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六話//ヘブン2



 増上慢というわけでもなく、油断をしていたわけでもない。ただ、『自分は上手くやれている』という意識は、確かに彼女の中にあった。何もかも上手く行かない時分と比べると、飛躍的に進歩を遂げた己の働きを誇るような気持ちもあっただろう。何せ、魔法少女グリッターシャインは傷らしい傷を負ったことが無かったのだから。


 「ぐ、ぎ」


 まず、腕を貫かれた。頭を庇うように差し出した左腕が使い物にならなくなる。


 「あがっ」


 次いで左脇。唸りをあげて肉を削る棘が去り、激しく血飛沫が撒かれる。


 「ッ、アア!!」


 更に、右の脛が砕かれた。強烈な衝撃にグンと体が傾ぎ、股関節に負荷が掛かる。


 そして────────


 「ガアアアアアアアアッ!!アアッギ、アアアア!?」


 ────────激烈な『痛み』が彼女を襲う。そもそも戦闘者ではなく一般人であったグリッターシャインの痛みに対する耐性なぞたかが知れている。視界が明滅し呼吸すら覚束なくなる苦痛のなか、魔法少女は失墜し地に転がった。風に巻かれた(ごみ)のように────グリッターシャインは数度跳ねると動かなくなった。否、動いてはいる。しかし、痛みによって泡を吹きながら痙攣することを『動く』と表現してよいのかは甚だ疑問であった。


 「やっ、たな。お前────!」


 上空から仲間の傷つく様を見ていたレイジーフィーバーが、気炎を上げて突貫する。しかし、激しく翻る翼を目隠しに放たれる棘が彼女を阻んだ。体に当たる物だけを叩き落として様子を窺うも、暴食は予てより知られている慎重なスタンスを崩さず、力の差で圧倒しているであろうレイジーフィーバーを警戒し続けていた。学習し、進化する怪物……実に厄介な敵を前に、レイジーフィーバーは額へ汗しながら空を駆る。その下で。


 「…………フゥッ、フゥ、ッ……ハ」


 痛みを堪え浅い息を繰り返しながら、グリッターシャインは生きている。頑強な契望者の肉体が彼女を生かしている。ショックによる気絶もなく、出血による死亡もない。しかしそれは、いつまでも痛みに付き合わされるというこの世の地獄を指している。四肢のうち半数が使い物にならなくなった状態で、落下の打ち身と脇の外傷を堪えながらの呼吸は拷問のような感覚を彼女に与えていた。


 (痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)


 頭の中が無意味な言語に埋め尽くされ、無事な右手が地面をガリガリと搔きながら握りしめられる。苦しみ悶えながら涙を流す視界の端には、憎たらしい化け物と仲間の戦う様子が映っているが、果たして今の彼女がそれを認識出来ているかは怪しかった。


 (死にたい死にたい死にたい死にたい楽になりたい痛い痛いしんどい辛い苦しいもう嫌だ)


 技量による受け流しにも強く魔力を用いねばならないレイジーフィーバーと、軽く攻撃を振っていればやがて相手が力尽きる暴食。結果の見えた戦いは芝居の殺陣のように美麗で、同時に決着の予想できる哀れな舞いでもあった。燃え盛る義侠心を支えに傷の増えた足を振るう魔法少女と、その努力を嘲笑う怪物。空を舞う両者がぶつかる度に、闇夜へ小さな火の粉が散る。それは友のため戦う女の命の輝きであった。


 (────────光)


 朧気な視界の片隅で、涙の幕を貫く光芒が瞬く。刺激に支配された脳へ光が差す。しかし、宙を舞う羽根も、空を駆ける魔法の靴も持たない地虫が光を手にすることは無い。グリッターシャインは、安久津ヒジリは無力であった。


 「足りない、魔力(ちから)が足りない!チクショウッ!!」


 戦場へ、嘆きの声がこだまする。足よ折れよとばかりに放たれる蹴撃も、砕けて構わぬと打たれる拳も、何一つ歯が立たない。レイジーフィーバーの胸に徐々に絶望が満ち、それが暴食の糧になる。好ましい食事を仕上げるように、人殺(じんさつ)の獣が食材をなぶる。サマーソルトのように縦一閃と振り下ろされた尾に、疲れで反応の遅れた戦巧者がついに叩き落とされた。


 「ぎゃうっ」


 短い悲鳴と共に地面へぶつかるレイジーフィーバー。その無防備な背中へ、死棘の散弾が放たれる────!


