第10話 仮面の理由
次にやってきた二人の騎兵はさすがに警戒していたのか、私の姿を遠目に見るなり距離を取って攻撃を仕掛けてくる。
「あいつらをやったのが、あんな子供……っ!?」
「森の中に罠を仕掛けていやがったのか……小賢しい……!」
(こういうときは遠距離攻撃。それは常套手段だよな)
ひとりはクロスボウ、もうひとりは魔法の詠唱を始めている――火属性の魔法だというのは、兵士の身体を覆う魔力の色で分かる。
(属性が隠せてないのは鍛錬が足りてない。上位クラスの魔法使いが混じってることもないな)
敵兵から奪った鉄の剣を持って、私は上半身の力を抜いて立つ。肩に力が入ってはいけない、それでいて下半身には力を漲らせる。
だがその姿は、敵にとってはふざけているようにも見えるだろう。私も先生に構えを教えてもらったとき、最初はそれでいいのかと戸惑ったくらいだ。
「死ね……っ!」
「燃え尽きろ、ガキっ……!」
一瞬早く放たれたのはクロスボウ――飛来する矢は私の目には黒い線のように見える。
(よっ……!)
軌道さえ分かっていれば受けられる。ギィン、と鈍い音を立ててボルトを防ぎ、後詰めで放たれた火球については――真っ向から、斬る。
「なっ……!?」
火球をただ斬るだけでは炎は消えず、着弾すれば延焼する――それを防ぐには。
「対属性の魔法は、ぶつけ合うと相殺するんですよ」
剣に水属性を付与して斬る技、『流水の太刀』。それは火球を消し去るにはうってつけの技だった。
そして弓や魔法を撃ったあとは動き続けるべきなのに、兵たちは動くことを怠った。森の中だから騎兵は動きにくいというのもあるが、それは乗ってくるほうが悪い。
「貴っ……」
「がっ……ぁ……」
声を上げかけた兵士に向けて石を投げ、こめかみの辺りにかすらせる。石を魔力で覆うことで、それだけで意識を刈り取れた。
(完全に静かにっていうのは難しいな……!)
しかしさらに騎兵が来るということはなく、そのまま森を駆け抜ける。
そしてたどり着いたのは、村を見下ろす高台。つい先ほどまで誰かがいた痕跡がある――私は高台の端に向かい、周囲の様子を確認しようとした。
――そして、探していた男の姿を見つける。
ゼフェン――他の兵たちと同じような武装をしながらも、その右手に携えている剣だけが、異質な存在感をもってそこにある。
(あれは……『妖剣ヒュプノス』……!)
「――あぁぁっ!!」
聞こえてくるのは苦悶の声。それは、ゼフェンと戦っている誰かのものだった。
レイスさんがそこにいる。彼がなぜ膝を突いているのか、ここで声を上げるべきではない、だが、何よりも。
「ゼフェンッ……!」
選択の余地がない。それでゼフェンの剣が止められる保証はなかった――だが。
妖剣ヒュプノスが振り下ろされることはなく。ゼフェンは振り返り――かつて見た彼と同じとは思えない、歪んだ笑みを見せた。
「その声は……王女か」
「……殿、下……なぜ……」
レイスさんがここでゼフェンと戦っていなければ、すでに兵たちは村を襲っていただろう。
ゼフェンの手勢は少なく、レイスさんが一人でそうしたというのか、五人の兵が倒れている。
「こちらに降りてこい。そうでなければレイスが死ぬよ」
「いけません、殿下っ……うぁっ……!」
倒れているレイスさんをゼフェンが踏みつける。私が高台から降りると、ゼフェンはようやくその足を外した。
「アシュリナ、君は知っているか? レイスが一体何者なのか」
「や……めろ……」
「知っていますよ。レイスさんの仮面の意味も、どうしてここにいたのかも」
こんな返答は期待していなかったのだろう。ゼフェンは虚を突かれたような顔をしている。
フォルラント王国において、王の勅令を受けて動く存在――『暗部』。
その一員は公の場で顔を見せることがない。王女だった私もその存在は知らされていないが、前世の知識では知っている。
「……強がりはやめて、命乞いをしろ。牢の中でせっかく生き延びたんだろう? もっと生に執着するんだよ……さあ、その場に伏して言ってみろ! レイスの代わりに自分を生かしてくれと!」
「きっとそうしたら、もっと私の血に天召力が宿る……っていうことですよね。私を捕まえたあと、滅ぼした村の光景を見せるつもりだったとか?」
「っ……レイス、貴様……」
レイスさんが教えてくれたのは天召石のことまでで、村のことは私の想像だ。けれど、どうやら図星だったらしい。
「あなたは神器の一つであるヒュプノスを持っている。それを今まで隠してた理由も分かりますよ。私を利用してもう一度神器召喚をするつもりじゃないですか? その剣の持ち方で分かりますよ、神器の力に酔っていることは」
「黙れ……見透かしたようなことを言うな、あんな棒切れを呼び出したお前などがっ……!」
「おかしいですね、そんな私の血にあなたは期待しているのに」
レイスさんをこれ以上傷つけようとしたら、私は――ゼフェンと刺し違えてでも、それを止める。
アシュリナが死ぬ運命を変えられたら、何が見えるだろうと思った。
先生に剣を教えてもらわなかったら、私はここにも来られていなかったと思う。だから、ゼフェンに一矢報いることができたなら、きっと努力したことには意味があった。
「……もう戯言は良い。そのまま動くな」
「っ……あ……」
ゼフェンの持つ剣が輝きを放つと、レイスさんが昏倒する。神器の力――ヒュプノスの第一段階の能力は、相手の意識を奪うこと。
今動けばレイスさんは殺される。限界まで引き付けて、確実に殺せる距離で、ゼフェンを――。
『――全く、この師あればこの弟子ありということか』
その声を聞いたとき、私はいつかのことを思い出していた。
『剣士の道とは死ぬことではない。それを教えておかねばな』
ゼフェンが持つ妖剣が振り下ろされる。
しかし、その刃が届く前に。腰に下げた木刀の柄を握り、力を込める――その瞬間だった。
ヒュプノスの刃が私を切り裂く――だが、それは『アシュリナ』自身ではない。
ゼフェンの顔が驚愕に歪む。斬られたのは、水で作られた写し身だった。
「――がぁぁぁぁっ!」
理解できない状況を前にして、ゼフェンが吠える。
斬られた写し身が弾けて、霧が生じる。視界を奪われたゼフェンは、手当たり次第に周囲に向かって斬りつける――だが、闇雲に斬っても当たるはずもない。
「満足したか? 私ならここにいるぞ」
先生の声が聞こえたときから、自覚はしていた。
自分の姿が変わっていること。そして、気性が王女であるときとは変化していること――つまり、今の私は。
「……腐っても神器だったというのか……いや、違う。こんなまやかしで、俺の剣が敗れるはずがない……!」
「まやかしかどうか確かめてみるか? 来るがいい、ゼフェン」
神器を習熟することで解放される技、『化身解放』。
木刀の化身である無楽先生の力を宿した今、私の姿は彼に近づき、黒髪の剣士に変わっていた。




