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六話//ヘブン5



 蛇体。羽根。棘。取り込んだ残機をすべて失って、裸になった暴食に魔法が直撃する。如何にしぶとく悪賢い化け物とはいえ、既に確定した運命を覆すような力は持つまい────皆がそう考えていたし、普通ならその考えは決して間違ってはいないはずだった(・・・・・)


 「なん……やて……!?」


 雷撃で棘を失い、次いで襲い来る水流に頭部を潰され暴食は死ぬはずだった。しかし、誰もが予想し得た未来は訪れず、暴食は突然鋭い動きで魔法を突っ切ったかと思うと、激烈な勢いの体当たりを魔法少女らに喰らわせた。体重の違いすぎる両者の激突は一方的に暴食へ軍配があがり、二の句も告げずに吹き飛ぶゴールドリップルとサンダークラップ。グロウブルームとレイジーフィーバーはそれぞれを抱えるように受け止めると地を蹴り、勢いを殺しながら敵から距離をとった。


 「今の、見たかしら」

「ばっちり!……直撃、だったのに」

「ええ、まるで効いてない」


 一体これはどういう絡繰なのかと、グロウブルームは首を捻る。先ほどまでは明確にダメージの入っていた魔法がまるで、弾かれたかのように効力を失っていた……ストックが尽きて命の数がイーブンになったはずの敵による理不尽な謎の押しつけに、彼女の眉が跳ね上がる。


 「ちょっと占い師、これも予想出来てた未来なの?」

「え~、カンニング早くない?まぁ予測出来てはいたけど」

「プンプン、どーして先に言ってくれないんですかぁ!」

「そりゃ、可能性はあくまで可能性だから。数パーセントしかない未来に分岐する可能性も無くはない以上、いい加減なことは言えないのヨ」

「可能性の分岐。つまり貴方、他に手段があるときは自分の魔法を信じられないのね」

「そうなんだよねぇ、さっき貴方たちを集め歩いたのも、それ以外に多くの契望者が生き残れる方法を思いつかなかったから。今のは吹き飛ばされた契望者たちが死ぬビジョンが存在しなかったのと、敵の攻撃を迎撃する未来が見れなかったから、止めなかった」

「不自由な視界(かせ)ね」

「だから困ってるんだよねぇ」


 肩を竦めるアステルゲイザーに、グロウブルームはため息を吐く。予言に従い勝利を得る、だなんて前時代的な真似は出来そうにないらしかった。


 「クソッあかん、ダメージが重いっ……」

「マッズいわ……可愛さが保てない……」

「助っ人もヤバそうね……私は魔力残量が不安かも、レイジーフィーバーは?」

「さっきの大技でスッカラカンですぅ……」

「あらら。占い師は?」

「リハビリもなしにバトルは無理かな。……アタシそもそも弱いし」

「それじゃあ覗き魔」

「覗き魔!?あっ、ああいや、戦闘とかそういうのはちょっと向いてないというかなんというか」

「OK、バッドね」


 大鋏を肩に担ぐと、グロウブルームは残った一人に声をかける。


 「貴方はどう?素敵なドレスのお嬢さん」

「あっあっ、だっ、大丈夫!!!!……です」

「大きいお返事アリガト、じゃあ……行きますか」


 ゆっくりと近づいてくる暴食を前に、鋏と鎌、庭仕事でもするかのような武器の魔法少女がそれぞれ身構える。摘み、刈られるのは果たしてどちらか────。





 一つ、また一つ、苦しみの他に壊れた肉体へと流れ込むモノがある。それははっきりとしない感覚ではあったが、いつかに失くしたモノであるとだけは、理解できた。何も持っていない人間だった安久津ヒジリから、確かに奪われ、喰われた(・・・・)モノ。それが存在しないからこそ、今まで異常常識の世界でやってこられたモノ。


 (死にたくない!死ぬのが怖い、苦しいのは嫌だ、どうして俺ばっかり、畜生、まともになりたい、普通でいい、欠点はいらない、美点が欲しい!)


 感情。確かに喰われて消えたはずの欠損が戻ってきたのは如何なる仕組みであったのか。蛇体が消え、羽根が消え、棘が消え、それらが幾重にも短期間に重なったのが関係しているのか、何れにせよ暴食が残機を失う毎に、ヒジリのなかでこれらの負の感情は現在の思考を無視して回帰していった。まるで、あの日の自分と今の自分、二人の自分が頭のなかで重なるような奇妙な状況に、ヒジリのキャパシティは限界を迎えようとしている。唐突に無敵と化した化け物を相手に仲間が戦う最中で、ヒジリの意識は感情の渦へ巻き込まれるかのようにブラックアウトしていくのであった。



 そして、目覚める。


 「あれ、痛みが無い……」


 まるで夢から覚めたかのように────傷一つない両手を見て、それから視線を上げたヒジリは、自分が懐かしい場所に居ることに気がついた。真昼の日差しが眩しい、窓際の席……。


