁ……勝てたとはいえ、ちょっと被害が大きすぎ……)
炎を浴びたときに魔力で熱を遮断しきれず、装備だけがぼろぼろになってしまった――本当に、この魔物とフィリス様やレイスさんが戦うことにならなくて良かった。




