五話//セブン9
手先の器用さは、柏原アキラにとって命綱にも等しい能力であった。ボールを投げる際にスピンさせ落ちる位置を調節する、カードをシャッフルする際に望む配置へ止めるため素早くカード同士を入れ替える、袖口に仕込んだ道具と手に持つ物をすり替える……ディーラーという職業はアキラにとって天職であり、同時に呪いでもあった。糊の効いたシャツにベストを着て、見栄えのために高価な装飾品を纏う────トタン屋根の襤褸小屋で蒸発した両親が買い与えた唯一の玩具を、知恵の輪を解き続けていた痩せこけた子どもはもういない。しかし、その心は荒んでいくばかりで、屋根に空いた穴から太陽を仰ぎながら、外に出る気力も無く知恵の輪を握り締めていた頃から何も変わってはいない。高利貸しに拾われ非合法組織の門を叩き、器用さを見込まれて闇カジノのディーラーを始めてから十年以上が経ち、アキラはすっかりと後ろ暗い人間の纏う荒んだ空気に馴染んだ、碌でなしになっていた。ただ────あの頃から、太陽を仰ぎ暫し黙する癖だけは、それこそ死んでも変わらなかった。ただ、それだけは────────。
「さ、よーく見て。こっちの手には髪飾り。こっちの手には?」
「服のボタン!」
「そう、さっき服から千切ったボタンが入ってます。今からこの二つを、お互いの位置へテレポーテーションさせます!」
「え~っ!?それって魔法じゃないの?」
「魔法じゃないよ、実はこの髪飾りは生きていて、凄く素早く動くの」
「それって、それってちょっとキショい!」
「……ま、まぁそういわずに。髪飾りが爆速で動くところ、ミントちゃんは見破れるかな~?」
数度手品を披露すれば、ナイトドリーマー……井苅ミントは驚くほど早くグロウブルームに懐いた。自分の本名を敵に教え、無防備に近づいて次の手品を待つ程度には気を許し、不意打ちを警戒すらしない。この無防備さもある種、子どもが持つ遺伝子レベルで刻まれた防衛本能の賜物なのか、こうも自然と懐いてくる者を攻撃はしづらいものだと、グロウブルームは表情に出しはしないが苦い気持ちになる。自分とて悪党に残った最後の良心に縋って生き延びた身の上である、愛嬌を武器にする相手に何を言えたものでもない────そう思いながら、グロウブルームは身の内に隠した『種』へ意識を向ける。
(新しい魔法……非殺傷かつ拘束力が高く、制圧力は必殺級……そんなものすぐに出来るわけがないから、威力や範囲を絞って他人の魔法を参考にしたわけだけど)
目の前でグロウブルームの左右の手を睨みながら何やら考えている様子のナイトドリーマーに、グロウブルームは黙考を続ける。
(改めてこの子の魔法の強さ、即効性を思い知るわね。眠らせるだけ、言ってしまえば本当にそれだけなんだけど、それが本当に強い。不可視の攻撃、射程すら読みきれない魔法)
「ねえ、貴方。ちょっと聞いていいかしら」
「何?ミント今忙しいんですけど!」
「まぁまぁ、ちょっとだけだから」
「フン、じゃあちょっとだけね」
興味が湧いたというのもあったが、自らの魔法の参考になるやも知れない、そういう打算が大いに働いたからこそ、グロウブルームはナイトドリーマーへ話かけた。ついと視線を上げ不満そうにグロウブルームを見る彼女に苦笑いを見せつつ、グロウブルームの手元は手中の物品を素早く親指で弾き入れ替えている。それに気づかず大仰な態度で質問を許す幼い少女に可愛らしさを覚えながら、グロウブルームはしゃがみ、目線を相手に合わせて問いかけた。
「貴方、どうしてこんな所でお仕事してるのかしら。普段はどこで何してるの?」
「んん?えっとね、えーと、ミントはね、えと、葉芝のおばさんに拾ってもらったの。お布団で寝たと思ったら変なとこに居て、しゃべる変な猫がいっぱい話しかけてきたと思ったら、病院に連れてこられたの。お父さんもお母さんも迎えに来てくれないからどうしよ~ってなってたら、葉芝のおばさんがお仕事するならここに居ていいよって言ったの」
「んー……(幼すぎて独力で生きてはいけないと技士が判断したのか。それでこの寄り合いに連れてこられて、何かしらの理由で目をつけられた。この子の強力な魔法を目にする機会があったのかしらね)そっか、教えてくれてありがとう」
「いいよ、お姉さん悪い人だけど面白いから好き!」
「あらいいの、悪い人を好きになって」
「いいもん、葉芝のおばさんも悪い人だもん。いろんな人が言ってるよ、やってることがゴーインだって」
