第23話 契約/街道
フィリス様は地図を持ってきてくれて、目的の場所はすぐに分かった。グラスベルの領内に、私の記憶にの中にある地形と近い場所が存在している。
(街道沿いにある村。その近くには峡谷がある……地元の人も足を踏み入れない険しい場所。ゲームだと『探索エリア』なんだけど)
『アーティファクト&ブレイド』は、地図上に点在するエリアを選択してクエストを達成していくゲームだ。戦闘エリア、探索エリアなどがあり、探索エリアでは基本的に戦闘の必要はない。
しかし、『失われた薬草』というクエストにおいては、薬草を発見して持ち帰るまでに強力な魔物が出ることがある。ゲームではなんとか逃げ切れる設定だったけれど、今回そんな魔物が出たら生きるか死ぬかの問題になるので、油断はできない。
「……というわけなので、レイスさん、私ちょっと明日出かけて……」
「私も同行させていただきます」
「……はい」
レイスさんを巻き込んではいけないと思ったが、当然行きますというふうに言われると私も弱い。
お風呂から上がって客室に戻ってきたレイスさんは、仮面を着けられないのでどうするのかと思ったが――何のことはなく、湯上がりでちょっと時間を置いてから、仮面を着けて戻ってきたということらしい。
(素顔を見てしまって申し訳ないと思ってるのに、好奇心に負けている自分が情けない……)
ベッドの上に座って葛藤するが、レイスさんは少し首を傾げている――何事かと思われているかもしれない。
「……グラスベル公は近日中に賊の掃討を始めると思われます」
「私もできれば参戦したいですが……この年齢ではまだ早いと言われてしまいそうですね。それでも参加はするんですけど」
「皆がアシュリナ様のお力を知る今であれば、誰も異論を唱えることはないでしょう……いえ、本当ならばそれでも疑問に思うのが人というものですが。そのような理屈は、貴女の剣技の前では意味をなさない」
「え……と、その……そう言われても、やっぱりまだまだというか、全然なんです。自分よりずっと強い人を知っているので」
「それは……」
(こういう言い方をすると、『黒髪の剣士』のことだと思われるかな……)
レイスさんは『黒髪の剣士』に恩義を感じている――今更私ですとは言えない以上は、甘んじてもどかしい思いをするほかない。
「……どのようにして、アシュリナ様があれほどの強さを得るに至ったのか。私はまだ、あなたという方のほんの一部だけしか知ることができていない」
「私なんて単純なので、素振りをしてるだけでもなんだか強くなれちゃうんですよ」
「では、貴女はそれほどに剣の神に愛されているのでしょう。十人以上の兵を一人で倒しきり、それでいて無傷で、底知れない魔力を残していた……王族の方々がその強さを見れば、認識を改めずにはいられないでしょう」
「……それくらい、王家の人たちが知っている私と、今の私が違うのなら。だからこそ出来ることもあるのかもしれないと思っています」
隣国の領土を奪おうとしているのは、ヴァンデル伯だけとは限らない。フォルラントの王子たち――私の兄や姉たちは流れてくる噂を聞くだけでも、領土拡大に関心を寄せているとわかる。
フォルラントの周辺国との戦いに神器が投入されれば、取り返しのつかない被害が出る。それを阻止するには、神器には神器をぶつけるしかない――他の王族が召喚した、初めから凄まじい力を持つ神器に対抗するには、私が持つ神器の熟練度をできうる限り上げる必要がある。
(『修練の木刀』はまだまだ覚醒できる。問題は、覚醒条件も難しくなっていくってことなんだけど……)
「そこまでのお覚悟をなさっているのですね。私も元の主に従うつもりはもうありませんが……妹であるあなたの命を奪おうとするのではなく、他の方法で理想を求めていれば……」
実はゲームでもフォルラント家の王族は登場し、その中の何人かはボス敵であったりする。
(第一王子の暗殺未遂があって、他の王子が台頭してくる……っていう流れもそのままなのかな。その一人が第四王子ロディマス……出生に関わる重大な秘密を持つ王子。この世界でもそれは同じだとしたら……)
「レイスさん、あなたの主人だった人は……そうですよね、明かすことは……」
「……いえ。私の主は……」
――レイスさんが話そうとした瞬間だった。
目の前にいる彼の、向こう側が見えたような気がして。私は思わず手を伸ばして、彼の服の袖を掴んでいた。
「……申し訳ありません。やはりまだ、主との契約は続いている。ここにいることは許されても、あの方の名を口にすることすらできない」
「悪いのは私の方です……レイスさんの事情を知らずに、自分が楽になりたくて、あんな質問をしてしまいました」
あのままレイスさんが主の名前を言っていたら――召喚主との契約に背くことになっていた。