 「学校……?それに、このお盆」


 目の前には使い古された金属製の四角い盆と、そこに乗ったプラスチック製の食器がある。先割れのスプーンが手前に並べられた食卓は、幼い頃の記憶に相違ない給食の風景である。ヒジリは食器の中身を見下ろしながら、記憶を辿るように呟く。


 「家の飯時が窮屈だったから……好きだったんだよな、給食。カレーだとかうどんだとか、そういうメニューが出た日は嬉しくって、おかわりもしたっけな。ああ、この牛乳パックも懐かしい……」


 ゆっくりと視線を動かしてメニューを確認していると、唐突に視界が切り替わった。金属製の棚と幾つかの書類、簡易的な折り畳み机とホワイトボード、ロッカー。


 「バイトしてたときのバックヤードだ。お互いに興味の無い連中が、黙々と昼ご飯を食べる時間……嫌いじゃなかった」


 手元にあるお茶の入ったペットボトルとコンビニで買ったサンドイッチを見ながら、ヒジリは更に記憶を辿る。


 ザッピング。


 「駅のホーム。コンビニの肉まんとミルクティー」


 ザッピング。


 「講堂。粒ラムネと炭酸飲料」


 ザッピング。


 「居酒屋。焼き鳥とハイボール」


 ザッピング。


 「夜の道路。酔った獲物……」


 ザッピング。


 「……山間部。蛇体の死駆罰孔」


 ザッピング。ザッピング。


 「羽根。棘」


 …………ザッピング。


 「廃病院。有象無象の……獲物たち…………」


 確かに喰らった。/これはなんだ?


 これはなんだ?/美味しく食べた。


 満たされない空腹。/知らない味。


 知らない味。/満たされた空腹。



 お前は誰だ?/お前は誰だ?


 嗚呼、いや。


 お前は俺だ。/お前は俺だ。


 「……っ!」


 気づけばそこに立っていた。満月が支配する夜のアスファルトは冷たく、車線を跨いだすぐ先には鏡映しの自分が居る。爛々と光る黄色の目は、まるで車のヘッドライトのようであった。


 「とんだ失態だ」


 口を開いたのは黄色の目をしたヒジリである。苦々しげな響きを隠そうともせずに口元を歪めている。


 「喰うってことは、命を同化するってことだ。相手を己の血肉にして、取り込む。それがそもそもの始まりなのさ」


 腹立たしげなヒジリに対し、もう一人のヒジリは黙って立っているばかりである。彼女はこの訳のわからない出来事に混乱しながら、耳から入ってくる情報を咀嚼しようと必死であった。そんな彼女を気にすることなく、黄瞳のヒジリは苛立たしげに吐き捨てる。


 「持っていかれた(・・・・・・・)。あの日、あのとき、ちょうどお前が死に、まさに俺がお前を喰っているときに、何の因果が謀ったように天秤機構(ホメオスタシス)がお前を釣り上げた」

「何を、言って────」

「何を?当事者意識に欠いているな、安久津ヒジリ」

「────────」

「盗んだものを返してくれと言ってるのが分からないか」


 大きく腕を広げ……ヒジリの姿をした怪物が、彼女を睨む。


 「これは本来あってはならないことだ。プラスの存在がマイナスを奪い、内包する。その矛盾が許容される。お前が最期に『死』を肯定し、歪な『幻想』を定義してしまったから」

「随分、勝手を言ってくれるよな」

「お前たち人間の言う勝手という理屈を俺に当て嵌めるな。俺は死駆罰孔。お前たちの残り滓から生まれ、お前たちを喰らう希死念慮(タナトス)の体現。俺の理不尽はお前たちがそう望んだからだ」

「……何だって」

「『死にたい』、そう口にしたことは?」

「……ある」

「では、心の底から思ったことは?」

「あ、る」

「そうだ。お前たちは生にしがみつく一方で『自分ではどうしようもない現象によって、無責任に死にたい』と願っている。諦めるほかない状況に追いやられ、喚きながらも理不尽に死ぬことで……『生きようとしたが死んでしまった』と、言い訳を用意して楽になりたいと願っている」

「……それで。それが?」

「無意識が望む『暴虐の死』は、天秤機構により具現した。あれは『望み』を叶えるだけの無色の機構。当然、負の感情であれ強き望みなら叶えてしまう」

「それは、つまり────」


 話を聞くだけでは知識が足りず、思考能力が特別優れているわけではないヒジリでは、怪物の口にする言葉を十全に理解することはできない。しかし、幾つかのピースを繋ぎ合わせれば、理解の及ぶ部分も存在した。例えば────天秤機構という言葉が指すモノのことだとか。


 「────天秤、いや、契約機構がお前たちを生み出した……つまり、契望者と死駆罰孔が同根だってのか?」

「ああ────」


 今気づいたのか、と。そういう顔をして、黄瞳のヒジリは……『暴食』は、呆れたように口を開く。


 「────そうとも。俺たちとお前たちは、コインの表と裏なのさ」





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