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四話//彼を知り己を知る



 夕日が沈みかける頃、空は深い紫色を内包する闇夜の帳に覆われ、ぽつぽつと星明かりが見え始める。地には帰路を急ぐ学生や社会人が群れをなし、夕飯の為の買い物を済ませた人々もまた、その大きな流れへと加わっていく。廃れた商店街といえど例外ではなく、人の姿が多い夜の道を安久津ヒジリはエコバッグ片手に歩いていた。


 (炊事洗濯掃除その他諸々、やってみれば案外なんとかなるもんだな……)


 一人と一匹、気ままな暮らしにも慣れ始めた今日この頃、ヒジリは感慨深げに手元のエコバッグを見た。突発的に放り出された状況にも、人は存外適応力を見せるものなのだと、彼女は実感していた。魔法を使って化け物と戦うなどという丸っきりフィクションにしか思えない現実も、馴染んでしまえばただの生活に過ぎない。よって彼女の目下の悩みは、破天荒なものとは違う卑近な問題へと変化していた。


 (カスパル……)


 手元のエコバッグから覗く猫缶を見て、ふと思い出されたのはヒジリの同居人にして仕事上のパートナーである黒猫のことだ。なし崩し的にタッグを組んだ相手ではあるが、皮肉屋でも陰湿なところが無い彼のことを、ヒジリは存外気に入っていた。人との会話に飢えていたこともあってか、ヒジリはよくカスパルに雑談を振ることが多い。彼はヒジリがどのような話題を出しても乗っかってくるあたり話好きなようであったが、しかし、口数が多い割には自分のことを語ることが殆どないのである。ヒジリが彼のことで知っている事というと、精々がササミよりもマグロが好きだということと、やや効率主義のきらいがあるという点ぐらいであった。


 (別に、ある程度仲良く出来ればそれでいい間柄ではあるんだけど……気になるっちゃあ気になるんだよな)


 喋る猫、しかも厳密にいうと生物学上では猫に分類されない不思議生物の実態である。夕飯時に流れる動物番組程度には気になるのがヒジリの本音であった。





 「ただいま~、カスパル居るかー?」

「おかえりだニャ、風呂が沸いたところだけど入るかニャ?」

「マ?アザス、じゃあ風呂浴びてから飯にしよっか」

「そうしろそうしろ、ミャーもその間仕事を済ませるミャン」

「え、仕事?」

「ウム、お前にも関わることだから、夕食の席で話すニャ」

「わかった」


 四脚と肉球で器用に風呂を沸かしていたカスパルに感謝しつつ、ヒジリはテーブルにバッグを置き、着替えを出して風呂場へ向かった。洗面台と洗濯機、脱衣籠の並ぶ空間は、リビングよりもやや寒い。着替えを籠に置いたヒジリは、ふと顔を上げ洗面台の鏡を見た。一名のみの利用者に合わせ低い位置にあるそれには、外気に頬を紅潮させた少女の姿が映っている。


 「これが俺、なんだよなぁ」


 幾らか時が過ぎて慣れてきたとはいえ、朝の洗顔や端末の電源を落とした際に映るこの顔に、ヒジリは未だに驚いてしまうことがある。二十数年の歳月が作り上げたパーソナリティからはみ出た『自分』に、異物感を感じることがあるのだ。これもきっと慣れるさと、ヒジリはパーカーとスカートを脱ぎ洗濯ネットに放り込んだあと、素早くスポーツブラとボクサー型のショーツを脱いで洗濯機へと投げ入れた。最初は謎の犯罪臭に緊張を禁じえなかったこの一連の動作も、慣れによる緩和が働き問題なく行えるようになった。


 「そう、俺は今やプロの女児おじさん……」


 自分で口にした言葉の気持ち悪さに身震いをしつつ、ヒジリは体を温めるのであった。





 大仰な食事会でもない限り、男一人猫一匹の食事など早々に終わるものである。ましてやヒジリは契望者として一般人より遥かに強化された肉体を持つ存在であり、その咬筋力は成人男性よりも強い。おでんの牛すじを噛み切ることなど容易く、ハイボールによって加速したペースは疾風迅雷と形容されるべき速度であった。気分よく缶を傾けるヒジリに、カスパルはベロリと己の口周りを舐めてから白い目を向けている。


