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第13話 騒乱の後/友誼

 ベルチェ村の守備兵たちがゼフェンたちを捕らえたあと、村に数騎の騎兵が訪れていた。


 彼らは襲撃者を王国軍の支部に連行するという名目で、ゼフェンたちが捕縛されている建物に入った。


 音が漏れないよう扉を閉じ、暗い部屋の中に立った白い鎧を着た男は、魔法の明かりを灯して周囲を照らす。


「なぜ……王子がこんな辺境に……」


 第四王子ロディマス。彼が王都を離れてこの場にいることは、ゼフェンには俄かに理解しがたいことだった。


「武勇に優れるが、食えない男だと聞いていたが……見る影もないな」


 必ず成功するはずだった。その目論見を阻まれたゼフェンは、アシュリナと剣を交えたことでひどく憔悴し、その瞳は落ち窪んでいる。

 

「二年前、騎士団に下賜した神器のひとつが何者かによって持ち出された。その行方を探らせていたんだが……ゼフェン、君はどう思う?」

「……何のことか……ぐぁぁっ……!」


 白を切ろうとしたゼフェンの足を踏みつけ、ロディマスは顔色一つ変えずに話し続ける。

 

「神器を一つ隠し持ちながら、お前はさらにヴァンデル伯に取り入りつつ、もう一つの神器を手に入れようとした。神器召喚をただの軍人が行おうとするなど、神に背く罪だ」

「ぐぅっ……ロ、ロディマス王子……私を殺したところで、あの剣は戻らない……ヒュプノスを奪ったのは、あの王女……」

「あんな子供に何ができる? お前は欲をかきすぎた。暗部をヒュプノスの力で取り込めるとでも思っていたのか」

「ち、違う……本当に、黒い髪の剣士が……っ、俺は嘘を言ってない! 本当にあいつが……っ!」

「どうせならもう少し面白い嘘をついてくれ。ヒュプノスが見つからないとなれば、お前に用はない。連れていけ」


 ロディマスの部下たちがゼフェンを連行していく――同じ室内にはゼフェンの部下もいたが、誰もが震え上がり、声を出すこともできない。


「――ロディマス、お前たちは神に選ばれた存在なんかじゃない! 神器さえあれば、この俺が……っ、俺こそがぁぁっ……!!」


 離れていく怨嗟の声を聞きながら、ロディマスは兜を脱ぎ、首を振る。


「神器さえあれば……よく分かっているじゃないか。だからこそ、僕は王になれる」


 ロディマスの言葉を聞いていた兵は何も言わずに頷く。


 ロディマスの部下はアシュリナのいた古城がもぬけの空になっていることを確認したが、それ以上の捜索は行わなかった。


 アシュリナが逃亡を図れば、暗部であるレイスによって殺害される。しかしレイスはロディマスとは繋がりを持たない――たとえ王族であっても自分直属の暗部でなければ干渉できない、それがアシュリナの捜索を阻むこととなった。


「いずれにせよ、ヴァンデルの領地を召し上げる理由ができた。可哀想な妹よ、お前は役に立ってくれたよ」


 ロディマスはヒュプノスを回収することにもさほど執着していなかった――それは、彼の持つ神器がそれほどに強力であるという自信の表れでもあった。


   ◆◇◆


「……ひっくしゅ!」

「王女殿下、一度湯に浸かって温まった方がいい。風邪を引いてしまうぞ」

「いえ、大丈夫です。たぶん誰かが噂をしてるんだと思います」


 大きな屋敷に相応の広い浴場に案内されて、私はフィリスさんや侍女の人たちの申し出を辞退し、一人で身体を洗っていた。


(久しぶりのお風呂が最高すぎて、どうやっても笑顔になってしまう……)


