悪足掻き3
悪足掻き 3
今日は千ちゃんが視界に入るたびに、心臓と胃がゾワゾワした。
“放課後 神社で“
付箋を丸めてポケットにしまう。
『千ちゃんは、どうして僕にあんなことをさせたんだろう』
僕はどうして、応じてしまったんだろう。
友達がいなかったから?
現実感がなかったから?
千ちゃんが誘うようなことを言うから?
帰りたいと思うものの、無視して帰る勇気も断る勇気も無い。
神社へと足を進めるが、気が重かった。
周囲に人がいないか確認して、鞄に入れたカッターナイフを取り出す。
無茶な使い方をしたからか、刃がボロボロだ。
「カッターナイフじゃ無理があるよな」
すごくやりづらかった。
千ちゃんは途中から目を瞑ってて…。
あれ、いつからだ。千ちゃんはいつから意識が無かったんだろう。
「なんで、来ちゃったかな」
神社への階段を見て、自分に愚痴をこぼす。
こういうところが嫌いだ。僕のこういうところが。
階段で心拍数が上がっているのか、緊張で心拍数が上がっているのかわからない。
階段を登り切ったところで、本殿前の階段に座っていた千ちゃんがこちらに気づいて手を振った。
「来ると思った」
来ないとは思わなかったんだろうか。
今日僕がどれだけ気が気じゃ無かったか…。
「酷い言葉ぶつけて帰りたいだけかもしれないよ」
ニタニタと見透かしたような目で笑う千ちゃんに苛立って、僕は精いっぱい抵抗の言葉を吐く。
「ぶつけてみれば?スッキリするんじゃないか?」
千ちゃんは片手で口を覆って、目を細める。
笑ってるようにも、次の言葉を考えてるようにも見える。
「...ぶつけるわけないだろ」
僕はそう言って、ため息を吐く。
何を言っても、きっと無駄だ。
「笠野って案外感情任せに生きてるよな」
「うざい黙れ」
千ちゃんは肩をすくめて苦笑する。
うまく暴言を吐き出せるよう誘導されたような気がして、気に食わない。
「…なんで呼んだの」
話を逸らすように尋ねると、千ちゃんはすくりと立ち上がって鞄から財布とスマホを取り出した。
「行こうか」
「何処に」
「ホームセンター」
「....は??」
僕は首を傾げる。
スタスタと歩いていく千ちゃんを、僕は慌てて追いかける。
「カッターじゃ、キツかっただろ」
「僕に君を傷つけさせたいってことであってる?マゾなの?」
「痛みを求めてるわけじゃないからマゾじゃない。このままじゃ効率悪いだろ。お前が帰ったあとの掃除、大変だったんだぞ。今日の朝までかかった」
掃除...。僕が逃げた後、あの本殿掃除したんだ。あんな血まみれで倒れてたのに。朝来るのが遅かった原因、それか。
「昨日逃げた人間に、まだやらせるつもりなんだ?」
僕は苦笑して言う。
「戻ってきたじゃん。今も着いてきてるし」
千ちゃんはそう言って、僕を見る。
「......」
ぐぅの音も出なかった。
深い青色の目がニタリと細められ、また僕から逸らされる。
明るいところだと、より青く見える。
写真とか撮ったら、すごく映えるんだろうな。ムカつくな....って、あれ...?
「スマホ、持ってるじゃん」
「?」
「澤田くんと松島くんが、千田くんはスマホ持ってないって」
「あー...」
千ちゃんは少し言い淀んで、スマホを入れたポケットを抑える。
「返信、面倒だから」
「ふーん」
なんだろう、自然そうな流れの言葉なのに違和感を覚える。
が、理由を聞き出すようなスキルを僕は持ってないわけで。ただの相槌を返す。
「笠野、連絡先交換しよ」
「え?」
今、返信面倒って言わなかったかコイツ。
LINEのQRコードを目の前に突きつけられて、僕はモタモタとQRコードを読み込む。
「何この写真」
送られてきた写真を開いて、僕はその場に立ち止まった。
「必死で俺の指示を実行してる笠野」
立ち止まった僕に千ちゃんが言う。
「......きっっっしょ」
この角度、千ちゃんが手に持って撮影することは不可能だ。
だとすると...予め、あの本殿にスマホを設置していた事になる。
『安心しろよカメラも無いし、誰も来ない』
昨日の千ちゃんの言葉を思い出して、ゾッとする。
あの時は、僕がそういう場所に入るのを遠慮すると思って、千ちゃんが配慮した言葉だと思った。
.....けど違う。
"千ちゃんがあの言葉を使わなかったら、真面目な僕は千ちゃんの指示を実行しなかった"
「逃げなくて良かったな、殺人鬼」
千ちゃんの目が、逃げ場の無い僕を捉える。
「はぁー...」
僕は考える事を辞めて、頭を引っ掻いた。
どうせ今からどう抵抗しようと、色々手遅れだ。
あの本殿に入って、千ちゃんから1度逃げた時点で僕の手網は全部千ちゃんが握ってる。
「好きにしろよ、要は従えばいいんだろ」
うんざりした顔で言うと、千ちゃんは満足そうにニタリと笑った。