五話//セブン7
「秘紋暗流衝」
結ばれた呪文が魔法として顕現し、グリッターシャインの両手を蛍のように明滅させる。暗闇を貫くにはあまりに弱々しい光に、ヘヴィクランクは魔法の正体を非殺傷まで威力を貶めた打撃強化であると推測した。
(舐めてくれんじゃん?それってつまりこっちに打撃をぶち当てられると思ってるってことよな?素人の打撃をさァ)
頭上でハンマーを回転させ、そのまま高い位置で保ちながら、ヘヴィクランクがグリッターシャインへと接近する。打ち下ろし一択の構えを見て光の魔法少女が選択するは────待ち。腰を落とし、独特の構えを保ったまま、敵の目を見据えている。何を考えているのかは不明であったが、どっしりと構えたその気骨は買うべきかと、ヘヴィクランクはさらに笑みを深め、容赦なくハンマーを振り下ろした。瞬間、グリッターシャインは僅かに下がって圧撃を避け、瞬時に踏み込んできた。見切り────対人戦の素人が見せた成長に舌を巻きつつ、ヘヴィクランクは己の手の中にある重量級武器を、軽々と横薙ぎに振るった。これこそがヘヴィクランクの基本にして真髄……『軽くする魔法』というシンプルすぎる幻想を用いた騙しの手品である。要所にのみ発揮することでネタバレを避けた奇術に、かなりの数の契望者が敗れ去った。しかし。
「…………ふ、ッ!」
「おっとォ、弾いた!?」
素人なりの警戒か、あるいはビギナーズラックというものか────グリッターシャインは敵が戦巧者であることを理解し、何をされてもおかしくはないと警戒していた。だからこそ、軌道を不自然に変えた武器に対し受け流すような掬い上げの掌打を放つことが出来たし、続く二打目……体を回転させるように入れ替えての打撃を放つこともできた。されど敵もまた名手、この一撃に対して後ろへ跳ぶことで威力の減衰を図っていた。
(上手い!が、打撃だろ!?どうしたってしっかり打ち込めなきゃ威力が出ない、悪ィなヒジりん!)
光る打撃が腹に触れ、内臓を揺らされながらも致命を避けたヘヴィクランクは、両足で地面に轍を刻みながら後方へ吹き飛び、やがて動きを止めた。
「いってェ!けどいいねェ、面白くなってきやがった!けどけどまだまだ、まだ満足とは程遠い!」
「…………マジで、戦闘狂なんて現実で遭遇するもんじゃないな」
「そう言わずに!お客様!」
「誰がお客様だ!後さ、一個いいか?」
「あん?なに?」
「今のやつ、ただの打撃じゃないんだよね」
「なに、をぉオ……!?」
突然、ヘヴィクランクが崩れ落ちた。武器を放り出して腹を抑え踞る彼女に、グリッターシャインは戦意を挫くべく話を続ける。
「あんたは強いから、俺は勝つために必要な条件として『当てられる機会に行動不能になる一発を確実に当てる』ってのを設定した。今のがそれだ。魔法のタネが割れてない内に、とにかく当てれば勝てるヤツを叩き込んだ」
「へっ、へっ、ち、ちなみに、種明かしはしていただけるんで……?」
「あんたが負けを認めないならもう一発ぶち込むって前提で聞いてくれよ。『秘紋暗流衝』は光における波の性質を強く引き出した魔法だ。この魔法は着弾地点からインパクトの瞬間に生じた衝撃と同量の衝撃を『波のように繰り返す』。籠めた魔力が尽きるまでな」
「ハンマーを、弾いたのは……」
「きっかり一発分、ハンマーの威力プラス打撃の威力分、衝撃を発生させた。それほど力は籠めちゃいない」
「お……おいおい、近接じゃほぼ無敵か?」
「そうでもねェ、上から叩き潰される威力とか、斬撃とか、特殊な効果付きの攻撃には無力だし。ただ……あんた相手なら有効だろ」
