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二話//新生4



 ────昔から、極端に自分というモノに対して自信がなかった。身体能力、知識、知恵、記憶力、判断力。その他諸々に信を置けなかったのは、ひとえに育ちが理由ではないかと、そう思う。


 ────母は厳しい人だった。何もかも、教えられれば出来るのは当たり前で、彼女から褒められた記憶は存在しない。小学生の頃、算数のテストで九十六点を取ったとき、逃した四点のことで叱られ、ため息を吐かれたことを今でも思い出せる。


 ────父は無関心な人だった。休みの際には家族を避けて書斎に籠り、仕事の日には夜遅く帰ってきて食事と風呂を済ませ、また書斎に籠る。一人の時間を優先する人で、彼との間に印象的な思い出は何一つ無い。


 ────そういう家庭で育つと、子供はどういう人間になるか。叱責を受けるのが常で、己の行動に関心を寄せられることが無い、コミュニティから突き放されて浮いた子供……。


 ────学生時代の記憶は、散々である。喧嘩やイジメすら発生しない、空気のような存在。何かにつけ受動的で、進路も教師や親の言いなり。とにかく周囲を窺って、怒られないための擬態を行うだけの操り人形、それが自分。


 ────そのような人間が、社会で必要とされる(はず)もない。命令を入力しなければ動けない機械なぞ、買い切りのパソコンで足りているのだ。教育の手間を掛けてなお不手際のある道具など、一体誰が欲しがるのやら。


 ────そうして俺は誰からも必要とされなくなった。両親も、ようやく自分たちがガラクタを育てたと悟ったのか、近頃は何も言ってきやしない。友人も、居ても居なくても変わらない者へ掛ける情けが尽きたようだ。そもそも、ノートや試験対策のために利用されるだけの関係であったのを、友人と呼んでくれただけまだ有情だったのだ、それ以上を望むのが間違いだったというだけのこと。だから自分から連絡先を消去した。俺のような存在に関わらせるのが、申し訳なかったから。


 ────俺は全てに納得していた。あるべきところに全てが収まったと思っていた。けれど、何故か、薄い感情が満足してくれず、気づけば酒に逃げていた。俺は初めて、『逃避』という自発的な行動を取っていたのである。そして…………。


 ────そして俺はそれ(・・)に遭遇した。何の躊躇いもなく、それどころが楽しそうに、俺が心の底で欲していたものを与えてくれた(・・・・・・)存在。俺はそのことをいつまでも忘れないだろう。重力から解き放たれ、強烈な高揚が俺という全てを包み、あらゆる(くびき)から解放された瞬間を。


 ────だから俺は感謝している。光る眼をした誰かに。だから俺も成りたいと思った。誰かにそれを与えられる存在に。だから俺はソレ(・・)になりたい。


 ────全てを呑み込む、光になりたい!




 『Transformation!』


 福音が鳴り響いた。安久津ヒジリの端末に、彼の親指が触れている。M.T.Sを起動させ、一人の契望者がその真髄を晒そうとしている。その背中を見上げながら、カスパルはごくりと唾を呑んだ。ヒジリから吹き出す魔力があまりにも多過ぎた(・・・・)からだ。ヴェルクも己のパートナーから目を離し、驚きを僅かに滲ませていた。両者の驚愕をよそに、グロウブルームを吹き飛ばした下手人が高らかに咆哮した。


 「AhhhhWoooooo……!!」


 低く太い狼に似た遠吠えは、物理的な振動を伴いその場の者らを震わせる。バスを二台縦に積んだような巨体に似合いの、狩りの始まりを示す遠吠えである。獅子の頭と体、背に山羊の頭、そして尾が蛇となった空想上の怪物────複合獣(マンティコア)の死駆罰孔が、獲物を定め吠え猛る。並みの者ならば恐怖に硬直するであろう一幕に、ヒジリは奇妙なことに、震えながら笑っていた。


 「怖い、怖いんだけど、やっぱり何か平気だわ。それ以上に嬉しい(・・・)からかな?こんな、大事なことを思い出せたんだからさ……」


 魔法陣が足下に展開され、ヒジリを白い光が包む。木々の影を消し飛ばして染め上げる光の乱舞の中、彼の『変身』が始まった。


 「光輝燦然(グリッター)全てを呑め(オンスロート)!」


 固有呪文が発せられ、ヒジリの頭部までもが光に包まれる。そこからシルエットがやや変形し、出てきたのは黒い三角帽である。先端の折れたそれは、お伽噺の魔女のそれそのものである。ついで出てきた顔には薄く化粧が施され、左の目尻付近にダイヤに似たラインストーンが三つ、オリオン座のベルト染みて配されていた。更に光が剥がれると、黒いローブを肩で羽織った、学生服然とした衣装が表れ、黒いネクタイとベストが銀のタイピンとボタンで彩られる。プリーツスカート、ニーソックス、ローファー、いずれも黒く染め上げられた中に銀の彩飾が見られるその出で立ちは、魔力光の白に反して黒々としている。最後に端末を持っていた手に何処から落ちてきた警棒サイズの懐中電灯が握られると、ヒジリはそれを前に突き出して高らかに名乗りを上げた。


