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六話//ヘブン6



 「だから何だってんだよ」


 強い口調での反駁は、己の中にある言い表しようの無い感覚を誤魔化す為のものであった。契望者の名は、ヒジリにとって単なる肩書きや力ではなく、何者にもなれなかった自分が、まるで善や正義の体現者であるかのように振る舞える、自身を肯定するための免罪符じみたものとして機能していたのだ。それが単なる人殺しの獣と変わりがないと突きつけられたことは、ヒジリにとって自分の立ち位置を揺るがす問題であった。力などは使い様であると突っぱねることも過りはしたが……内心の動揺がその理屈ではね除けられるかというと、そうでもない。そしてその動揺は必ず目の前の鏡映しような姿の化け物に見抜かれると、ヒジリは確信していた。それが分かるくらいには、彼と我(ふたり)は繋がっていると感覚的に理解していた。だから、口では強がろうと……二の句も次げずに黙りこくることになる。そんなヒジリを冷笑すると、暴食はじわりと距離を詰めるようにヒジリへ寄った。


 「俺とお前の関係は、単なる契望者と死駆罰孔よりも更に近い。魂の緒で繋がった双子のようなものとでも考えろ。お前が契望者に変換(・・)され人でなくなった時点で、俺たちは似たラベルでありながら性質の異なる、同一かつ両極端の存在になった」

「それでも、俺は人間だ!」

「俺もそうさ、片割れ。断じて俺は人間じゃない、ましてや契望者などではない!生まれた瞬間に一種族の興亡に運命を紐付けられ、『喰らう』という幻想によってこのような状態に陥った……それでも俺は死駆罰孔として、地球の支配者を気取る者たちの天敵として、己を誇ろう」

「誇りだって?寄生虫風情が」

「違うね、俺は頂点捕食者だ。この星で最も強い種族の、その中でも特別な存在なんだ。自己の確立すら危うい弱者に罵られる謂れは無い」

「…………こいつ!」


 己こそが特別であると傲慢にも嘯く存在を、ヒジリは睨みつけた。よりにもよって己の顔をした者が、どう足掻いても手に入れられないモノを振りかざしている────それがとにかく癪に障ったからだ。『自己肯定感』。長寿化しながら哲学する生命体として進化していく人間種族にとって、長い時を生きるのに必要なそれは、生まれや経験から自我を希薄にしてきたヒジリからすれば遠い場所に飾られている宝のようなものである。それをよりにもよって自分の似姿である怪物が持っている。有り体に言ってヒジリは暴食に対し強い嫉妬の念を懐いていた。これを感じ取り、暴食は更に冷笑の気を強めた。


 「弱い。意志が弱い、力が弱い、技能が無い、運すら無い。お前のような者に俺の一部が使われていることに吐き気がする」

「一部だって?」

「お前の契望者としての能力は俺の一部を奪い取ったからこそ、他者より秀でているのだ。それが無ければお前なぞ瓦礫に押し潰された有象無象と変わりない」

「…………」

「言い訳出来まい。お前が今まで手にした勝利は全て、知恵ではなく力によるものだったろ?」


 新たな魔法を編み出し、敵を打倒する。華々しい活躍に聞こえるが、これは単なる力押しにすぎない。いつだってそうやって勝ってきたヒジリだからこそ痛感していた己の戦い方の荒さを指摘され、彼女はいっそう沈黙を深くした。そんな彼女に手を伸ばせば届くところまで歩み寄って来ていた暴食は、その肩を掴んで耳元で囁いた。


 「力が本体で、お前はお飾りだ。お前の存在は力の付属物なんだ。分かったら俺に返せよ。それが出来たら、俺の中でお前の存在を許容してやってもいい」

「許容……」

「俺の中から、俺が十全の力を使って世界を滅ぼす様を見届けろ。業腹だが俺はお前だ、つまりお前が世界の命運を左右するところを特等席で見せてやると言ってるのさ」

「そんなの、何が嬉しいんだよ……」

「単純さ、スカッとする。お前を苛んだ社会とかいうハリボテをぶっ壊して嘲笑うのは、さぞかし気持ち良いだろうよ」

「……バカな」

「いいだろ、バカになれ。何もかも更地になった場所で地平線を眺めよう。誰も見たことのない景色を見せてやる、俺に身を委ねろ」


 ほとんど抱き締めるような格好で囁く暴食(あくま)に、ヒジリは懊悩する。善良な人間ならば即答で断るような提案────しかし、ヒジリにはこれを断る理由が無いのである。元々捨て鉢で残りの寿命を消費するような惰性の生を生きていた存在が、なんの因果が方向性と力を与えられたから、これを天命と受け取り張り切っていただけなのが安久津ヒジリである。理性を強める為にも働く負の感情がほぼ喰われていたのも相まって、彼女はかなり前のめりに契望者という身分を全うしてきた。だが、自分が正義を語る資格のない怪物の半身であり、肩書きが本体の屑であると理解してしまった以上、彼女にはこれからも契望者を名乗るだけの意思力が尽きてしまっていた。


 「理不尽を許さないのではなく、理不尽そのものになれ。傲岸不遜な他者に苛まれるだけの人生よりも、力で全ての傲慢をねじ伏せる究極の自我(エゴ)になれ。そのやり方を────見せてやるよ」

「俺、は……」


 俯き、口を開くヒジリ。痺れたように自由の効かない思考が、形はどうあれ決断を下そうとする────────その瞬間であった。


 「あ……桜の、花?」


 視界に、花弁が過った。それは燐光を放ちながら溶け消える。しかし、確かにそこにあったのだ。そして、消えた一片がもたらした残響が、毒言を流し込まれるヒジリの耳を貫いた。


 (────時間を稼ぐのよ)


 「アキラさん?」


 (────持続する治癒の魔法をかけたから、後は効き目が出るまで時間を稼ぐ。そうすれば、もしかしてがあるかもしれない)


 「まさか、」


 (了解でっす!)


