七話//セブンスヘブン1
────魔法少女と怪物の戦いは、一方的なものへと推移していた。命のストックを使いきったことで発動した暴食の絶対防御能力に、契望者側はなす術なく苦戦を強いられている。多方面からの同時攻撃、一点への集中攻撃、特定部位への狙い打ち……その全てが徒労に終わり、魔力消費が著しい彼女らは肩で息をする始末。
「ヤッバ……正直もうキツいんだけど、貴方は?」
「こ、こっちも、げ、限界かも……」
グロウブルームとゴシックドレスの契望者は共に衣装のあちこちを損傷し、流した血で布地を深い赤に染めている。それでもまだ彼女らが戦えているのは、その魔法特性によるところが大きい。『回復』の魔法少女グロウブルームと、『復讐』の魔法少女……名をバイオレントローズという彼女は、そもそもが受け身の幻想であるが故に、耐久力に秀でている。基本の戦闘スタイルが近接であることもあってか、二人は紙一重の回避によって未だ命を繋いでいた。しかし、それももう限界が近づこうとしている。
「前線が崩れたら終わりよ、貴方も覚悟した方がいいカモ?」
「ひいいいっ!死にたくない死にたくない!!」
「やれやれ、人間死ぬときは死ぬからしょうがないでしょうに。ま、それも今じゃないでしょうけど……ね」
「は、はひぃぃ?」
トビオ────魔法少女フラクタルレンズが喚くのを見下ろしながら、アステルゲイザーはフラつく体を支えつつ、背中に熱を感じていた。傷つき、とうとう意識すら曖昧になっていた者が立ち上がろうとしている。それはいつか見た未来の景色。アステルゲイザーが好んで覗き見た夢の世界の英雄……六人の魔法少女と共に立つ、特別な魔法少女の『光』が放つ熱である。
「これを、このために、アタシは───」
呟きを彼方に消し去って、今、夜を払う暁の輝きが降臨する────!
「────外天覚醒」
『The Extend I.D!』
鮮烈な光の柱が立ち昇り、星々はそれに応えるかのように一際光輝く。その煌めきの中から、シルエットが浮かび上がった。肩出しの燕尾服調ジャケットの下にノースリーブのフリルブラウスを身に付け、ハイウエストのキュロットとニーソックス、ガーターベルトとクラシカルでボーイッシュな装いを新たにした魔法少女が、高いヒールのブーツを鳴らして舞い降りる。蝶ネクタイ、カフス、白のハーフグローブにコロネットのようなサイズのシルクハットをアクセサリーとし、モノトーンの中へ金の色彩を鏤めたその姿は、覚醒した魔法少女グリッターシャインである。
「グリッターシャイン=デイブレイカー!全開駆動!」
握った武器は懐中電灯から、白い金属製の棒へ蔦のような金の装飾が施された杖へと変化している。身の丈に近い長さのそれを頭上で一回転させると、グリッターシャインは杖の頭を暴食へ向け、力ある言葉を紡ぐ。
「光束・輝炎万霆!」
大気を揺らめかせる爆熱を放つ光の帯が杖を取り巻き、やがてそれは燃ゆる穂先として顕現する────。
「────鍛造・神鉄錬成!」
プラズマ。それも高温高密度のそれを用いた圧縮されたエネルギーの刃は、触れた物質を焼き消す威力を持つ。安定した状態のそれを武装としたグリッターシャインは、一足飛びに暴食へと接近、刃を振るった。暴食はこれを細かなステップで回避し、獲物を踏み潰さんとストンピングを繰り返す。大地を揺るがす太い柱のような踏みつけを避け、グリッターシャインは宙へ跳んだ。暴食はこれを叩き落とそうと後肢で跳ね、前肢を振り落とす。
「偏光!虹霓無尽!」
その瞬間、グリッターシャインの姿はもうその場に存在しなかった。光のラインが複雑な軌道で折れ曲がりながら動き続け、暴食が気配を感じて天を仰ぐと、残光が描く軌跡の終着点に彼女は居た。高く掲げた杖は強烈に発光しながら無数の光の線を生み出し、先ほど描いた軌跡の数倍はある幾何学的軌道のレーザーが暴食へと降り注ぐ。
「極照・白天万枝……!」
あまりの飽和攻撃に逃げ切れなかった暴食が、ついにその身へ攻撃を受けた。毛皮を焼き焦がされ、脇腹に線状の傷を負った怪物は大きく吠える。苛立ちや怒り、今まで一方的に相手をなぶり、自らが真の意味で命の危機へ晒されたことが無かった暴食は、怒りに満ちた目でグリッターシャインを睨む。グリッターシャインはそれを鼻で笑うと杖を振り上げた。
「散々好き勝手してきたろ?お前の番が来ただけさ!」
一撃、二撃、杖を振る度に三日月型の光波が飛び、暴食はそれを駆け回ることで躱していく。広いフィールドを動き回る四足の獣は、今や狩られる獲物のように逃げ惑うのみである。無敵の鎧を手に入れた代わりに多彩な武器を失くした獣は、攻めあぐねて苛立ちのままに吠え猛った。しかし、そうやって冷静さを失えば失う程に、暴食は追い詰められていく。なにせ、彼の中で最も優れた能力であった『思考能力』という武器を、自ら捨て去ることになるのだから────。
「忘れたのか?お前の敵は、俺だけじゃない……!」
天から降り立ったグリッターシャインが呟くが早いか、横合いから飛んできた魔法が足場を破壊し、暴食が体勢を崩す。それはダメージを堪えて魔法を放ったゴールドリップルとサンダークラップによる妨害である。更に、太い蔦植物が暴食の体を這いまわると同時に彼を拘束した。淡く桜色に発光するのは、グロウブルームの魔法である。単なる拘束は一過性の攻撃ではないため、鎧もこれの前では形無しなのだ。そうして稼がれる時間はほんの僅かでしかなくとも────グリッターシャインにとっては、その数秒で十分だった。
「十億光束……七天浄罪!!」
いつの間にか訪れていた夜明けの光を背負い、地平から顔を出す太陽よりなお眩しく、グリッターシャインが燦然と光輝く。烈光に目を灼かれながら、暴食は力を振り絞って拘束を引き千切り、跳んだ。数多の命を喰らった顎が、今一度かの魔法少女を呑み込まんと殺到し────
「神狼終極・光輝滅影────!!」
引き絞られた銃爪が、莫大な光の放出によって暴食を逆に呑み込んだ。影すら消し飛ぶ光の中で、天を貫くように放たれた必殺の魔法が彼方へ飛んでいく。暁の空を焦がし、真昼のように世界を染めた一撃が去った後、そこにはもう、無数の命を弄んだ怪物の姿は、無かった。
「あばよ宿敵……ご馳走さま、だ」
『全てを呑み込む光』。覚醒したグリッターシャインによって喰らわれた暴食は、彼女の糧となった。黒い上衣の裾をはためかせながら、朝風を浴びるグリッターシャインは空を見上げた。
星は消え、月が隠れ、しかし世界には光がある。安久津ヒジリの胸の中にも、ささやかな払暁が訪れていた。