 『Magical Girl Activation!』


 「魔法少女グリッターシャイン!駆動(ドライブ)!」


 ────『彼女(・・)』は、魔法少女になったのだ。


 「光束(ルーメン)小弾(ライトカンデラ)


 懐中電灯の先端を複合獣に向け、グリッターシャインは力ある言葉を吐き出す。契望者の紡ぐ言語の内、変身中に発せられるものは特に強い呪文(コード)としての性質を持つ。自身の脳内にある『望み』を肉体が言語として『呪文』にすることで、即興であっても非常に完成度の高い魔法が構成されるのである。つまり、魔法少女は一つの望みに紐付いた魔法を、高い自由度で無数に分岐させることができる。


 「輝光連弾(ルミナリボルバー)!」


 グリッターシャインが放つ魔法、その性質は『光』。圧縮して放たれたそれは、強烈な熱を伴う弾丸となってばら撒かれる!しかし、敵もまた超常の存在。新米魔法少女の狙いが甘い散弾をものともせず跳躍し、相手の頭部目掛け打ち下ろしの打撃を見舞おうと跳び掛かる。グリッターシャインは前転するように前へ跳んでそれを躱し、次いで襲い来る蛇の尾の噛みつきを懐中電灯で殴打し弾く。しなる鞭のように振り回される尾の打撃をさらに跳んで回避した彼女は、再び懐中電灯へ力を込めた。


 「光束(ルーメン)……輝光刃(ルミナエッジ)!」


 範囲を指定し圧縮された光が今度は棒のような形状で固定され、懐中電灯は即席の長剣と化す。グリッターシャインはそれを振るい、蛇の頭を顎下から鼻先にかけて焼き斬った。莫大な熱量を持つ光の剣に斬り裂かれ、複合獣の尾は切断面を焼かれながら震えのたうつ。思惑が上手くいったことで笑みを浮かべたグリッターシャインは、しかし、即座にその場を転がって体を横に逃がさねばならなかった。何せ蛇の頭は複合獣のただの一部位であったから、怒った獣の後ろ足による蹴りが反撃で飛んできたのである。土を蹴たてる一撃に視界を狭められながら彼女が身を起こすと、山羊の頭と視線が合った。


 「MeeeeeeAhhhhhh~!!」

「うおおおおっ!?」


 横長の瞳孔が獲物を捉えた瞬間、その口から吐き出されたのは液体、つまり唾の弾丸である。かなりの速度を伴うそれを跳躍して避けると、着弾地点から熱した油がたてるような音と共に、焦げたような臭いがグリッターシャインの鼻をついた。


 「酸、つまり胃液の弾丸……!お前山羊じゃなくて別の生き物だろッ!」

「NnBeeeeee!!」

「うおっ、ヤベェッ!」


 敵の抗議に耳を貸す筈もなく、山羊頭は次々と酸を吐き出す。それを回避するため走りながら、グリッターシャインは足場の悪さに舌打ちをしそうになる。多少の荒れ地ならばものともしない脚力があれど、それが斜面となると話は別なのだ。どうしても体重移動に変数が加わるほか、靴底のグリップもまた計算されたブレーキングが必要になってくる。それを考えると、先のグロウブルームの空中殺法は実に利にかなった戦い方だったのだと、彼女は倒れた同輩に思いを馳せた。


 「しっかし、あれをっ、真似しようにも……!」


 残弾の概念など無いかのように次々打ち込まれる酸は、本体が細かく足を動かして移動するため常に最適な姿勢で撃ち込まれる。移動砲台と化した複合獣に、経験不足のグリッターシャインは攻めあぐねていた。魔法が体力、身体能力を支えているとはいえ、底無しの無尽蔵など存在しないのが世界の常識である。早くも息切れが見えてきた状況に、少女の背中へと冷や汗が伝った。こうなれば一か八かと相手の足下に飛び込もうともしたものの、待っていたのはダンスの如き踏みつけ(ストンピング)の嵐である。堪らず逃げれば待っているのは酸の弾丸であり、反撃の目すら潰され惑うばかり。


