第19話 談話室
賊に襲われていた数台の馬車は、都市同盟の盟主であるペトローネ家のものだった。
屋敷の談話室で、私はフィリス様からオルディナ様を紹介された。彼女はペトローネ家の令嬢で、フィリス様とは幼少からの友人関係にあるそうだった。
「それにしても無茶をする……食糧を運ぶ馬車を、自ら率いるなど」
「フォートリーンに食糧を届けて終わりというのも寂しかったので、フィリスの顔を見ようとやってきたんですのよ。危ないところでしたわね」
「他人事のような言い方を……だが、こちらも本当に助かった」
盟主はグラスベルの窮状を聞いて食糧支援を決定したが、そもそも食糧不足の原因となったのは凶作によるもので、それ自体は持ち堪えられるはずだった。しかし領内で賊が略奪を散発的に行ったことが駄目押しとなってしまった。
(グラスベル市に対する兵糧攻めか……謀略の気配がする。フォルラントの策略っていう線もあるけど……)
そのときは、私としてはグラスベル側につくしかない。できれば戦争なんてことにならないのが一番なので、未然に防げないだろうか。フォルラントは何もしていないという方向にも期待したいが、それはちょっと望み薄だ。
ゼフェンはどこからかグラスベル兵の装備を手に入れ、ベルチェ村を襲った。なぜそんなことをしたのか――グラスベルがフォルラント領を攻撃したという、偽情報を流布するためだと考えられる。
(今になって話がつながった。レイスさんは、ゼフェンがヴァンデル伯の命令で動いてるって言ってたな。じゃあ、グラスベルに出没してる賊は……)
「――『黒髪の魔導師』さまについては、私のほうでも行方を探してみますわね。私にとっても恩人であるわけですし」
考えごとをしていた私は、自分に関係のある部分だけ反応してしまう。
「他の都市で目撃したという情報があったら教えて欲しい。父もぜひ欲しい人材だと言っているからな」
「……フィリス、お父上のお身体は、良くなってはいないようですね」
「賊と戦ったことで、負担がかかってしまったが……今は治療師がついている。薬さえあれば、治らない病ではないそうだが」
(薬……おそらくあのクエストと同じだ。『失われた薬草』……)
父君の病気は治せる。それを今ここで言ってしまいたい気持ちに駆られるが、私がなぜそんなことを知っているのかと不信感を与えてもいけない――前世の記憶に関わることは慎重にならなければ。
「その薬というのは、どうすれば手に入るのですか?」
「……わからない。ただ、父の症状に似た病にかかった人物がいるという記録だけが残っている。その人物は、ある薬によって回復したと」
「記録だけ……ですか。医術の継承は確実に行わなくては、途絶えてしまうこともあるんですのね……」
「今日明日にどうなるというわけではない。父は私たちに学業に励むようにと言っているし、休暇が終わったら戻る他はない」
「私も戻らなかった場合、妹が学院に行くことになりますから。責務は果たさなくてはいけません」
フィリス様が学院に戻る前に、父君の病に効く薬を見つける――そうしなくては、エリック様とフィリス様は不安を抱えたまま学院で過ごすことになってしまう。
「……すまない、アシュリナ様が家のために戦ってくれたのに、別の話ばかりしてしまって」
「いえ、大切なことです。私もフィリス様のために何かがしたい。お父上の病気について、私なりに調べてみていいでしょうか」
「我が家を守ってもらい、家族も家のものたちも無事だった。それでなお、貴女の力を借りるというのは……」
「……アシュリナという名前は、確か……フォルラントの『白耀姫』と同じ……」
「はい、今は王女ではありませんが、ゆえあってこちらに身を寄せています。難しいことと承知していますが、私がここにいることについては伏せておいて頂いてもいいでしょうか……?」
フォルラントとの関係に影響するかもしれないそんな判断を、盟主の娘であるオルディナに求めるのは性急だと分かっている。だが、彼女に嘘をつけば綻びが出てしまうと思った。
「とても美しい方だと聞いておりましたが、まさか武勇にも優れていらっしゃるなんて……ああ、素晴らしいですわ」
「えっ……あ、あの、オルディナ様?」
オルディナ様は席を立つと、私の前に静々と跪いて、手を取ってきた。
「アシュリナ王女殿下、お目にかかれて光栄です。貴女がこちらにいるということは、絶対に口外いたしません。ペトローネ家の名にかけて約束いたします」
「ありがとうございます」
恭しく私の手を捧げ持ったあと、オルディナ様は立ち上がり、スカートをつまんで微笑んだ。
「実は、私も少しだけ武術を習っていますの。フィリスには敵わなくて、悔しい思いをしていますわ……そこで……」
オルディナ様がフィリス様に視線を送る――なんというか、少々落ち着かない空気だ。
「アシュリナ様に、いつか武術を習いたいのです。強くなれたら、きっとフィリスに守られるだけではなく、彼女とともに戦えますから」
「……オルディナ」
(まだ先生に教わったことはほんの一部なのに……人に教える立場になるのは早すぎないか?)
「実は……私も近いことを思っていたのです」
「えっ……フィ、フィリス様?」
「アシュリナ様が戦うところを私たちは見られていませんが、見た者はすさまじい達人であると口を揃えていました。私はもっと強くなりたい……この家を、そして何かがあったときに人を助けられるように」
二人が熱視線を送ってくる――期待しながらも少し不安そうでもある、そんな目で見られてしまうと。
「……少し、時間を頂いてもいいですか? とても嬉しいですし、前向きに考えてもいますが、心の準備をしたいので」
「ええ、検討していただけるのならいくらでもお待ちしますわ」
「こちらも同じです……そういえば、アシュリナ様。僭越ながらお聞きしたいのですが、今はお幾つでいらっしゃいますか?」
「十歳になってから、今日で二十日と少しですね」
神器召喚を行ったのが誕生日で、そこから数日かけて古城に送られ、十九日間牢に入れられた――瞑想修行で体感した時間はもっともっと長いので、混乱しそうになるが。
「十歳……私が十歳の頃と比べて、アシュリナ様はとても大人びているな」
「ええ、私も驚いていますわ。十歳にして剣の達人……持って生まれた器から違っています」
「剣についてはまだ道半ば、歩き始めたばかりですよ」
事実を言っているだけでも、凄く壮大な話になってしまっている気がする――凄いのは無楽先生であって、私は本当に未熟な剣士だ。
「お嬢様方、入浴の準備が整いました」
「ああ、すぐに行く。アシュリナ様、今日も一緒でいいだろうか?」
「できれば私もご一緒させてくださいませ。一人で入るより、友人と一緒の方が楽しいですから」
二人が支度をするために移動する。賊の尋問に立ち会えないと困るので侍女の方に時間を確認すると、エリック様が夕食の後で改めて呼びに来てくれるとのことだった。
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