 「ちょっとちょっとオ、なーんか面白いことになってんじゃーん」


 ────しかし、豪風が吹き荒れた。長大異質超重量、戦場に飛び込んできたのは柄の伸びた巨大な鉄槌(ハンマー)である。棘の群れをまるで軽い(・・)挨拶のようにいなしながら、蓮っ葉な声が重い空気を吹き払った。


 「よござんす。死闘、望むところってなア」


 ヘヴィクランク、尾藤アマネが立っている。下駄の歯をアスファルトへ突き立てるような佇まいは、困難な戦いを喜ぶ戦士のそれである。彼女は戦場へグルリと視線を巡らせると、ハンマーの柄を縮めて担ぎ笑った。


 「愛しの宿敵ちゃんがさあ、リベンジしないまま死んじゃったら困るんよね。そーゆーわけで肩組もうぜ獲物(ライバル)ちゃんヨゥ」

「ハァッ、ハァ……手を、組む?」

「そーよシューちゃん、お手手つないで仲良く化け物退治といこうじゃない。人の飯のタネ滅茶苦茶にしてくれたヤツとも組めるのがアタシ、スケロクのアマネでござんす」

「う……自虐風おこですぅ?」

「どうかな?どう思う?」

「ヒェ、わかりました仲良しピース!」

「あいあい、仲良しピース!」


 チョキチョキとピースサインを動かしながら笑うヘヴィクランクは、次の瞬間、地を蹴り走り出していた。その後を追うように棘が放たれるも、独特の靴音を響かせながら走るヘヴィクランクは影すら踏ませず跳び上がった。その足には僅かに魔力光の軌跡が尾を引いている。


 「羽歩跳梁は地面でも使えんのよ!そんで────」


 ハンマーを逆手に持ち替え、ヘヴィクランクは牙を剥いた(わらった)


 「軽妙自在(ゼファースケール)……断頸鎌刃(ハルパー)ァ!」


 突如としてハンマーの平面部分(くち)から魔力刃が形成され、すれ違い様に引っかけるような形で暴食の首を狙う。天に向かって伸び上がる軌道のヘヴィクランクを平行移動で避けた暴食は、彼女の後を追って両足を噛み千切らんと飛ぶ。これを目端で捉えたヘヴィクランクはハンマーを大きく振り重心をずらすことで奇妙な動きの平行移動を完遂、空を横へ滑ることで鋭い牙をやり過ごした。見えない腕に引っこ抜かれるような回避に目を白黒させる暴食の鼻面を、もぐら叩きの一撃が襲う。


 「軽業妙技(ストームシフト)ォ!」


 多種多様な敵手と手練手管を競い、ぶつかり合う。天性の喧嘩好きが行き着いた魔法は生来の生き方から『軽くする』という素っ気のない物になった。一方でアマネのひねくれた言行嗜好は傾奇いた姿形や得物へと反映される。生き方の軽さ、執着の重さ、それらが生み出す魔法は実に明快な一撃を繰り出す。即ち────


 「変星光睨石破砕(アルゴルゴルゴーン)!!」


 ────『軽く』『重い』、砂礫を容易に砕くが如き巨大鉄槌の一撃!


 「GOAAAAAAAAHHHH!?」


 顔面を平たく潰されるようにして、暴食の獅子が地に墜ちる。己が嘲笑った者のように無様な落下を見せた怪物は、毛皮を瓦礫に擦りながらバウンドした。一方でトンボを切ったヘヴィクランクは高らかに下駄の歯を鳴らしながら着地し、戦意のままに歯を見せながら笑った。


 「獣相手じゃ腕比べって気分にもならん、全開で行くぜよ。それに……」


 微かに、物慣れた契望者の感覚へと訴える気配が瓦礫のあちこちから漂っている。これを感じ取りながら、ヘヴィクランクは得物を構えた。


 「横取りされちゃあ堪らんからねぃ」



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