 「ハァッ、ハア、クッ、ソォッ!」


 消耗を避けるため光柱の剣を消してなお、確定した敗北が迫ってきている。こうなれば全力の魔法で撃ち合うしか────そう考えた矢先、グリッターシャインの目端に淡い光が飛び込んできた。彼女は即座に手元の武器を再度出現させ、これ見よがしに振り回す。結果、自身を掠めた酸にローブを焼かれながらも伸縮自在の光の剣が山羊の鼻先を斬り、煙と共にその頭部が仰け反った。しかし、破れかぶれの反撃には手痛い代償が伴う。剣を振り切った無防備な体勢の彼女を合成獣の叩きつけが襲────


 「椿落とし(カメリアシザー)ァッ!」

「GiAaaaaaaaaaaa!?」


 ────うことは無かった。何故なら、桜の光を再び纏った魔法少女が、鋏の一撃で獣の後肢を断ち斬ったからだ。痛みによる硬直と体重を支える柱を失い、合成獣が腹を打つように倒れ伏す。グロウブルームはそれを見届けて、鋏を支えに膝を折った。彼女の受けたダメージは本来、行動不能になってもおかしくないものである。それを押して決死の一撃を加えたのは、彼女に意地が有ったからだ。受けた仕事を完遂すること、頼ってきた後輩を守ること、そして何より、やられっぱなしではいられないという強い意地。そうして彼女が生み出した隙が今、致命的な一撃を呼ぶ────!


 「十億光束(ビリオンルーメン)極照(マキシカンデラ)────!」


 極太の光柱が地から天を衝く稲妻が如く、グリッターシャインの得物から迸る。周囲の空間を歪める熱量を放つそれを彼女は瞬時に圧縮し、敵を両断するに過不足ない長さへ止めると一気に振り下ろした!


 「光輝燦然(グリッター)降魔雷霆(ケラウノス)ッッッッ!!」


 大気すら灼く白熱の光剣、天罰の代行たる雷ににも似た莫大熱量(メガエネルギー)の斬撃が死駆罰孔を消し飛ばす。そうして大地を溶かし硝子化した深い溝ができた後は、他に何も残らない。焦げ臭さが辺り一面に漂うなか、二人の勝利者は目を見合せ頷き合い、そして────────同時に地面を蹴った(・・・・・・・・・)。瞬き程の間の後に、彼女らの背後へ振り落とされた攻撃により、大量の土が爆ぜた。


 「くっ、ゴホ、なんてしぶとい!」

「ヤバすぎんだろ、もうほぼガス欠だぞ……」


 「AhWoooooooooooooooooO!!!!」


 高らかに咆哮を響かせ、土煙の向こうから獅子がその身を現す。山羊の頭部と蛇の尾は消え、代わりに下半身が体毛の無い黒々とした姿へ変わっている。少女らがチラと視線を動かすと、確かに存在した筈の能面の死駆罰孔が影も形もなくなっているではないか。それの意味するところはつまり……。


 「もしかしてこいつ、他の死駆罰孔を取り込むのか……!?」

「しかもどうやら、取り込んだ存在を身代わりのように盾にできるみたい。最っ悪……!!」


 悪態を吐くグロウブルームを前に、元合成獣……さしずめ『暴食』とでも呼ばれるべき死駆罰孔は笑むように顔を歪めると、能面がそうしていたようにふわりと宙へ浮き上がった。どうやら取り込んだ相手の能力も奪い取れるらしいことを知った二人は、それぞれ強く得物を握り締める。そんな彼女らをそれぞれ見やった暴食は、低く唸ると風を撒き上げながら空に上がり、そのまま飛び去って行った。何やら計算を働かせたらしい相手の行動に不気味さを覚えながらも、二人は敵が去ったことで急激に疲労感を覚え、地に膝をついた。


 「初陣、負けっスかね」

「ま、生きてりゃ勝ちよ、あいててて……」

「大丈夫?折れてるらしいじゃん、そのまま動いたわけだし、変なとこ刺さったりとかしてたら……」

「ああいや、大丈夫大丈夫。実はダメージ以外の傷はもう治した(・・・・・)から」

「えっ」

「貴方の『光魔法』のように、こっちにも特性を持つ魔法があるってこと。私はそれが『回復』なわけ」


 言いながらよろよろと立ち上がったグロウブルームは腕を指し示した。折れている筈のその部位には、歪な変形もなければ、内出血による色の変化や腫れすら存在しない。


 「だからあんな早く復活できたんだ、すげぇ」

「派手な魔法じゃないけど、生存性はピカイチってわけ。だから、まぁ」


 グロウブルームは言葉を切ると、こちらへ駆け寄ってくる猫二匹を見ながら深く息を吐いて、吸った。


 「今は、互いに生きてることを喜びましょうよ」



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