六話//ヘブン3
瓦礫の下に埋められているのは、何も無抵抗のまま死した哀れな犠牲者だけではない。咄嗟に身を守れた者のうち、事態の推移を観察していた者もおれば、嵐が過ぎ去るまで隠れていようとしていた者もいる。また、そのなかで一際強い感情を襲撃者へと向ける者もいた。『敵意』────それを察知したヘヴィクランクは、額に血を滲ませる暴食を指して笑う。
「お前、終わったなァ」
そして響き渡る破砕音。瓦礫の随所で土煙が立ち昇り、砕けた破片が飛び散ってまた、音をたてる。その数……三ヶ所。砂塵を貫く魔力光が、圧しかかるコンクリートを吹き飛ばして輝いている。新手の出現に暴食は低く唸り、されども臆病なこの化け物は逃げようとはしなかった。前脚で体を支え、蛇体の半身をくねらせている。そこに、一条の稲妻が飛んだ。
「激昂紫電……龍吼!!」
若草色の魔力光をそのままに、地面と平行に迸る雷撃が暴食の鬣を焦がす。しかし、仰け反るようにして間一髪難を逃れた怪物へと、更なる追撃が加わった。黄金色の魔力光が、水へ宿って迫り来る。それはさながら深い年月を経た美酒の如き輝きであり、闇夜にもよく目立つ怒濤の奔流であった。
「波奏絶叫・龍眼落涙……!」
生きているかのように自在にうねる水流が無理な体勢の暴食を打ち、横腹へ打撃を受けたことで更に体が傾いだ。後肢の存在しない今の肉体では踏ん張ることが出来ず、一時空へ逃れようと羽根持つ怪物が翼を広げた────その瞬間。
「────呪禍円環」
いつの間に忍び寄っていたのか……赤黒い魔力を纏う者が、異形の武器を両手に握り立っている。長柄に長大な刃を持つ、本来戦闘には用いないそれの名を大鎌という。半身を捻って振りかぶったこれを、無音の暗殺者は解き放った────!
「黄金廻忌────ッ!」
呪詛、怨恨がもたらす悲劇は往々にして『因果応報』がコンセプトに据えられる。例えそれが逆恨みであろうと────指輪に呪いを残したアルベリヒが如く、ラインの黄金は応報を威力に変える。即ち、敵手から受けた傷はどのような形であろうと威力に変換する、遅効性のカウンター……『復讐』の魔法が、瓦礫の山を生んだ怪物へ炸裂した。胴体を半ばから真っ二つにされ、暴食が千切れ飛ぶ。しかし、この怪物の卑劣なところはその程度の傷では死など程遠い性質を有している点である。切り離された蛇体が闇夜に溶けたかと思うと、次の瞬間には太い後肢が地を蹴り、大鎌の魔法少女へ牙が向けられる。しかし、この反撃は何処からか飛んでくる雷撃によって牽制され不発となった。地を蹴り空を舞う有翼の獅子を見上げながら、その場へ数名の狩人が集う。
「確かに殺したのに……嫌だ嫌だ、これだから腐った害虫は始末が悪い」
「ちょっとアンタ、このアタシがサポートなんて地味なことしてやったのにしくじるなんて!……ねぇちょっと、聞いてんの!?」
「ややわもう、お着物汚れてしもた。はよ帰りたいのにまだアレ、生きとるし……めんどいわぁ」
大鎌を持つゴシックドレスの契望者、肩掛けのマントにトーガ風の衣装を纏う契望者、浅葱色の和を取り込んだワンピースに扇子を持つ契望者。いずれも不意の崩落を生き残った強者である。それぞれが戦場に出征し、方向性は違うが戦意を滾らせている。その背をとっくりと眺めた後、ヘヴィクランクは得物を消してその場を去ろうと踵を反した。一仕事を終えたような顔つきの彼女に驚き、レイジーフィーバーは慌てて声をあげる。
「ちょっとぉ!?仲良しピースの誓いはどこにいったんですかぁ!?」
「ワリぃ、やっぱ多対一は興が乗らん」
「この社会不適合者!」
「契望者に社会もクソも無いのよ、アデュー」
フラフラ歩き去っていく放蕩者を呆然と見送ったレイジーフィーバーは、気を取り直して新たな戦力たちへと視線を送る。経緯は不明だが同じ敵と戦う者同士、この場限りなら協力も出来るはず────
「ほんッと信じらんない!アタシが!サポートなんて!こんなに可愛いアタシがよ!?だってのに決めきれないなんてバカじゃないの!?」
「ああ嫌だ、なんてうるさい女。やっぱり外界はダメ、部屋に帰りたい……」
「しょうもな、あんたらどっちも口だけの役立たずやわ。魔力ケチって二流の攻撃しか撃たんやつと、派手なだけの脳筋と……ウチとはつり合い取れとらん」
「ハァ!?誰がケチだって!?アタシは相手の実力を測ろうとしてたの!一発撃っておしまいの息切れ雑魚とは違うの!」
「ハ?誰が息切れやて?あんなん百発でも二百発でも撃てるけど?なんならあんた的にして分からせたろか?」
「うるさ……もうムリ…………お外コワイ……」
────ダメかも。レイジーフィーバーはそう思った。喧々諤々と争う二者と、耳を塞いでしゃがみこむ者が一人。協調性というものがどれだけ大切で、ヒジリとアキラがどれほどまともな人材であったのかを、彼女は今さらながら思い知らされていた。
光。それは可視化されたもののみにあらず、様々な形で人間の生命活動に寄り添う。あるいは、概念的なものの形容に使われ、精神活動へと関わることもあるだろう。基本的にプラスイメージを表すために使われることの多いこの言葉を、余人はどう捉えるのか。『希望』、『目標』、『救済』、『理想』、『偶像』、『将来』、それぞれの思いをこの単語へと託すことに違いない。安久津ヒジリもこのご多分に漏れず、光というものに強いプラスのイメージを持っていた。
(光。苦境における救済。救い。そして────)
苦しみの最中にある彼女の頭に過るのは、過日の残像。真綿で首を絞めるような先細りの日々へ終止符を打った優しい終わり……即ち『死』である。ヒジリはどうしようもない苦しみから解放されたことで、『死』という概念に対して『光』を結びつけ、プラスのイメージとして括ってしまっている。痛みによって歪みだした思考の中、彼女は光を求めていた。
(光……光、光。光れ、光って、光れよ)
しかし、その一方で────
(光。仲間?)
目に焼きついて離れないのは、彼女を救わんと絶望的な戦いに挑んだ仲間の背中である。あまり関わりが深くもない、少し共闘しただけの相手を助けようと戦った、特別力が強いわけでもない仲間の姿が、何故か光のイメージと結びつく。息を引き取る間際に見た、強烈な印象の光とは程遠いその燐光が、彼女の心に居座って新たに形をとろうとしている。それが何なのか分からないまま、安久津ヒジリはこう思った。
(────死にたく、ない)
生命としてごく当たり前の欲求。それがヒジリの中で芽生え始めている。惰性の生ではない渇望、それは明確な『望み』という名の光であった。
こうしてそれぞれの思惑が入り乱れるなか、戦場は第二幕へと突入する。生命のストックを減らし、全力を振るわんとする化け物の手によって────。




