五話//セブン13
一般家庭出身の、ごく普通の女の子。強いていえば、母親の趣味が演劇の鑑賞であったから、人より少し情緒豊かで、言葉遣いが丁寧だったのが、橘ミエリという少女であった。そんな彼女がある日出会ったのは、まるでお伽噺のお姫様のような女の子。光の中で花冠を編む長い髪の少女は、ミエリが自分を見つめているのに気がつくと、微笑みながらミエリを手招きした。おずおずと近づくミエリに、少女は花冠を被せて、また笑う。
「すごく似合う!なんだか、まるでお姫様みたいだね」
それが出会い。忘れることのない思い出。橘ミエリの現風景────。
『The Extend!I.D!』
「ハァ!?ふざけるなよッ!!」
手ずから殺した死に体の溝鼠が、都合よく新たな力に覚醒して蘇る。こんなにふざけたことはないと、ドラッグラックは混乱と怒りで顔を歪めながら槍を振った。しかし、渦巻く力の嵐は槍の一撃を通さず、彼女をよろめかせる。それすら怒りを煽る一因となり、ドラッグラックは足を広げて踏ん張りながら渦を睨んだ。視線の先にいつの間にか立ち上がっていた敵の姿を認め、ドラッグラックは槍を構えた。
「ミエリィィッ」
食いしばった歯の隙間から絞り出すような声に応えてか、嵐が解かれる。その中から現れたのは、白銀の魔法少女である。ベレー帽と軍服調のワンピースはそのままに、至るところに銀の装飾が散りばめられ、月白のように輝く白いサーコートを羽織ったその姿は、さながら特殊部隊の指揮官か。ムーンウェイブはコートの裾を払い、右手に持った鏡面仕上げの軍刀を斜めに構え、高らかに名乗りを挙げた。
「ムーンウェイブ=プラチナプロミス!全開駆動ッ!」
「吠えるなッ三下ァ!」
ドラッグラックは敵手に向け素早く斬撃を飛ばした。両者の間合いは狭い、黒い飛刃は瞬きの間に距離を詰め、ムーンウェイブに────
「超望輝月!月砂流海嘯!」
────届かない。振るった軍刀が発する力場に纏めて吸い寄せられたオーラが、余さず弾き飛ばされる。吸着、そして反発。特殊効果を持たない攻撃を絶対に許さない無敵の盾が、ムーンウェイブの魔法の正体である。ドラッグラックは不快感を顕にしながら、一歩踏み込んで直接刃を届かせんと迫った。応じるムーンウェイブが得物を振り上げると、激しい打ち合いが始まった。かと思えば、形勢は一瞬で一方的なものに変化している。
「こっ、のォッ、クソ……アマァ!!」
「────ハ、罵倒の語彙も尽きてきたかしら、葉芝!」
ムーンウェイブが覚醒を経て手に入れた『弾く力』即ち斥力。膂力による打ち合いにこれを乗せるだけで、ドラッグラックは必死にならなければ体ごと吹き飛ばされかねない様相を呈している。これを好機と見たムーンウェイブは畳み掛けるように刀を振った。袈裟の一撃、返す刀で胴に真一文字の横撃、振った刀の勢いに乗り、体を回転させながらの唐竹割り────!
「せぇやああああッ!!」
「ギッ、あ!?押し込まれるッ!?」
大上段の一撃を槍の柄で受けたが最後、失策を悟る間もなく得物を叩き落とされながら、ドラッグラックは深く肩を斬られ悶絶する。傾いだ体に構わず後ろへ跳ぶが、それに追随するようにムーンウェイブを地を蹴る。距離を離せないまま、再びドラッグラックへ銀の刃が迫った。
「舐めるなッ凶毒、不随意神経!」
一瞬先の死に対し、ドラッグラックの両手が不自然に跳ね上がるとこれを挟み込んで捻った。ドラッグラックは自身に対して魔法を行使し、これを操ったのだ。本人の運動能力に関わらず、入力した内容を完璧に実行させる操りの魔法。譫妄状態に陥らせる魔法と共に行使される、非常に凶悪な内容の魔技であった。魔法に抵抗しない対象は、意図も容易く操られ、ドラッグラックの思うがまま……覚醒により上昇したその性能は、白刃取りの絶技を可能とした。握る刃ごと捻られ、勢いのまま転がるムーンウェイブ。その後を追うように射出された黒いオーラを、彼女はそのまま転がって躱した。回転する勢いを利用し手で地面を叩き、体を弾き飛ばして立ち上がるムーンウェイブの前で、ドラッグラックは仁王立ちしながら荒い息を吐いた。
「魔法行使が小慣れている……お前、とっくに……!」