 身体を濡らした布で拭いたりというのは結構こまめにやっていたが、桶にぬるま湯を汲んで顔を洗ってみたら、水がすぐどろどろになってしまった。


 前世のことを思い出す前は、入浴時は侍女のみんなが洗ってくれた。私がすることは必要に応じて腕を上げることくらいだったと言っても過言ではない。


「やはり私も手伝おう。それだけ長いと、髪の汚れを落とすのは大変だからな」

「あ……す、すみません。でも一人で大丈夫ですよ」

「……世話焼きと言われるかもしれないが、それでも何かがしたい。王女殿下はお気づきでないようだが、こんなに痩せてしまって大丈夫なのかと皆も言っている」

「あはは……でも、案外平気ですよ」


 瞑想修行をしていると空腹を感じにくくなるし、食事は少なくても不思議と筋肉が落ちない。けれど脂肪が少ないので、あばらが出てしまっている。


 フィリスさんは筋肉の付き方など均整が取れていて、彼女も何らかの武芸を嗜んでいるとわかる。同性から見てもとても格好いい人だ。


「レイスさんのおかげで、何も食べられないってことはなかったので……あっ、レイスさんというのは私の恩人です」

「教会で治療を受けているというのは聞いたが……それにしても……」

「え……?」

「い、いや、何でもない。目に入るとしみるので、閉じていてくれ」


 フィリスさんの言う通りにすると、彼女は髪の絡まったところを丁寧に解き、洗髪料を使って汚れを落としてくれる。


「ああ……アシュリナ様、なんて健気な……」

「さぞお辛かったでしょうに、天使のような笑顔で……」


 侍女の人たちの声が聞こえてくる――こっちに聞こえないと思っているのだろうが、目を閉じるとさらに感覚が鋭敏になるので普通に聞こえる。


「……すまない、彼女たちも殿下のお世話をしたいと言ってくれているのだが、私が代表のようにしてしまって」

「いえ、その……そこまでしてもらうのは申し訳ないって思っていましたけど、本当は、やっぱり凄く嬉しいですから」

「っ……」

「ここに来られてよかったです。ありがとうございます、フィリス様」

「そ、そんな……私などに敬称をつける必要は……」

「でもフィリス様も、殿下って言っていますし。これでおあいこですよ」


 さっきは名前同士で呼び合う流れになっていたが、身分のことがある――それなら、少しずつ慣れていけたらいい。


「……アシュリナ、と名前で呼ぶと、何だか妹ができたような気分になってしまう。それは図々しくはないだろうか?」

「あ……それは私も嬉しいというか……私にも姉はいますが、一緒に暮らしたりしていなかったので。だから、フィリス様が初めてのお姉ちゃんです」

「…………」

「……あっ、そ、その……調子に乗ってしまいました、すみません」


 無言になってしまったフィリスさん――今の私はちょっと浮かれてしまっている、そう自覚しているなら反省しないといけない。


「こんなに綺麗な白に近い髪を見たことがない。フォルラントの王族の中でも高貴たる者の証明と聞くが……」

「ありがとうございます。目立ってしまうので、この髪の色は隠さないとですね」

「……魔法を使うか、染料で一時的に染めるか。いずれにせよ、私はアシュリナの素性を隠すこと、そしてここでの暮らしに協力したい」

「……フィリス様」

「これも何かの縁だ。兄が学院から呼び戻されて同行したが、家の務めと共にやるべきことができた。新しい友人を守ることだ……さあ、一度自分の姿を見てみるがいい」


 湯気で曇った姿見をフィリスさんが拭いてくれる。汚れで固まっていた髪がすっかり綺麗になって――元の色よりも透き通っているようにさえ見えた。


「まず必要なことは、少しずつ食事の量を増やすことだ」

「あはは……その、急に食べると身体が驚くと思うので、無理なく頑張ります」


 フィリスさんが心配しているのはそちらの方だった。私はというと、ここに置いてもらえることに何としてでもお礼がしたいと思っている。


 そして、一度客室に行って置いてきた木刀――先生に会って話したい。気は急いでいたが、侍女の皆さんにもゆっくり温まるように言われて、すぐにお風呂から出ることは許可されなかった。


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― 新着の感想 ―
今後、国内も色々揉めそうな国だね。
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