「ギャハ、うっゴホ、お手上げだこりゃ」
今もなお続く痛みは、堪えられないほどではない。しかし、これを食らい続けるとなると……あまりにも面倒が勝つと、ヘヴィクランクは地面に転がり体から力を抜いた。さらにいうとヘヴィクランクには、今の攻撃に副次的に備わった衝撃無効能力を突破する術があまりにも少ない。そしてそれは彼女の望む戦いとは程遠いので、ヘヴィクランクは負けを受け入れることにした。
「あーはいはい負け負けお手上げ。何でも言うこと聞きマース、あ、パンツ見てもいいよ、いやん」
「黙って大人しくしててくれ、頼むわ」
「えー、今日マジで可愛いの履いてるぜ?」
「もう一発殴った方がいいか?」
「黙りマース」
魔法の効果が切れ打撃の波が消えてから、ヘヴィクランクは変身を解いた。それを見届けてから、グリッターシャインは口の減らないアマネに脅しをかけつつ、木の根元にある地下への入り口へ急いだ。重厚な鉄の扉を開き、地下へ下りる梯子に手をかけた所で、その背中にアマネの声が飛ぶ。
「地下にも幹部が一人居るから、気をつけなよー。ミンミン……井苅ミントは、まともに戦っちゃくれねーからなー」
「大丈夫、俺の仲間は俺より強いから」
「……そーかい」
すぐに姿を消したグリッターシャインを見送りながら、アマネは一人呟く。
「強い弱いの地平にいないヤツだって存在する。それを理解しなきゃなあ、ヒジりん」
時は少し戻る。
地下へ続く鉄の梯子を素早く降りたアキラとハクシュウは、黴臭い黄ばんだコンクリートの道を走っていた。地下施設は人気がなく、所々に破損や謎の染みが見られ、実に不気味な場所であった。切れかけの蛍光灯がチカチカと明滅するのを見ながら、アキラは周囲を見回しつつハクシュウへ声をかける。
「とりあえず、分岐があったら別行動にしましょう。手分けして目標の契望者を探して、敵に遭遇した場合は大声で叫ぶ。オーケー?」
「おけまる!」
巧遅より拙速と音をたてながら移動する二人は、やがて扉に行き当たった。アキラがそっと扉に近寄り耳を当て、物音がしないのを確認すると、そっとドアノブを回す。果たして鍵はかかっておらず、ギイギイと耳障りな音を発しながら、扉が開かれた。この先に────
「うん?こんばんは、お姉ちゃんたち」
────ぬいぐるみを抱いた一人の少女が立っていた。容貌は幼く、カーディガンを羽織った下にレモンイエローのパジャマを着こんだ姿はただの子供にしか見えない。しかしアキラは彼女の手に、契望者の端末が握られていることをすぐ気づいた。侵入者二人が臨戦態勢をとり、対する少女はというと、敵前で大きな欠伸をしたかと思えば、そのまま二人に背を向け歩いていってしまう。
「ちょ、ちょっとどういうこと!?戦う気がないの?」
「んー?んー……」
アキラが思わず声をかけると、少女はめんどくさそうに振り返り、暫し虚空を見つめた。あまりにもマイペースな様子に、アキラの毒気が抜けかける。その瞬間────
『Transformation!』
「酔生夢死、揺蕩うが如く」
────変身音が鳴り響いた。一拍遅れてアキラとハクシュウもM.T.Sをタップするも、やや先に謎の少女が早く変身を終える。ミントグリーンのナイトキャップを被り、ファー付きのビロードで出来たマントを羽織る姿は、小人じみたコミカルさを纏う。パステルブルーのパジャマの上衣とかぼちゃパンツを履いた姿は、とても戦闘に耐え得るとは思い難い服装であった。パタパタと毛足の長いスリッパを鳴らしながら、その魔法少女は変身を終えた。
「魔法少女ナイトドリーマー、駆動」




