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五話//セブン5



 あれから。

素早くその場を離れた一行は、今、病院内の四階に居た。『暴食』討伐作戦の決行は明日────それまでの仮の宿として、院内の元病室が解放されたのである。真っ白いシーツの敷かれたパイプベッドを見て契望者たちがどのような感想を抱いたのかはさておき、これは非常に都合が良いと、ヒジリたち一行は考えていた。


 「まあミエリの差し金なんだろうな……」


 夕食にと支給されたカップ麺を啜りつつ、ヒジリは部屋の中央に置かれたストーブの灯りを眺めた。橙色に光るそれは強い熱を放ちながら、三人には広すぎる病室を暖めている。


 「こき使われているということは、細かい点まで差配できるということだものね。不快だけど強かなやつ、そこは評価すべきか」


 アキラはカップ焼きそばを食べながら、ミエリをそう評した。(したた)か……全てを操る知恵者でなくとも、ただでは転ばない根性の持ち主であることは疑いようがなかった。少なくとも手を組んで成果の出ない相手ではないと、アキラは考えているようである。


 「う~ん、ミューたん的にわぁ、らぶの波動を感じたんですけどぉ?でもでも、親友ってゆってたしぃ」


 きつねうどんを汁まで飲み干し、ハクシュウは首を傾げている。独特の感性を持つ者として、何か感じるものがあったらしいが……そこは立ち入るべき領域ではないだろうと、ヒジリは思考を無理矢理閉じた。そのまま首を捻り、ベッド上の相棒へ目を向ける。


 「それで、カスパルお前大丈夫なのかよ」

「ニャー……ほっといてくれニャー……」

「いや、ずっと鞄の中で悪かったな……他の技士もダウンしてるし」


 そのまま視線を巡らせると、それぞれのベッド上でぐったりと横たわるヴェルク、ロプスの姿がある。狭い鞄の中で長時間飲まず食わずのまま緊張状態であったからか、少々体調を崩してしまったようであった。


 「ミャーたちはいったん引っ込むニャー……端末を近づけてくれミャ……」

「え?わかった、けどなんで端末……ってうわっ」


 カスパルの要望に答えヒジリが彼へ端末を近づけると、カスパルが発光した。そのまま彼は端末の画面に吸い込まれるようにしてその場から消え、端末内にデフォルメされた眠る猫のアニメーションが追加されている。ヒジリはそれに驚きはしたものの、最初に出会ったときのことを思い出してすぐに納得をした。


 「ああ、そういえばただのしゃべる猫じゃないんだった……」

「すっかり忘れてたわ!でもこれで、休んでる仲間を拐われる心配はなくなったわけね」

「じゃあじゃあ、予知夢ちゃん探しぃ、夜に始めちゃいますぅ?」

「だね、腹ごなしに、深夜の森へお散歩と洒落込もう」




 夜の森は、人ではなく魔の領域である。逢魔が刻という言葉があるように、人間は視界の利かない時間帯における不明存在をしばしば『魔』と称する。森においてそれは野犬であったり、猿であったり、蝙蝠(こうもり)であったり……闇の中でシルエットのみが誇張された動くモノは何であれ魔のラベルが貼られ、実態以上の力を持つ。その力の名は恐怖────。


 「いやまあ別に怖くねぇけど?夜の森とか別にちょっと暗くて変に音が大きく聞こえて何かヤバいモンが潜んでそうと思うくらいだしな」

「多弁ねえヒジリちゃん。ミューちゃんは大丈夫?」

「やぁん、怖いですぅ~」

「大丈夫ね、安心した」


 三人で身を寄せつつ端末のライトで道を照らしながらの道行きはさながら、ホラー映画のワンシーンじみていた。お約束に沿うならば、ここから一人ずつ姿を消していくのが鉄板であるが……ここにいるのは一般人ではなく契望者が三人である。余程の敵が現れない限りは問題なくやり過ごせる戦力である以上、目下の一大事はヒジリたちの手元の地図にある場所へたどり着けるかどうかであった。


