四話//彼を知り己を知る3
「多くの契望者はその望みの強さに、最大出力や魔力容量を左右されますわ」
メロンソーダを一口含むと、ミエリは視線をヒジリに向け、そのままスライドさせるようにアキラを見た。
「望みの弱さは存在の弱さ────弱い契望者というのは悲惨な存在ですのよ、なにか望みがあるにも拘わらず、意志薄弱で力も弱いから何も成せない。半端な力だけを与えられ、普通に生きる権利を取り上げられる……同情に値すると思いませんか」
「同情、ね。それで?払暁の征伐団は慈悲から彼女たちに支援をしてるって言いたいの?それを聞かせてどういう言葉を私たちから引き出したいのかしら」
「フフ……貴方が組織、ひいては黒い組織というものに警戒を抱いているのは承知しています」
「へぇ……それを聞いて貴方たちのこと、さらに信用出来なくなったかも」
「警戒、結構なことですわ。それが裏返ったとき、我々は貴方からの揺るぎない信頼を手にする。ああ、未来が待ち遠しい」
「痛い腹探っといて人に好かれると思わないでほしいんだけどね……!」
朗らかで快活、アキラからそのような印象しか受けていなかったヒジリは、苛立ちを露にするアキラの姿に驚きながら、その背中に手をおいた。腹の底が読めない相手の前で感情的になるのは、相手に場をコントロールする口実を与えかねないという判断である。
「アキラさん、一旦落ち着こう。相手が何かしら情報を得る手段があるのは分かりきったことじゃないか、それを使って神経を逆撫でしにきてるのも、きっと何か意図がある」
「……ああ、わかってるけど、どうにも落ち着かないのよ。こいつ……いえ、なんでもない」
「怒っているのですか?それとも、恐れている?契望者となる前の過去を知る者を」
「あんたも!話し合いに来たのなら人を煽るような真似はしないでくれっ」
「あら失礼、おしゃべりなのは生まれつきですの」
「ム……なら、口を噤まないまでも行儀よくすることは覚えたらどうだ」
「オミャーまで熱くなるなよ、ヴェルク」
「……わかっている」
ミエリを睨むアキラを気遣いながら、ヒジリは目の前の契望者の表情を観察する。余裕ありげなアルカイックスマイルは、変わらず感情を読ませてはくれないポーカーフェイスとして機能していた。一方でその手元は如何なる意図か、忙しなくメロンソーダをストローでかき回している。稚気かあるいは獲物を玩弄する愉悦の余韻か……いずれにせよ仮面の裏で考えを巡らせていることは確からしかった。
「それで、話を前に進めてくれよ」
「冷静ですわね、それともお仲間にそれほど興味がないのかしら?そもそも情動が薄いから、周囲に合わせて望ましいであろう対応を見せるタイプ?ねえどちら?」
「さあな、性格診断ならWebでやるから占い師の真似事は止してくれ」
「占い?いいえ。わたくしは統計や心理を知っているわけではありません。これは純然たる『予知夢』の啓示なのです」
「フムン。予知夢……それがお前の魔法かニャ」
「いいえ。ですが、我々払暁の征伐団はその強力無比な魔法を有しておりますの」
「魔法を使える契望者ではなく、魔法を有していると言ったニャ?こういう血の通っていない物言いをされると、こっちとしては黒い噂を信じたくなってしまうニャー」
「噂は所詮、噂ですわ。気になるなら確かめにいらして、皆様」
露骨に探りを入れるカスパルをいなすと、ミエリは二枚の書類を差し出した。書面には二枚とも同じ内容が記されており、『要討伐危険指定死駆罰孔:合同討伐作戦のご案内』と題されたそれは、暴食の討伐に広く契望者を募る旨が記載されていた。
「貴方たち以外にも広く参加者を募っておりますわ。例えば安久津さんのお知り合いの……美雨ハクシュウさんとか」
「誰だ!!」
「えっ?……あ、ああ、レイジーフィーバーですわ」
「マジかよそんな名前だったんかミューたんさん……ああいや、だからなんだってんだよ!あの人は別に友達でもなんでもないぞ」
「勘違いなさらないで、別に人質じみたことを考えているのではなく、この作戦は特定の誰かを嵌めようなどという謀策ではない純粋な討伐作戦であるということを示しているのです」
「そこでわざわざ知り合いの名前を出すのは、怪しんでくれって言ってるようなもんじゃないか」
「まさか、お知り合いがいるなら参加もしやすくなると考えたまでですわ。貴方の友達もやってるんだからさァ~というやつです」
「碌でもないOBが仕掛けてくる詐欺みてぇだニャ」
「フフ、別にフライパンや情報商材は売りませんわ。ちなみに、今回の作戦で暴食を討伐できた場合、MVP……とどめを刺した契望者には報酬の七割が支払われる手筈となっております」
「数の暴力に紛れて美味しいところを持っていければ、なんて欲を煽ってるんでしょ、馬鹿馬鹿しい」
「さぁ、どうでしょう?とにかく興味がお有りならいらして下さい、貴方たちなら────いつでも歓迎しておりますので」
いつの間にか空になったグラスを置いて、ミエリは長い髪を翻し去っていく。その後ろ姿を見送りながら、ヒジリは緊張を解すようにソファへ沈み込んだ。
「なんか面倒なことになってきたな。考えるのもダルいわ」
「ダルい面倒事こそ思考を止めてはならん案件だニャ。不参加にしろ投げるように決めてはいかニャい、どうにも相手はこちらのことを調べ、執着しているようだからニャ」
「そうそれ、戦力がほしいだけなら契約前の過去なんて調べないよな?」
「ム……然り。だからこそ引っ掛かるものがある」
ヴェルクはむっつりと黙り込むアキラの膝に手を置き、それからヒジリとカスパルに視線を送ってから口を開いた。
「ある種露悪的に振る舞いながら────次々と情報を開示したのは、いったいどういう意図があってのことなのか、ニャン」




