第1話 古城に幽閉される
辺境の森の古城。私が幽閉されることになった場所は、フォルラント王家の所有物であるが、すでに使われなくなった建物だった。
(姿を隠せと言われても、こんなところに送られたら明日も知れぬ状態だな)
王宮にいれば、王都が陥落でもしない限りは身に危険は及ばない。しかしこの地方までくると――ゲーム的な言い方をすると、安全度が低い。
たとえば山賊が古城に入り込んでくるとか。ずっと客車の窓が塞がれていたので外を見られていなかったが、降りたときの風景だけでもだいたいどの地域なのかは見当がついた。
ここに幽閉しておけば、いずれ不幸な事故が起きて、閉じ込められていた姫が亡き者になるということも起きうる。
(王家の面体を保つためとはいえ、父上は厳しい……いや、父上と限ったことでもないのか?)
あのとき儀式は失敗だと声を荒げていたのは、ヴァンデル伯という人物らしい。私のことを相当に疎んじていても、殺そうとまで考えるかどうか――王家の失態を隠すためとかいう名目で行動しそうなくらい怒ってはいたが。
古城の中に案内されながら、私は色々と考えていた――というか、ここのマップはゲーム時代に来てみても何もなかった場所なので、ここを生活の場にするというのは面白そうだと考えるくらい余裕がある。
(『幽閉』って扱いなわけだし、すぐにきつくなるだろうけどな。それにしても……)
私を先導しているのは、古城の管理をしているという人物だ。仮面をつけていて、所作からは男性か女性かも分からず、年齢は十代半ばくらいに見える。
「これが王女殿下の牢……居室になります」
古びた鉄扉には、低い位置に窓がついている。ここから食事などを差し入れるのだろう――思っていた以上に牢らしい牢だ。
「私についてきた護衛は、どこに?」
「彼らはこの城ではなく、付近の村に駐留します。城の番は私と他に数名がおりますので」
この城なら警備は少人数でも問題はないということらしい。捨てられた城だからであって、本来の機能を果たす城ならばそんなわけにはいかないが。
考えているうちに、仮面の人から牢に入るように促される。いちおう貴人ということで身体に触れないようにしていて、思ったより待遇は悪くない――と思いかけたのは、中に入るまでの話で。
(これは……足元に骨でも埋まってそうだな)
この古城は以前もこうやって牢獄として使われたことがあったと聞いた。前に牢に入れられた人物がどうなったかは示唆されただけだが、おそらく亡くなっている。
石床なんてものもなく、露出した地面の上に最低限の寝床が作ってあり、かなり高い位置に窓がある。壁は石を積んで作ってあるが、今の身体能力ではとても登ったりはできそうにない。
一応机のようなぼろぼろの木の台があり、引き出しもついている。椅子も一脚だけあるが、王宮の椅子に慣れた身体ではすぐにお尻が痛くなりそうだ。
「落ち着いているんですね、王宮から引き離されてこんな僻地に連れてこられたのに……僻地というのはこういった不便な土地のことです」
少し考える――私はこれから、どんな振る舞いをするべきか。
王女として生きてきた十年の記憶はある。兄や姉が大勢いるので王位継承権とは距離があり、ゆくゆくは政略結婚で隣国に嫁がなくてはならないとか、周囲からはそんなふうに言われていた。
(まあこうなってしまったから、政略の駒になるのは避けられたが……私がまず目指すべきは一体どの位置なんだ?)
このまま無力を装って、なんとか脱出の糸口を探すか。
それとも、話を聞いてくれそうな味方を一人でも増やそうとするか――そのための方法としてこれが正しいかは分からない。でも、これが私らしいという方法でいく。
「お気遣いは要りません。逃げても仕方がないので腹を括っているだけです」
「っ……」
仮面の人の反応は、どちらか――生意気な子供だと思うのか、それとも。
「……失礼をいたしました。そこまで覚悟を決めてここに来られていたとは」
(全然そうでもないんですけどね)
王宮の上質なベッドに慣らされた人間では、この牢で一晩過ごせと言われただけで気がおかしくなっても仕方がない、それくらいの環境だ。
ただ、想像を大きく超えていたかというとそうでもない。前世でやっていたゲームにおいては牢内で鎖に拘束された人もいたので、自由に動けるのならばまだマシ――と思った矢先。
ガシャン、と足に何かつけられた。仮面の人ではなく、いつの間にか来ていた痩せぎすの男が、私に足枷をつけている。
「王女殿下、失礼いたしますよ。こうやって錘を付けておかないと、良からぬことを考える方もいらっしゃいますからねえ」
(というか、下から話しかけないでくれ……マナー違反だろ)
ここで怒ることができればいいが、護衛がいない状況ではうかつなことはできない。ただ微笑んでやり過ごすだけだ――立ち上がった男は当てつけのように恭しく礼をすると、仮面の人の肩に手を置く。
「余計なことは考えるんじゃないよ、レイス。俺たちはただの雇われなんだ」
「僕はただ、仕事をしているだけです。言いがかりをつけないでいただきたい」
仮面の人――レイスというのは本名なのかどうか――は、肩に置かれた手をやんわりと払いのけるが、男は口角を釣り上げて笑うだけだった。そして私を一瞥して去っていく。
「……彼は城の番をしている兵の一人です。足枷を運んできたのでしょうが、大変失礼をいたしました」
「いえ、大丈夫です。足枷があるということは、その……」
「沐浴は三日に一度となっております。そのほかのご用向きがございましたら、僕がいるときに扉の窓から呼びかけていただければと思います。ドアノッカーもございますが、使用した際に僕以外が来る場合もありますのでご注意ください」
レイスさんは大丈夫そうだが、他に城内にいる人たちがさっきの男みたいな様子だと全く気が抜けなくなる。
しかし異世界においてもレイスとは『幽霊』だ。この人がいかに穏和に接してくれていても、やはりこんな仕事をするには何かしら理由があるのだろう――あまり詮索できない類の。
「お気遣いありがとうございます。なるべく迷惑はかけないようにしますので」
「……眠れないときなどは言ってください、対処はできますので」
眠り薬でも用意されているのか――寝床が急に貧相になったので、寝られなくなる可能性は否定できないが。
部屋に入ると、当然ながら扉が閉まり、施錠される。ほとんど真っ暗闇だが、徐々に目が慣れてきた。今は明かりが欲しいと言う気にもなれないし、言っても対応されるかは怪しいところだ。
長い移動で、もう身体がくたくたに疲れきっていた。身体に当たりそうな石だけはなんとかどけたあと、私は部屋の隅で丸まって目を閉じる――疲れていると、どんな場所でも眠れてしまうものだ。
(明日からは……脱出する方法を……)
ずっと試してみたかったことがある。元の世界じゃ無理だが、この世界ならできるかもしれないこと――それは『熟練度上げ』だ。