第18話 剣技
もう少しで会敵する――というところで、予想より早く『化身解放』の効果が切れ、私の姿は元に戻った。
(魔法を連発すると変身が長く持たなくなる……もっと鍛錬しないと駄目だ。今は先生の魔法なしで切り抜ける……!)
屋敷の裏の塀に梯子がかけられ、賊が登っている。私は馬から飛び降りると、そのまま走り続けて木刀を下手に構えた。
「うぉっ……な、なんだ、あの小さい奴は……っ、がっ!」
(小さくても一本は取れますよ……っ!)
梯子の途中で振り返ろうとした一人の首筋を跳躍して撃ち、その男を踏み台にしてさらに飛ぶ――塀の向こうでは、屋敷を守る兵士たちとともに戦うレイスさんの姿があった。
「アシュリナ様っ、グラスベル公はあちらに……!」
レイスさんはひとりで同時に五人と戦って足止めをしているが、そうでなければグラスベル公に敵が殺到していただろう。
「そんなガキに何が……っ、がっ……!」
「ぐぁっ……!」
レイスさんが有利になるように、駆け抜けざまに敵に木刀を打ち込んで昏倒させる――この姿を見て油断するのは無理もないが、容赦はしない。
「チッ……だが、これで終わりだ……っ!」
グラスベル公と剣を交えていた男が不意に飛び退く。その次の瞬間、放たれた矢の軌道が黒い線のように走る――だが。
(そこっ……!)
振り抜いた木刀が黒い線の軌道に割り込む。魔力で覆われた木刀は折れることなく、クロスボウのボルトを防いでいた。
「――うぉぉぉっ!」
賊が斬りかかってくる。目の前に現れた敵を斬る、ただそれだけを考えて繰り出される剣は、力に任せていても鋭いものだった――しかし。
長剣の振り下ろしを、私は木刀を使わず足さばきだけで避ける。
「なっ……!?」
(変身していない方が、短い距離では速く動ける――そして)
「――ふっ!」
迂闊に頭を下げることは、利を失うということだ。敵が剣を振り上げようと手首を返す前に、首筋に打突を打ち込む。
「がはっ……!!」
木刀でも鋭く打てば肉は裂け、血飛沫が散る。すぐに慣れることはないだろうが、血を見て取り乱すようなこともない。
「……あなたたちの隊長が、代表して戦いますか? それとも、全員で来ますか?」
「う……うぁぁぁぁっ!!」
私の質問に答えないままで、敵が斬りかかってくる。統率が取れていたらまだ違っていたのに、一人ずつかかってきてはいけない――だが、敵が逃げないのなら実戦の経験を積ませてもらうだけだ。
◆◇◆
「ふぅ……」
周辺の敵の気配がすべて無くなったあと、私はグラスベル公に向き直る――なんというか、唖然とされてしまっている。
「ええと、その……エリック様とフィリス様もご無事です。あっちは陽動だったみたいですね」
「アシュリナ様がこれほどにお強いとは……もう長く生きたつもりでしたが、これほどに驚いたのはいつぶりでしょうか」
「っ……グラスベル公、口から血が……っ」
「ああ、心配をかけて申し訳ない。しかし病のことを忘れるほどの思いです。ここで賊に首をやっているようでは、領民にも顔向けできなかった」
そうなることも覚悟したということだろう――病身を押して戦ったのだから無理もない。
だが、彼は持ちこたえてくれた。エリック様とフィリス様、そしてレイスさんと兵士たち――皆が戦って勝つことができた。
「――父上っ!」
フィリス様の声が聞こえる。その後方にはエリック様の姿もある――馬を降りて駆けてきたフィリス様は、父君の無事を確かめて目を潤ませていた。
(そういえば……こういう賊の討伐クエストで、依頼主が『都市同盟のとある貴族』としか出てこないものがあったな。この世界においては、グラスベル公のことだったりするんだろうか)
確か、学院に留学している子女を護衛してくれという依頼だったはずだ。私が今居合わせているのは、そのクエストが始まる前の時間軸だったりするのだろうか。
(そうすると……私の前世の知識が、役に立つかもしれない)
「父上、ご無事で何よりです。フォートリーンから移動中だったペトローネ公家の一行は、現在負傷者の治療にあたっています」
「オルディナ嬢も無事ということだね。よくやってくれた、二人とも」
「……情けないことだけど、俺たちだけでは賊を制圧できなかった。通りがかりの魔導師に助けられたんだ。彼が一人でやってくれた」
(……魔導師って、変身した私のこと?)
確かにそう見えてもおかしくはない。そして今私が持っている木刀は、『化身解放』しているときと同じだ。
これを見られたらさすがに気づかれるのでは――と緊張していると、ついにフィリス様が私のほうを見た。
「アシュリナ様、よく無事で……っ」
「彼女が私たちを救ってくれた。素晴らしい剣の技を持っている……木製の剣であっという間に賊を倒し、私に向けて放たれた矢を防いでくれた」
顔面蒼白で口の端に血が伝っているという状態のグラスベル公が、すごく饒舌に見たままを説明してしまう。
(私がフィリス様たちを助けました、って言うなら今しかない……なんだか凄く恥ずかしくなってきた)
常日頃の私からすると、変身したあとの私は少し格好をつけた感じになってしまっている気がする。先生の性格に影響されていると勝手に思っているが、あながち間違いでもないと思う。
「その手に持っている木の剣は……もしや、アシュリナ様は、あの黒髪の魔導師と知り合いなのだろうか」
「……知り……あっ、は、はい。よく存じております」
「やはり……アシュリナ様は剣に長けているようだが、黒髪の魔導師は上位魔法とおぼしきものを使って、オルディナたちを襲った賊を一瞬で薙ぎ払ってしまった。本当に、夢でも見ているような光景だった……」
(あっ……)
フィリス様は言葉通りに、夢見る乙女の顔になっている――それは私です、とまた言えなくなる理由が増えた。
「魔導師……いや、おそらく黒髪の剣士。彼が再び現れた……」
(あああ……!)
レイスさんが少し離れたところで呟いているのが聞こえる。感覚が鋭敏すぎるのも考えものだ。
「その彼にもぜひ感謝を伝えたいが、今はどこに?」
「それが……彼は名前も言わずに姿を消してしまいました」
屋敷の救援に戻るとは言っていなかったので、そういう解釈になるということか。何かギリギリの線を渡っている気がしてならない。
「また会えることもあるかもしれない。場合によっては、領内に探し人の知らせを出そう」
「そ、それはやめた方が良いかと思います。彼はその、目立ちたくない人なので」
「それほどの腕を持っているなら、どこの領地でも士官できる。アシュリナ様の許可を得られれば、ぜひ客分としてお迎えしたいものです」
(ありがとうございます、でもすでにお世話になってるんです……)
目を輝かせるグラスベル公と兄妹――それは兵士たちの手当てに出てきて話を聞いていた、お屋敷の侍女の皆さんも同じだった。
「黒髪の方……ということは、海の向こうから来られた方よね」
「フィリス様が殿方のことをあれほど褒めるなんて……」
(あはは……はは……はぁ。変身の使いどころには気をつけよう)
そんなことを言いつつも、『化身解放』の間に使える強力な魔法には必ず頼ることになる――魔法も使うほど熟練していくし、魔力を使えば最大魔力量が増える。
「父上、捕縛した賊はどうしますか? フォートリーンの牢に送りますか」
「その前に情報を引き出したい。口は固いだろうがね」
私もそれが気になっている。なんとか賊の尋問に立ち会ったりできないだろうか――他にもグラスベル公に話したいことがあるので、後で時間を貰うようにしよう。
 




