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第25話 痕跡

 テセラの村を出て、峡谷までは徒歩で向かう。魔獣に遭遇して馬が狙われるのは避けたいので、ここは歩いた方がいいと考えた。


 ゲームならエリア選択をすると峡谷の入口からスタートしていたので、道中はこんな風景なのかと考えたりしつつ、三人で連れ立って歩いていく。


「魔獣はどこから現れたのだろうな。元からこの峡谷に生息しているのなら、最近になるまでなぜ見つかっていなかったのだろう」


 フィリス様の疑問はもっともで、それに対する答えはいくつか考えられる。


「見つかったのは羽根だけですけど、雷が落ちたのは明らかに不自然な状況だったみたいですね。天候によるものではなくて」

「羽根を持つということは、空を飛ぶ生き物……であれば、他の土地から飛来したことも考えられますね。もしくは……」


 人間を召喚することができるように、誰かが魔物を召喚した――というのは考えにくい。レイスさんの言う通り、他の土地から来たか、最後の可能性が考えられる。


「その魔物が峡谷の見つかりにくい場所……奥地にいて、最近出てきたというのも考えられます」


 いずれにせよ、私たちの目的は『雪白の花』を見つけることだ。けれど、花を見つけるだけではテセラ村の人たちにとっての脅威はなくならない。


(……先生、警告してくれてるんですか? すみません、心配をかけて)


 携えた木刀から、何か訴えかけられているような――瞑想に入らなくても、先生が訴えてくる感情の種類だけは分かる。先生は私なら大丈夫だろうと楽観してはいない。


   ◆◇◆


 峡谷に向かう長い下り坂を進んでいくと、自然が作り出した迷宮のような地形に入った。


(何か聞いたことのない鳥か何かの声が聞こえる……ジャングルかな?)


「もらった地図の通り、大きく三方向に道が分かれているな」


 フィリス様が言うように、峡谷の地図は幾つかの開けたところを道が結ぶようにして描かれている。今私たちがいるのは、入口の広場――川が流れていて、採取したら何かに使えそうな植物が生えている。


 目に見えるところには生き物の姿がない。遠くから動物の声は聞こえているのに、開けた場所に出てきていない。


「雷が落ちたというのは、地図のこの地点ですね。今はどうなっているか、状況を確かめないと……私が先行しますので、皆は少し離れてついてきてください」


 フィリス様もレイスさんも、心配してくれているのが分かる――それでも私の方針に従ってくれた。


「少しでも早く薬草を持ち帰ること。そのために、それぞれ最善を尽くしましょう」

「かしこまりました」

「……決して無理は……いや、私も役割を果たす」


 言葉を飲み込んで、フィリス様は首にかけたペンダントに触れる――それは無事であれという祈りのように見えた。


 私たちは慎重に進み、落雷があったという場所まで移動する。


「……何か、焦げたような匂いがする」


 フィリス様の言う通りだった。蔦のような植物を切りながら細い道を抜けると、開けた場所に出る――見回しただけで、あちこちに黒く焦げたような跡がある。


(自然に雷が落ちてもこんなことにはならない。でも……何だろう、この感じ……)


 何かを見落としているような――その違和感を拭うために、私は視線を巡らせる。


 そしてあるものに目が止まる。大きな岩の表面が、白い灰のようになって崩れている。


(……違う……この岩は、他の焦げた場所と同じじゃない……!)


「――ギュァァォォッ!!」


 耳をつんざくような声――そして、羽ばたきの音がする。


 峡谷に差し込む日の光を遮りながら降りてきたのは、私が想定していた魔物じゃない――このエリアに出現するはずのない巨鳥だった。


(似ているだけでゲームとは違う……想定外のことだって起こる。だけど……こんなところで……!)