その罰はおそらく、レイスさんがここからいなくなってしまうということだ。それが召喚自体を解かれるということなのか、召喚主のもとに戻されるということなのかは分からない。
「アシュリナ様はお一人でも数十人を倒せるほどに強い……いえ、場合によっては百人でも貴女を倒すことはできないでしょう。私など物の数にも入らないことは承知しています。それでもここにいられる限り、どうか私をお使いください」
私はレイスさんに負担をかけたくないと、一人で勝手に決めてしまっていた。他ならぬ彼が一緒に行きたいと思ってくれているのに。
「ありがとうございます。でも、私の方がレイスさんに返せないくらいのことをしてもらっているんですから、それは忘れないでください」
「……アシュリナ様」
「あなたがパンとスープを運んでくれて、毎日他の人に見つからないように、短時間でも城内に出させてくれて。それがなかったら、人としての尊厳がぼろぼろになってしまって、心が折れちゃってたと思います」
「それは……何と言いましょうか。私の主である方は、アシュリナ様が神器召喚によって運命を左右されたことに対して、貴女の責任とは考えていないようでした。他の者の手で殺されるなら私の手で……という、考えではあったようなのですが」
兄や姉がそれぞれ私に対してどう思っているか、はっきりしたことは分からない。ただ、『白耀の王女』と呼ばれていた頃には、明確に敵意を受けることは無かったと思う。
(正体に触れない範囲なら主のことを話せるってことかな。現状では怖い人だっていうことしか分からないけど……)
「申し訳ありません、脅かすような言い方をしてしまい……」
「いえ、大丈夫です。何というか、改めて思いました」
レイスさんには本当の意味で自由になってほしい。そのためにも私は、素性を隠して一度フォルラントに行く必要がある。
「……思った、というのは?」
「私は生まれた国のことを、まだほんの一部しか知らない。神器召喚が失敗したと見なされたとき、私に対してどんな思惑が動いていたのか……やっぱり、それが気になっているんです」
「アシュリナ様……それでは、私がフォルラントの調査を……」
「いえ、一人で危ないことをするのは駄目ですよ。それをするのなら私もやります。私が元王女だということを隠すことができれば、フォルラントに行くことはできますから」
素性を偽ってフォルラントに潜入する――忍者かスパイみたいだけど、この世界に魔法が存在し、姿を変える方法もあるのなら、決して不可能じゃない。
「そのときは、レイスさんも一緒に来てもらいます。二人で危ない橋を、危なくないように渡りましょう」
「……はい。アシュリナ様の仰せのままに」
フィリス様に「考えていることがある」と言ったときには、すでにフォルラントに戻ることを考えていた。
エリック様とフィリス様がフォルラント国内の学院に行くなら、護衛をするためについていく――せっかく幽閉先から逃げてきたのにまた舞い戻るというのは、普通なら考えないことかもしれないが。
それにエリック様たちが許可を与えてくれるかというのもあるので、他の方法でフォルラントに潜入することも考えておかないといけない。そしてその前に、グラスベル公の病気を治さなければ。
◆◇◆
翌日の朝、レイスさんと一緒に出発しようとしたところ、馬に乗るところでフィリス様に見つかった。
「やはり二人だけで行くつもりだったか……」
街道に出たあと、隣で馬を歩かせながらフィリス様がこちらを睨んでくる――「めっ」とされているような優しい睨み方だが。
「言ってくれれば路銀を渡すし、こうして同行すれば、私に任せておけば宿などの心配はなくなるぞ」
「それは……ええと、素直に言って物凄く助かります。でも、頼りきりは申し訳ないです」
「ふふっ……アシュリナ様がしてくれたことを考えたら、これくらいのことでは全く足りないのだが。父上はグラスベル内に領地を持ってほしいとも言っていたぞ」
「ええっ……私は全然、そこまでのことは……」
そう言いかけて、クエストのクリア報酬で家がひとつ手に入るものもあったと思い出す。『ハウジング』というか、自分の家を自由にクリエイトできるというシステムだ。
(家を貰うっていう話が、周辺の領地も貰うってスケールに変わってる……のかな? 賊を撃退するってそれくらいの勲功ってこと……?)
「もはや客分というより、アシュリナ様という戦力にいてもらっているようなものだとも言っていた。よほど昨日の戦いぶりが鮮烈だったのだろうな……父上があれほど饒舌なのは久しぶりだ」
フィリス様は馬を歩かせながらずっと私のことを褒めてくれる――褒め殺しというくらいで落ち着かなくなってきたので、先を急ぐという名目で馬を駆けさせてもらった。フィリス様の馬術は私より上手で、魔法を使わない状態では追いつけないほどだった。




