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四話//彼を知り己を知る2



 カフェの奥まった場所には、不思議と俗世間から隔離されたような雰囲気というものがある。雑音は聞こえど遠く、店内に響く人の話し声すら一枚透明な壁を隔てたような精神的距離をおいて届く。時間の流れが違うようにも感じる───ヒジリは頬杖をついてガラス窓の向こうに見える雑踏を眺めながら、コーヒーカップを傾ける。苦味の中に僅かに酸味があり、味わい深さの後に香りが鼻の奥へ抜けていく……インスタントでは味わえない深みのあるそれは、確かに値段相応の価値がある品であった。オリーブ色のミリタリージャケットを仮の寝床にして丸まるカスパルを脇に置き、ヒジリはカップを置いて端末を見る。現在時刻は正午を僅かに過ぎたあたり、待ち合わせの時間が迫っていた。


 「ふぁ……あ」

「あら、寝不足?そんなに今日が待ち遠しかったかしら」

「おっと!こんにちはアキラさん」

「や、どーも。こっちも話したいことがあったからすっ飛んで来ちゃった!」

「ム……よろしく」

「フムン、来たようだニャ。とりあえず飲み物でも頼むと良いニャ。ちなみに他のテーブルを見るに、ここのコーヒーは売れ筋みたいだミャン」

「私コーヒー無理!ミルクティーにするわ」

「子供舌……」

「うっさいわよモップ猫!」


 ヒジリが欠伸で出た涙を拭うと、そこには柏原アキラの姿があった。足元にはヴェルクの姿もあり、彼女はベージュのコートを脱ぐとメニューを開きながら店員を呼ぶベルを鳴らす。そそくさと近寄ってきた店員に注文を伝えると、彼女はヒジリに向け歯を見せるように微笑んだ。


 「その後どうかしら、ちゃんとやっていけてる?」

「おかげさまでなんとか。拠点も人間らしい内装に改造したよ」

「グッドね!こっちもあのときの報酬で植物を増やしたの、色とりどりで綺麗よ~」

「それはいいけど……またお金で困ったりしてない?大丈夫?」

「大丈夫、あれは気合いを入れてガーデニングし過ぎたからで、もう細々とした物を買い足す段階だからね」

「ム……下げられていた食事のグレードが、元に戻った。感謝する」

「アォン……お前も苦労してるのニャ」

「普段は!!そんなことないからね、誤解しないように。私、パートナーには優しい方よ」

「いやいや別に疑ってないから」


 会話をしながらカップを傾け、アイスブレイクにかこつけ近況を軽く報告し合う二人と二匹。その雑談も途切れた頃、ややあってから話を切り出したのはカスパルであった。


 「今日ここに来たということは、お前たちも知っていることと思うが。払暁の征伐団から呼び出しが来ているのをどう見るニャ?」

「ム……十中八九、二重の意図がある」

「ヴェルクが言ってたけど、私たち何だか危ない組織に目をつけられてるのよね?これって何を評価されてのことなのかしら」

「暴食を相手に生き残ったから……ってのは理由の一つだろうけど。なんか変な感じだよな」

「具体的にその変な感じを言葉にできるかニャ」

「えっ、うん。なんというか……良く知ってるなっていうか…………」

「耳が早すぎるって言いたいの?」

「あーそれ、近いかも。俺たちが暴食相手に生き残ったってのは、まあマジカリ通じて情報提供したんだから知られるのは分かるんだよ。でもそっから先がなんか違和感なんだよな」

「そこから勧誘に繋がる早さ……暴食を退ける強さと、勧誘を警戒して蹴ったりしないだろうという経験の浅さについて知るのが早いということかニャ」

「ムム。契望者歴の浅いヒジリと、二年を経て横の繋がりが薄いアキラ……戦力になる浮いた駒と、どうやって知った?」


 しばし沈黙がその場を包む。各々が黙考するなか、ヒジリは座席のソファに凭れて足を伸ばした。


 「あーわからん、逐一こっちを監視してるならともかく、離れた所からこっちのことを知れるなんてそれこそそういう魔法なんじゃね?人が多い組織なんだし、それこそ千里眼じみた魔法の持ち主だっているんじゃねーの」

「監視、魔法かニャ。可能性として十分あり得るけれど、それならばまたどうやってこちらに『目』を飛ばせるようになったのか、その経路が重要になってくるニャー」

「ねえヴェルク、名前だけ知ってる人間を突然監視できるようになる魔法というのは考え難いの?」

「ム……無いとは言えん。しかし、操作性、燃費、効力すべてが強すぎる(・・・・)。超常の検索能力といえるだろう」

「じゃあやっぱりどこかに起点があるのね。もしくは想像もつかないような魔法なのかしら」


「そうですね────例えば、予知なんていかが?」


 その場の視線が急激に一点へと集中する。その収束点……会話に割り込んできた声の主は、氷の粒を散りばめたように光る銀の髪を揺らしながら、薄く笑んで会釈をした。


 「お初お目にかかります。未来のお仲間さん」

「……あんたは?」

「おおよそ察しがついているのではないですか?ですが、まあ礼儀として名乗りましょうか。お二人ともはじめまして、わたくしは(たちばな)ミエリ。払暁の征伐団で幹部会の末席に名を連ねている者ですわ」


 口調こそ丁寧だが態度は慇懃そのものの女は、笑みを崩さないまま所属までも名乗ってみせた。払暁の征伐団所属、それも幹部となれば当然ながら、彼女もまた契望者なのだろうと想像がつく。ヒジリは素早く目配せをし、アキラもまたヒジリをチラと見てから視線をすぐにミエリへと戻す。


 「幹部自ら挨拶に来てくれたのは嬉しいけど、俺たちまだそちらに伺うかも決めてないんだよね」

「あら、でしたら翻意を促せるように、少しお話しさせていただいてもよろしいかしら」

「あんまり押しが強いとねえ、こっちとしては腰が引けちゃうかな」

「あら……結構繊細なんですのね。例の、暴食を退けたにしては奥ゆかしい方々だこと」


 ミエリはまったく退く様子もなく立ったまま二人を見下ろし、品定めするような視線を隠しもせずに注いでいる。彼女は技士を連れていないようであったが、組んだ腕の先には端末が握られているのが見える。ヒジリは己も端末を握り、アキラはというと会話の前からこっそりと自分の端末を握り込んでいるようであった。空気がヒリつきはじめ、一気に緊張を増したカフェ内部には、変わらずBGMとしてジャズミュージックが流れ続けている。


 「とりあえず、席を空けるわ。私がヒジリちゃんの隣に座るから、貴方はこっちにどうぞ」

「まあ、ありがとうごさいます。それでは失礼して……ああ、そろそろ頼んだドリンクが来るかしら、それを一杯飲み干すまで、お付き合いいただける?」

「あんたの話の内容によるんじゃない?」

「では、貴方たちの興味を惹けるように頑張りましょう」


 ミエリは笑みを深め、胸の前で手を合わせた。考えの読み取り難い仮面のような表情に、ヒジリたちの警戒が増す。そうして店員が飲み物を運んでくるあいだ、彼女らは無言で睨みあっていた。およそ十代の少女たちが緊迫した雰囲気を纏う現場に、店員は素早くドリンクを置いたかと思うと早足に見えぬよう計算された速度で足早に去っていく。それを流し目で見送ってから────ミエリは運ばれてきたメロンソーダに浮かぶアイスクリームを、ストローで軽くつついた。


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