 霊鳥フレスヴァイン。その変異種――その体を覆う羽毛は一色ではなくて、二色。


「――二人とも、ここから離れてください! 地図の一番奥にある地点、そこで合流します!」

「だが……それではアシュリナは……!」

「私たちとアシュリナ様には大きな力量の開きがあります。ですから、今は……!」

「くっ……アシュリナ、絶対に無理はするな……っ!」


 レイスさんとフィリス様が走っていく。それを見送って安心しながら、鼓動は否応なく早まる――これほどの強敵が出てきてしまうなんて。


(どのみち、あの場所に行くには……このエリアに出る大型の魔物に力を借りないといけない。それがサンダーグリフよりも上位の魔物だなんて……)


 着陸しても翼を開いたまま、魔鳥はこちらを見ている――明らかにこちらを敵とみなしている。


 勝手に震える手を叩き、自分を律する。この魔鳥に追いかけられながら『雪白の花』を探すのは現実的じゃない――やっぱり私が引き付けるしかない。


「――ギュァァアァァッ!!」


 そのけたたましい鳴き声をまともに浴びたら、それだけで怯まされてしまう――水の魔法で耳栓をして音から身を守り、私は木刀を携えて駆け出した。


「――はぁっ!」


 繰り出した一撃を魔鳥は翼で防ぐ――羽毛に衝撃が吸収されるが、全く効いていないわけじゃない。


(っ……速い……!)


 嘴による反撃は突っつきのような生易しいものではなく、ドリルのように地面を砕く。魔力で強化した木刀でも受けきれないのは、見ただけで分かる。


「――先生、私、絶対に負けませんから! どうか力を……!」


 そうやって鼓舞しても、木刀は応えてくれない。ただ武器として使うことはできても、何かが違う――『化身解放』が発動できない。


「ギュァァァァァッ!!」


 咆哮と共に、フレスヴァインが周囲に光球を放つ――無差別の落雷攻撃。

 

 肌で危険を感じ取り、反応して避ける。一瞬でも遅れれば落雷を浴びてそれで終わり――考えてから動くほどの猶予もない。


 距離を取らされて近づけない。今までの戦闘ではいつでも打ち込むことができると感じていたのに、フレスヴァインの隙が見えない。


(私の力はまだ全然足りていない……それでも負けるわけにはいかない。少しでも長く時間を稼がないと) 


 ――このまま攻撃を避け続ける。そう考えた瞬間、私は今さらに思い出した。


 白く灰化して崩れた岩。それは落雷によるものではなく――もっと別の、超高温度で焼かれた痕跡。


(……先生が話してくれていたのに、私は……そんなはずはないって、目をそらした)


 フレスヴァインの身体を覆う羽毛の色は、黄色――そして、赤色。


 魔物の変異種のみが、二つの属性を持っていることがある。赤い羽毛が発光し、フレスヴァインが攻撃を放とうとする。


(怖かったですよね……先生)


 竜の炎に焼かれたことがあると先生は言った。私に何かを伝えようとしてくれていたのは、このことだったのだと今はわかる。


 それでも私と一緒に戦ってくれた。だから私は――こんな方法しかなくても、先生を守る。


 身体を水の魔力で覆い、先生を抱きかかえる。フレスヴァインの炎から逃れられないことは、その膨大な魔力を見れば分かることだった。


   ◆◇◆


 フレスヴァインが炎を放ったあと、あとには白い灰のみが残っていた。


 外敵を倒したと確信したフレスヴァインは、その瞳に宿る殺意を消し、その場で羽ばたき始める――しかし。


「――どこへ行く?」


 フレスヴァインが人間にそこまでの接近を許すのは初めてのことだった。


 焼き尽くしたはずの人間とは違う姿をした誰かが、後ろにいる。


「ギュァァァァッ!!」


 何ができるわけでもないと、フレスヴァインは振り向きざまに、炎で覆われた翼で薙ぎ払おうとする――しかし。


「――水術・龍神舞装」


 黒髪の剣士が片手で印を結ぶと、出現した水龍は身体を覆う鎧となる――攻撃を止められたフレスヴァインは威嚇しながら後退する。


「カカッ、カカカッ……!!」

「……心頭滅却すればまた、か。異界の大鷲よ、決着をつけよう」


 『化身解放』によって姿を変えたアシュリナは、両の手に持つ武器を交差する。フレスヴァインの瞳は敵の生存を認め、煌々と赤く輝いていた。

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