 「やっぱり、ミューたん!」


 (出来ることもうほとんどナッスィン!でもでも、諦めるとかナシヨリのナシだし!)


 「クソッタレ、木っ端が俺の『毛皮』を貫けるわけねぇだろ!チッ、これは、肉体の回復が……!」


 夜が薄らぐ。月が淡く光り、スクリーンのように今起きている状況を映し出した。そこには鋏を振るうグロウブルームと見慣れないドレスの契望者がおり、その周囲には動けない者を背に立つレイジーフィーバーがいる。その後ろにはアステルゲイザーが何事かを口にし、これを聞いた契望者────変身したトビオ────が逐一魔法を飛ばして戦闘中の二人をサポートしているようであった。この近くではダメージを受けたらしい契望者が二人、戦況を見守りながら回復に努めており、意識を失っていない者は誰もが戦う意思を失っていないように見えた。


 「馬鹿馬鹿しい!俺の『暴食の毛皮(ネメアーコート)』は『喰らった』攻撃を『消化』する!一度ストックを削った攻撃は通用せん!学習能力の無い奴らめッ!!」


 目を怒らせ激する暴食をよそに、ヒジリは戦う彼女らを見上げた。


 (最大火力をぶつければ、もしかしてがあるかもしれない!そのためにも────)


(グリッターシャインを守って時間を稼ぐ!おけまるっ!)


 「信じているのか、俺を…………」


 呆然と口にした言葉が、纏まりのなかった思考を急速に束ねていく。彼女たちが流す血が、汗が、ヒジリを呼んでいる────。


 「行かなきゃ」


 口にした言葉は大きくはないが、力強く夜に響いた。弱っていたはずの獲物から聞こえたその希望(ことば)に、暴食は鬼相も(あらわ)に食いかかった。


 「お前が行ったところで!役立たずの弱者が増えるだけだ!」

「……それは、俺だけが行った場合の話じゃないか」

「なにっ!?」


 思わぬ言葉に聞き返す暴食へ、ヒジリは暗かった表情を微笑みに変えて言い放った。


 「散々自慢したじゃないか。お前、強いんだろ」

「ああ?……おい、まさか」

「そのまさかだ。お前の力をもっと引っ張ることが出来れば、俺は便宜上強くなれるってことだろ」

「クソが、他力本願の成長しない屑人間め!!」

「今はいいんだよ、今は。だって────」


 ヒジリは天を見上げ、己の外界に意識を向けた。


 「────待ってる人がいる。こんな俺でも、為した結果があって、それを元に俺を信じてくれる人がいるんだよ。なら、どんな手段でも下駄(くつ)を履いて外へ行くんだ」

「弱っちいままで俺を喰おうってのか、この暴食を!」

「ああ。だって俺はお前なんだろ?なら俺だってお前を喰えるはずだ」

「滅茶苦茶だ!」

「お前が言ったんじゃないか、バカになれ、理不尽になれって」

「クソ、そう簡単に────」


 後退ろうとする暴食の肩を掴み、ヒジリはその首へ噛みついた。怪物から血が流れ、ヒジリはそれを啜ってから暴食を手放した。それだけで十分だったからだ。苦々しげな暴食の姿は薄くなっていき、足の先から姿を消していっている。


 「お前は本体じゃない。俺の中の欠片だろ。契約機構を通じて濾過された死駆罰孔、つまり元々俺の力なんだ」

「ケッ、いつ気づいた」

「ついさっき。でも、無理矢理に俺を喰おうとしないことはずっと疑問だったんだ。力を誇り理不尽を謳うのにそれをしないのは何故なのか、って」

「あーやれやれ、だ。こうなりゃ最後に行っておくが」

「なんだ」


 暴食は、かつてそうだった者は、ニヤリと笑って姿を消した。


 「喰うってことは同化するってことだ。俺を喰ったあと、お前は果たしてお前のままでいられるかな」


 意味深な言葉を残して、暴食の欠片が消えていく。それをしばし見送ってから……安久津ヒジリは天を見上げた。夜の帳は巻き上げられ、紫から明けの橙へとグラデーションがかかる空に、全てを照らす光の象徴が姿を表す。ときに暖かく、ときに苛烈に、それは地上をあまねく照らし、正と負、両面に平等に力を振るう。しかし、これを────太陽を悪し様に言う者は少ない。単なる天体はそれその物の持つ力を評価されても、そこに意志が無いからだ。自分の持つ力もそうだと、ヒジリは思うことにした。そう受け取られるようにしようと、己を戒めたのである。


 「力の付属物だっていい。俺という意思がその力を善い方向へ向けるんだ、それだけで俺は俺を誇れる、自分を正しいと言えるようになる」


 やがて彼方へ夜が去り、強い光が地上を照らす。


 「俺が俺自信を肯定するために!弱さも迷いも、全てを呑み込む光になるんだ!!」


 そして、夜が明ける────────。


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