第21話 策謀/銀色
私が持っているヒュプノスを目にしたエリック様は、目を瞠って驚いていた。
「アシュリナ様、その剣は……『神器召喚』で手に入れたものなのか?」
「この剣は、私が牢から出るときに戦った人が持っていたものです。『神器召喚』によって呼び出されたものを、どんな経緯で手に入れたのかは分かりませんが」
「禍々しくも、見るものを惹きつける……妖しい美しさを持つ剣。神器とはいうが、これはまさしく魔剣だな……」
グラスベル公の言う通り、ヒュプノスの黒い細身の刀身には艷やかさがある。刀剣愛好家というほどでもない私でも魅入られそうなくらいだ。
「今の状態なら、彼は質問に答えるはずです」
「では……まずは、名前と所属から」
「……ギュエス……ヘンリクセン……所属は……フォルラント王国、辺境伯麾下……騎兵連隊……」
催眠で答えることは、本人にとってのありのままの事実だ。
まだ疑惑の段階だった、フォルラントのグラスベルに対する奇襲行為――それが確定的となった今、エリック様も茫然としていた。
「なんてことだ……本当に何もかも、彼が教えてくれていたのか」
彼というのはレイスさんのことだろう。ゼフェンはグラスベルを陥れて、開戦の理由を作ろうと暗躍していた――そして、同じ目論見のもとに動いているのはゼフェンだけではなかった。
グラスベル公の表情は変わらない。あらかじめ、事実を受け入れる覚悟をしていたのだろう。
「辺境伯というのは、誰のことだ?」
「……ヴァンデル伯家当主……マクシムス・ヴァンデル……」
「同じように、グラスベルの領内で略奪を働いている者はいるか」
「……騎兵連隊の、三部隊……それぞれ別の経路で潜入し……」
男――ギュエスはグラスベル公の質問に応じ、賊の拠点がどこにあるのか、それぞれの兵力はどれくらいかを洗いざらい話していく――しかし。
「――父上、何か様子が……っ!」
(催眠とはいえ、自分の命に関わってくるような行動には拒否が生じる。それに魔力の消費も大きい……)
ヒュプノスの力を解くと、男は糸が切れたように倒れ込む。エリック様が息があるかを確かめるが、死んでしまったわけではない――精神の疲労によるものだ。
「申し訳ありません、剣の力の制御がまだできておらず……」
「いえ、これだけの情報を得られれば十分です。賊の拠点を叩くことができれば……ゴホッ、ゴホッ」
「父上、ご無理はなさらず、どうか安静にしてください」
「……すまないな、エリック。だが、私はまだ死にはしないよ」
(そうは言っても……どんどん顔色が悪くなっている。気力だけで何とかなるものじゃない)
グラスベル公はエリック様に肩を支えられながら牢をあとにする。私は屋敷の玄関ホールで彼らと別れ、一度客室に戻った。
◆◇◆
レイスさんは屋敷の外で宿を借りようとしたが、話したいことがあると言って留まってもらった――尋問に立ち会ってもらうことも考えたが、怪我が治ったばかりで戦った彼には大事を取って休んでいてもらうことにした。
「エリック様は、全てレイスさんが教えてくれていたとおっしゃっていました。ヴァンデル伯はグラスベル侵攻を正当化しようとして、策謀を巡らせているんですね……」
「そのような野心を持つようになった理由が、何かあるようにも思いますが……私は王家の命令外で動くことはできず、ヴァンデル伯の周囲の事情を調べることはできていません」
「ヴァンデル伯の裏には、誰かがいるかもしれないってことですね……それなら、戦争を止める方法はそこにあるんじゃないでしょうか」
「……アシュリナ様」
私はただのアシュリナだと言っておいて、大それたことを言ってしまっている。それでも、このままヴァンデル伯の思い通りに事が動いてしまえば、今よりもっとグラスベルの領民は苦しむことになる。
「私はアシュリナ様の定めた目的を達することを、何より優先したいと思っています。それがどれだけ難しいことであっても」
「レイスさん……ありがとうございます。すごく心強いです」
「……あの黒髪の剣士にも、助力を願えれば……いえ、姿の見えない彼に頼っていてはいけませんね。私も強くならなければ」
(……レイスさん、私が変身した姿のほうを慕いすぎてるような。馬に乗って運んだだけだし、意識はほとんど無かったはずなのに)
意識が朦朧としていたからこその、吊り橋効果というものだろうか。もとの私にも優しく接してくれるけど、何か決定的な差を感じてしまう。
変身した自分に嫉妬するというのもなかなかない経験だ。そんなことを言ったら、また先生に笑われてしまいそうだが。
◆◇◆
――その後、レイスさんの入浴の順番が回ってきて、彼は遠慮しつつも呼ばれていった。侍女の人たちが彼一人で入れるように配慮してくれたようだ。
「仮面を着けて正体を秘する者……儂の知るところで言うと『隠密』、あるいは『忍び』か。なかなか苦労しているようだな」
瞑想に入って心界に行くと、先生は私の相談を聞いてくれた。代わりにというわけでもないが、先生に言いつけられた素振りをしながら話している。
「こちらの国では隠す必要はないと思うが、それでも隠すということは、秘する理由があるのだろうな。お主は一度レイスの顔を見ているが、何か思うところはなかったか?」
「ええと……レイスさんの、銀色の髪は……」
ゲームにも銀色の髪を持つ人物はいた――そして、それが重大な意味を持っていると今になって思い出した。
「ゆっくりでいい、話してみよ」
「……フォルラントの召喚魔法で呼び出せるのは神器だけじゃありません。神器を呼び出せるようになるまでの過程で、別の世界の人を呼び出すということもあったんです」
「呼び出された人間の中に、銀色の髪の者がいたということか?」
「はい。レイスさんは王家に育てられたと言っていました」
「……子供の頃に召喚され、暗部となるために育てられるとは。それでいながら、よくぞあのような強靭な精神を持つに至ったものだ」
「本当に……私もレイスさんを尊敬しています」
先生がレイスさんのことを褒めると、私も自分のことのように嬉しい――のだが。
「その彼が、私の変身した姿を見て憧れているみたいなんですけど。それって、先生に憧れてるみたいなものですよね」
「ぐっ……なぜ急にこちらを責めるような流れになっているのだ……」
「責めてるわけではないですよ。複雑な気分だっていうだけで」
「それを責めているといわずになんとする……まあ良い、まだお主には話しておきたいことがある。今日の戦いについて話をしよう」
素振りを終えて、先生は林の方に歩いていく――その先にあるのは、前にも修行に使わせてもらった滝だった。




