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第16話 訪れる受難

 朝日はこの世界でも東から登ってくる。薄明を過ぎて青くなった空には、白い雲が流れていた。


「レイスさん、この屋敷の御子息とはどうやって知り合ったんですか?」

「エリック殿の父君はこのグラスベルの領主で、王国を訪問したことがあります。私は任務で彼の護衛をしたのですが……その際に、端的に申し上げて『引き抜き』を打診されたのです」

「それは……表沙汰になったら危なかったですね」


 仮面の下でレイスさんがふっと笑う。いつも張り詰めているところがあったので、こんなふうに笑ってくれると何だかほっとする。


 それにしても暗部であるレイスさんをスカウトするとは、なかなか大胆な人物だ。でも私も今まさにスカウトしたばかりなので、レイスさんには人を惹きつけるところがあるのだろう――仮面ではそのカリスマを隠せない、と脱線してはいけない。


「彼はエリック殿とフィリス殿を、周辺国の貴族が通う学院に通わせています」


 フィリス様の兄君の名前がエリックということらしい。しかし、周辺国とはどういうことだろう――それぞれ自国の学院に通うのが安全だと思うのだが。


「その学院はフォルラント国内にある……これは中立関係を保障するための措置です」

「……人質、っていうことですか」

「そうなります。グラスベル公は家族を守るために、フォルラント側の協力者を求めていた。私はその申し出を断りましたが、護衛の任務はグラスベル公が領地に戻るまで継続しました」

「そういうことなら、レイスさんはますます気に入られちゃったんじゃ……」

「それは分かりませんが、グラスベル公からは『公印』の写しを頂きました。魔道具の一種で、それを用いて封書を作成すると、あらかじめ取り決めをした人物しか内容を見ることができなくなります」


 その道具を使い、レイスさんはベルチェ村とグラスベルを行き来する商人に依頼して、グラスベル公に封書を届けた。かつての縁を頼って、私を逃がす方法を模索してくれたのだ。


「エリック様が私のことを知っていたのは、そういうことだったんですね」

「申し訳ありません、ここに来るまでのことをすべて殿下にお願いしてしまい……」

「エリック様は囚人の姿だった私を追い返したりしないで、すぐに全て察してくれました。妹君のフィリス様も、すごく優しい方です。レイスさんと一緒にここに来られて良かった」

「……身に余る……いえ。勿体ない……いえ、有難き幸せです」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ、私なんて適当に扱ってもらえたらいいんですから」

「そのようなことは……殿下と今もお呼びしているのは、形式的な理由ではありません。私は今でも、それがふさわしいと思うだけなのです」


 そんなに『王女殿下』という振る舞いを私はしていただろうか――そういう意味合いではない気もするけど、あまり言われると落ち着かなくなる。


「しかし、当面は殿下の素性を隠す必要があります。そうしますと……」

「ただのアシュリナで大丈夫ですよ。同じことを前にも言っていましたね」

「それでは……アシュリナ様、とお呼びさせていただきます」

「そのうち偽名を使わないといけないですが、今はそれでお願いします」


 私よりレイスさんは年上で、それにすごく気品のある話し方をする人なので、本当は『様』がつかないような関係性が落ち着く。


 千里の道も一歩からということで、いつか変えられるだろうか――そんな平和なことを考えていた矢先だった。


「お屋敷の方で声が聞こえます。言い争っているような……」


 レイスさんが頷きを返し、私たちは丘の上から降りて屋敷に向かう。すると、エリック様が武装し、数人の騎兵を率いて出ていく姿が見えた。


「エリック、待て! 私も……っ!」

「フィリス、お前は家で待て! この屋敷にも守る者が必要だ!」


 エリック様に制止され、フィリス様が足を止める――その後ろには、遠目に見てもひどく痩せている男性の姿があった。


(そういうことだったのか……)


 ――事情は聞いている。私のことよりも、父上たちのことを優先してくれ。


 フィリス様がそう言っていたのは、彼女の父親が何かの病を患っているから。


 先生の元で修行するうちに、私は生命の気配を感じられるようになった。その気配が、グラスベル公と思しき人物からは、ごく弱くしか感じられない。


「フィリス、すまない……私が不甲斐ないばかりに」

「……父上、私も兄と同じように剣術と魔法を磨いてきました」

「私も衰えたとはいえ、賊にいいようにされて黙っているつもりはない。ここは任せておきなさい」

「っ……はい! 父上、皆、どうか無事で……!」


 フィリス様もまた馬に乗り、エリック様の後を追って駆けていく――だが。


「っ……が……!」


 グラスベル公がその場に倒れそうになり、激しく咳き込む。その口から流れているのは血――彼はおそらく肺病を患っている。


 領主が持つ兵力は賊を討てないほど少なくはないはずだが、その兵をすべて動かすことができないということか――詳しい事情は分からないが、限られた兵数でこの窮地を凌がなければならない。


「グラスベル公は戦える状態にない……アシュリナ様、私が敵を撃退します」


 私もここに残って防衛に参加することはできる――だが、胸騒ぎがする。


「貴女様は、エリック殿たちのことを案じている。本来、貴女の年齢で戦いに加わるのは危険すぎます……しかし……」

「レイスさん、私はすぐに戻ってきます。お屋敷も、あの二人のことも守りたい」

「……かしこまりました。誰も失わず、貴女様が戻るまで持ちこたえてみせます」


 レイスさんに後のことを託して、私は木刀を携え、自分が乗ってきた馬に乗る――もうフィリス様の後ろ姿は見えなくなっていたが、リクが道を示してくれる。


 この領地が脅かされているなら、放っておくわけにはいかない。リクの言葉に耳を傾けてくれたのか、そして(まぐさ)を十分に食べたからか。馬は力を(みなぎ)らせ、風を切って草原を走り抜けていった。


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