「ゴーイン?強引、かな?例えば何がゴーインなのかって、その人たちは言ってたかしら」
「え?ちょっと待ってね思い出すから。……ええと、多分だけど、『ギシ?と無理やり引き剥がされた』とか、『ハンコーテキだと反省部屋に連れていかれてお勉強させられる』とか言ってた」
「そっかー、それは強引ねえ(どうりで!技士の姿を見かけないと思ったら、引き剥がして監禁してたのね。後者は例の洗脳だろうし、とすると葉芝がクロってのはミエリの言ってる通りだったってわけ)」
「この前もいっぱい居る猫、寝かしつけなさいって言われて寝かせたよ」
「あら……そうなの。他にも寝かせなさいって言われた『人』とか、いるんじゃない?」
ぼんやりと見えてきた組織の実態について考えていると、ナイトドリーマーはやや得意げに話を続けてきた。それは子どもが大人に褒められたことを反芻し、自慢する仕草そのもので、こんな子どもが悪意を以て利用されていることに物悲しい気分になりながらも、グロウブルームは微笑みを崩さず彼女へ問うた。するとナイトドリーマーは待ってましたといわんばかりに胸を張って、問いかけに答えを返した。
「そうだよ、ミントにしかできないからって言われてやってることあるの!ユウリちゃんって人を寝かせて、ずっと夢を見せる仕事!」
「ユウリ……!?」
ナイトドリーマーの口から出てきた名前に、グロウブルームは息を呑む。それは、ミエリが口にしていた予知能力者の名前である。つまりナイトドリーマーはユウリの居場所を知っており、またナイトドリーマーが居座っているこの施設にユウリが監禁されている可能性がぐんと高くなったことを彼女自身が白状したにも等しい発言に、グロウブルームの緊張感が増す。
「そっか、お仕事任せられてすごいねぇ。ところで、そのユウリちゃんはどこに居るのかな?せっかくだしご挨拶しとこうかしら」
「んふふ、ダメだよ!教えちゃダメって約束なの!誰かに教えたらご飯もお洋服も買って貰えなくなるの」
「そうなの?それは……残念だわ」
一足飛びに目的へ近づける────そう思ったグロウブルームであったが、事はそう易々と進まないようである。恐らく虐待じみた条件で黙秘を強要しているのは件の葉芝某だろうと当たりを付けつつ、グロウブルームは軽く手を振って幼い少女の注意を惹いた。奇術も大詰めが近いのだ。
「さあ、楽しくおしゃべりしてる間に、テレポーテーションが完了したわ!ミントちゃんは気づいたかな?」
「えっ、ウソ!?だって手と手の間に何か動いたりとかしなかったよ?絶対ウソ、ウソに決まってる!」
「どうかな~?それじゃあ、手を開けちゃうよ~!」
「わあっ、わっ、早く早く!」
がぶり寄りで手を覗き込もうとするナイトドリーマーに一抹の憐憫を感じながら────グロウブルームは手を開いた。一方の手には髪飾りが、そしてもう一方には……穢れ無い白い花弁の花が、幾つも顔を覗かせている。ナイトドリーマーは一瞬、花の美しさに気を取られ、次にそれがボタンではないことに気がついた。これでは手品が成立していないと、悪いお姉さんを問い詰めようとして────
「あれ……お昼寝したのに、ねむ…………ぃ」
「超開花……胡蝶迷走乱」
前のめりに倒れ変身を解いたナイトドリーマー、ミントを支えつつ、グロウブルームは彼女の頭をそっと撫でた。超開花・胡蝶迷走乱……あまりにも静かに展開されたその魔法は、一度食らった超眠気・落池睡蓮を治癒する過程を逆算して開発された、眠気を催す物質を精製するように品種改良し育てられた花の魔法である。種の生成にファジーな部分を割き、魔法の内容に関しては体内を経由して種へとナイトドリーマーの魔法構成を書き込んだ……毒から抗体を作り出し、それを薬へ昇華させるような経緯で生み出されたカウンター的な魔法である。回復という特性に別種の要素である『花』のモチーフを持つからこそ作り出せたその魔法は、暴力無く敵を制圧するという望みを見事に叶えて見せた。
「ごめんね……悪い大人で」
ミントの華奢な体を床に横たえ、騙し討ちを謝るように呟いてから、グロウブルームはレイジーフィーバーを揺り起こした。術者が眠り魔法が解けたらしく、レイジーフィーバーは大あくびをしながら起き、眠たげに目を擦ってからグロウブルームをようやく認識し、慌てて口に手を当てている。一連の動作があまりにコミカルだったので、グロウブルームは思わず笑ってしまうのであった。