「そう。わたくしは既に覚醒していた。五分の勝負ならば卑怯なお前が逃げるだろうと予測して、あえて負け戦を演じ、手痛い一撃を受け────好機を呼び込んだ」
「何が好機か!受けた傷はそのまま、悪化する様子が無い以上魔法か何かで毒をどうにかしたようだけれど、それでも重傷でしょう!?」
「そう、だから────お前は諦められない。自分を良く知る反逆者が何か企んでいようと、それを葬る好機と危険を天秤に掛けてしまう。そういう人、ですものねえ」
「く、ググ、キ、ィアアアア!!わかったような口を利くな!ウザいんだよお前ェ!!」
「そこだけは、同感ですわッ!!」
互いを嫌悪し、睨み合う両者。ドラッグラックは相手の用意周到を知り慎重な姿勢を見せ、逆にムーンウェイブはというと、攻めっ気を隠しながらもすぐに飛びかかれるように足の踵を浮かせている。
(傷が深い)
軍刀を地面へ垂直に立て、武器を握る手とは逆の掌を柄尻に添えるような構えを取り、ムーンウェイブは浅く息を吐く。
(痛みで集中が乱れる、血を流したからか妙に体が動きにくい。毒は魔法で引き寄せ、体外に弾き飛ばしたけれど、その際に血液もかなり出ていってしまった。相手も傷を負っているけれど、悠長に消耗を待てば自滅は必至)
見てわかる待ちの姿勢に苛立ってか、落ち着き払った態度の方が癇に障ったのか、ドラッグラックは膝を使って溜めた力で地面を蹴り、槍を手元に出現させると荒々しい袈裟斬りを放った。ムーンウェイブは槍の側面を叩くようにそれを弾くが、ドラッグラックは攻撃を逸らされ流れた体をそのまま走り抜けさせると、上体だけを反転させるようにして魔法を仕掛てくる。
「凶毒・遊離幽体!」
薄桃色の霧のような物がスプレーじみて噴射され、ムーンウェイブは魔法を帯びた軍刀でそれを払いながら半歩下がった。凶毒・遊離幽体────命中した対象を譫妄状態にする、ドラッグラックの十八番である。食らえば抵抗のために魔力を割かれるだろうことを理解し、ムーンウェイブは回避ないし打ち消しを選択するだろうというドラッグラックの読みが通り、戦いにほんの少しの時間的空隙が発生する。無理な体勢での魔法行使によろめくことすら気に留めず、劇毒の魔女は槍を順手で上段に構え、刺突を放たんとしている。
相手も消耗を嫌ったか────ムーンウェイブはあからさまな大技の構えをそう解釈し、迎撃の姿勢を見せた。ドラッグラックの魔法はその特性上、避けようとすれば大仰に距離を取る必要がある。それをすれば万に一つの可能性ではあるが、逃亡を許すかも知れないのだ。よってムーンウェイブが取れる選択肢は迎撃以外にあり得ないのである。軍刀を顔の前に垂直に掲げ、儀礼のような形でムーンウェイブは魔法を展開する。光を反射する無数の結晶体が彼女の周囲で渦を巻き、軍刀は一際輝きを放つ。その対面で、ドラッグラックは赤黒い力の渦を槍に纏わせ、怒りや侮りの失せた顔つきでムーンウェイブを睨み据えた。契望者として覚醒した魔法少女同士の、最大最強の一撃が今、ぶつかる────────!
「────黒死癲死」
「月蝕────」
「末世嵐死跳梁撃────!!」
「────銀輪流渦無限廻……!!」
死病。人間が絶対的に死亡するそれを纏い、更に加速させる病毒を浸食させる嵐を這わせた絶死の槍が襲い来る。ほんの一滴、迎撃を免れた毒を浴びれば死に至る状況下でムーンウェイブが選択したのは防御……ではない。月蝕・銀輪流渦無限廻────自身を天体に見立て回転しながら引力による誘引を行い、相手の技を一切の減衰無く跳ね返す……巧遅逆撃!
「因果を受けろ、葉芝ヨシノッ!」
「馬鹿な、こんな未来……嗚呼ッッ!?」
生命に終末を与える為だけに生み出されたおぞましき業が、負債を精算するかのようにドラッグラックへ直撃する。断末魔すら掻き消すように────黒い暴風が吹き抜けた跡、そこに葉芝ヨシノの姿は無かった。馬鹿げた威力の魔法が使い手に牙を剥いた結果である。やがて魔法効果が消え去り、名残のような劇毒が消滅した後、ムーンウェイブは変身を解いた。戦いの余波で大荒れに荒れたエントランスに崩れ落ちた彼女は、仰向けに倒れ天を仰ぐ。
「まだ。まだ、ここは通過点……」
血の滲む傷口を抑えながら、ミエリはボロボロの体を無理に引き起こすのであった。




