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第14話 領主の事情

 浴室を出たあとは夕食を出してもらえて、柔らかい粥を食べた。味付けは控えめなのに、物凄く美味しく感じる――自分が飢餓状態だったというのが改めて分かると、これを出してくれた人に対する感謝が無限に溢れてくる。


「……!!」

「そんなに感激されると、こちらも貰い泣きしてしまうな……」


 フィリス様の言葉に従者の人たちも頷いている。こんなに美味しいものを毎日食べているのですかと言いたくなるが、私は回復食というやつなので、フィリス様の前には肉料理が出されていた。


(……でも、ちょっと少なく見えるような)


 節制しているということなのか、そうしなくてはいけない事情があるのか。その答えはすぐに分かった。


「お嬢様、申し訳ありません。久しぶりにお戻りになられたのに、このような……」

「事情は聞いている。私のことよりも、父上たちのことを優先してくれ」


 スプーンを止めて話を聞いていると、フィリス様がこちらを見て微笑む。気丈な印象のある彼女だが、今はどこか儚げだった。


「アシュリナ様は何も案じることはない。こちらの話ですまないな」

「お嬢様……」

「私と兄が戻ってきたのはそのためだ。もう守られるだけの子供ではない」


(……この様子からすると、おそらくこの領地には賊の被害が出てるな)


 ゲームでも山賊などを退治するクエストがあり、その依頼主は小領主であることが多かった。『アーティファクト&ブレイド』に似ているこの世界でも、近い状況が起きているということか。


 そしてフィリス様と兄君は、その対応をしなくてはならない立場にある。つまり戦わなければならないということだ。


「フィリス様、私も……」

「アシュリナ様は乗馬に慣れているのだったな。近いうちに、この辺りの案内をさせてもらいたい。名産品や、景色の美しい場所もあるからな」


 私のことを健気だと言っていたけど、それは彼女たちが優しいからだ。


 優しくて、強い。これから危険な戦いに赴かなければならないのに、フィリス様は私を誘ってくれた――先のことの約束をしてくれた。


「はい。必ずご一緒させてください」


 フィリス様が頷く。彼女はまだ知らなくていい――私が約束を守るために、何をしようと思っているのか。


   ◆◇◆


 食事を終えたあと、フィリス様は両親に呼ばれていった。話の内容は気になるが、聞き耳を立てるのはマナー違反だ。


 客室に一人で入って、早速壁に立てかけられた木刀を手に取る。そしていつも通り、床の上に座って瞑想に入ろうとしてみても、先生の心界に入れない。


(……先生、私です、アシュリナです)


 目を閉じて念じてみると、先生の気配は感じるが、何か逡巡しているようだった――だが。


 次に目を開けると、私は森の中にいた。そして、いつも座っている石の上で、先生が手を突いて頭を下げている。


「な、何ですか……? もうここに来ないでくれ、っていうことですか?」

「……お主よりずっと長く生きておいて、あんな見落としをした。人質を取られたときにどう戦うか、説く時間はあったというのに」


 レイスさんの姿を見て、私は冷静ではいられなかった。悪いのは先生ではなく、ゼフェンと会敵したときに『利』を得られなかった私の方だ。


「お主がゼフェンの元に着くまでに敵を倒していたからこそ、あの力を使うことができた。だがそうでなかったらと思うと、儂には詫びる他は……」

「先生が力を貸してくれたから勝てたんです。『化身解放』……確かにあのタイミングで使えるようになったのはギリギリでしたけど、私は先生のおかげで斬られずに済みました」


 ずっと頭を下げて微動だにしなかった先生が顔を上げる。そして足を崩すと、まだ申し訳なさそうにこちらを見た。


「現世で神器の力を振るうことができるのは、お主の力あってこそだ。鍛錬の成果があってこそ、儂の力を用いる素養が備わった……今の段階では水の魔法のみだが、ゆくゆくは別の魔法も使えるだろう」

「また先生に教われるってことですか?」

「……嬉しそうな顔をするな。まったく、お前ほどの鍛錬好きはそうはいないぞ」


 先生が満更でもないようなので安心する――さっき心界に入れなかったときはもう瞑想修行はできないのかと心配してしまった。


「先生、『化身解放』をしたときのことを聞いてもいいでしょうか」

「……儂の熟練度をこの段階まで上げた人間が他にいないので、あのようなものなのかと驚いた。お主がもし男であったら、そして黒髪であったらというような姿に変わったのは、そういうものであると受け止める他はないか」

「『化身解放』をしてる間、他の人からは別人に見えてるってことですね」

「だからこそ、ゼフェンがお主のことを誰かに話したとしても誰も信用するまい。今後は同一人物と知られても良いかどうか、考えて使う必要はあるがな」


 『化身解放』をしたときの黒髪の剣士は、私とは別人ということにした方がいいのか――どのみち当面は素性を隠さなくてはいけないのでややこしいが、今のうちに方針を決めた方が良さそうだ。


「では、別人ということにします」

「別の人物の姿で行動できるというのは、有効に働く局面も多いだろう。元の身体より成長した姿になるので、子供の姿では対応できない場にも出られる」

「確かにそうですね。途中で変身が切れないように鍛錬しないと……その前に、一つやることができましたが」

「早速鍛錬すると言い出すのかと思ったが、何があった?」


 私は離れて行動していた間のことを先生に話す。この領地が置かれているだろう状況と、それについて私がどうしたいのかを。


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― 新着の感想 ―
ネズミ、どうしてんの?
 おっと、『化身解放』あたりの一連の出来事は先生的にも色々と想定外だったわけか。
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