 「旧時代の地下施設か……夏場の特番のネタじゃ良くあるやつだよな」

「ドラマ仕立てで再現Vみたいなの流すやつ?あれ、笑っていいのか怖がればいいのか半端で微妙な気持ちにならない?」

「低予算クオリティだとシュールな笑いがあって、けっこー好きかもですぅ」

「元ネタ知ってる場合、スタッフの改変が目について白けること多くね?たと────おっと、ここだ」


 ヒジリが唐突に立ち止まり、彼女たちは一斉に地図を覗き込んだ。油性ペンで雑に描かれた罰印をコピーしたと思しきザラザラとしたそのマークは、地下への扉が付近にあることを示していた。


 「つってもどこだよって話なんだけど」

「落ち葉まみれねー、ミエリによると定期的に利用しているそうだから、痕跡はありそうなものだけど……」

「真っ暗闇だと至難の技カモ」


「わかんねーか?なら教えてやろーか」


 不意に闇夜の向こうから飛来した声に、三人が端末を握り顔を上げた。ケラケラと笑うその少女は、夜露(よつゆ)を恐れぬスカジャン姿の軽装に下駄を履いた格好で現れ、ヒラヒラと端末を持つ手を振って見せた。


 「重要施設には用心棒がいるもんだ。あ、名乗ろうか?なんの因果か幹部の末席を汚してる、尾藤アマネってモンでござんすヨロシク」

「……ご丁寧にどうも」

「ああ!そっちは名乗らなくて結構。知ってるよん、暴食相手に引き分けた喧嘩上手……ヒジりん、アキラキ、それとオマケのシューちゃん」

「へぇ、不法侵入者相手に随分フレンドリーじゃん」

「やだぁ、シューちゃんも悪くなさげぇ」

「ミューちゃん貴方気にするところはそこなの……?」


 ヒジリはこちらを調べたと示すように名を上げるアマネを警戒し、ハクシュウはその場で悩ましげにクネクネと体を捻った。アキラはハクシュウの様子に呆れつつも、その視線はアマネの右手……その先に握られた、M.T.Sに指のかかった端末へと注がれている。アマネは警戒をされていることに対し、寧ろそのような反応を望んでいたとばかりに笑みを深め、ずいと前へ躍り出て左────ヒジリたちから見て左方向────にある太い幹の広葉樹を指差して、挑発するように小首を傾げた。


 「ドシンプルに行こう。あの木の根元に開き戸がある、探し人はその下。一応ここには用心棒がいるが……今からそいつ、殿(しんがり)に残った喧嘩上手(・・・・)と戦わなきゃならんのですワ!だから二人、侵入者を許してしまうってシナリオ」

「バトル漫画のマッチメイクかよ」

「いけないかい?」

「三人がかりって手もあるわね」

「そんときゃこっちも数を頼る。多勢に無勢は華がない」

決闘狂い(バトルジャンキー)が」

「ギャハ!そうなんだよねェ、止められないんだこれが」


 視線を巡らせこちらを品定めするアマネにうんざりした気持ちを抱えながら、ヒジリはアキラへ目配せする。喧嘩上手……つまるところ相手はヒジリかアキラをご所望なのだ。そして一瞬の迷いの後、ヒジリが一歩アマネに近づき、アキラとハクシュウは地下へと続く扉の方へと向かって行った。


 「ほー、残ったのはグリッターシャインか。いいのかい、隠密行動なのに派手な魔法の使い手が残って」

「そう言うけど、あんたが大人しくしてる保証も無いだろ」

「どうかな?もしかすると水面の上の白鳥じみて静謐なのかも知れないぜェ?」

「雰囲気で物言って悪いんだけどさ。あんた────パチ屋で半日潰してそうな感じあるよ」

「午後は居酒屋かァ?大・正・解・ッ!!」


 視線の交錯は一瞬、すぐに互いの構えた手に意識が飛ぶ。下段斜めに構えるヒジリ、顔の前に端末を立て、手首を抑えるように逆の手を添えるアマネ。

そして────


 『Transformation!』


 ────二重の呪文が、ついに闇夜を切り裂いた。




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