 「仕事に関わる話があるって言ったニャ、なのにオミャーときたら流れるように冷蔵庫前でカシュッ!」

「へへ、風呂上がりってほら、水分が欲しくなるんだよね」

「アルコール飲料を水分扱いはカスの物言いだニャ、反省しろ!」

「ああ、うん、まぁほら、えっと仕事の話って何?」

「下手な誤魔化しだニャア!ったく、じゃあ端末を出せ、説明するから」


 言われるがままテーブルに端末を置くヒジリ。カスパルはテーブルへ登ると、端末を器用に操作しマジカリを起動させる。


 「『暴食』……因縁の敵であるヤツの居場所が分かったニャ」

「……へぇ、それで?」

「ウム、因縁あるとはいえ、我々側にヤツを追い回してまで討伐する理由は薄い。だからこそわざわざ調べ回るようなこともしていなかったのだが」

「その居場所が分かった。誰かが教えてくれたのか?」

「その通り。契望者の中でも秩序立った動きをする集団……『払暁の征伐団(ドーンレイダーズ)』からタレコミがあったミャン」

「え、契望者の集団?」


 初耳の情報に、ヒジリは背もたれへ預けていた身を起こしカスパルを見る。カスパルはやや苦い顔で姿勢を崩し、後ろ足で耳を掻いた。


 「払暁の征伐団は、いわば契望者の互助会だニャ。初心者契望者の補助や戦えない契望者の支援なんかもしているが、その本質は強力な死駆罰孔を狩るための同盟といった方がいいニャ」

「ふーん、ってあれ……そんなのがあるなら、なんで最初にここを頼らなかったんだ?聞いてる限りじゃ良さげな組織に聞こえるけど」

「それは……」


 カスパルは言葉を切り、テーブル上に置かれた銀の深皿から水を舐め、それから口を開いた。


 「払暁の征伐団は慈善団体ってわけじゃないからニャ、頼るにはリスクがある。最悪の場合────」

「……最悪の場合?」

「────奨学金返済のために過剰労働を強要され体を壊す新社会人みたいになってたかもニャー」

「ああ、うん。よく分からんが嫌にリアルな質感が……」


 ぐったりと背もたれに体重を預け、ヒジリは大きく息を吐く。その前でカスパルは居心地が悪そうに数度身動ぎしてから、話を続ける。


 「とりあえず、話の本題は組織ではなくそこからもたらされた情報だニャ。払暁の征伐団は暴食を発見し、これの情報を得るために暴食との戦闘経験がある契望者に情報提供を望んでいるニャ」

「情報提供?俺とアキラさんに?」

「そうだニャ。そのために二つ隣の市までお前とグロウブルームを呼んでいる。ちなみに報酬あり交通費支給あり」

「おー、行ってもいいんじゃない?帰りになんか美味しいもんでも食べて帰ろうよ」

「おい、事はそう単純に捉えて良いものじゃないニャ」


 カスパルはヒジリに近づくと、見上げるように彼女の顔を見た。レイジーフィーバーとの一件から数度、単独での死駆罰孔討伐を経て、ヒジリはすっかり戦闘に慣れてしまっている(・・・・・・)ようであった。そのことにカスパルは小さな不安を抱いているが、勢いに乗る若手に水を差すようなことを口にしたくないとも考えていた。


 「人数が多く、個人よりも遥かに情報収集能力に優れ、戦力も多いのが組織だニャ。それが個人の情報提供を頼るというのは二通りのパターンが考えられる」

「うーん、自分たちが持ってる情報の裏付けがしたいとか?」

「それもあるだろうけどニャ、恐らく向こうはお前とグロウブルームを呼びつけ、戦力に加えたいと考えているニャ」

「待てよ、今お前が言ったんだぞ、組織は個人より戦力が多いって。それじゃあまるで────」

「────契望者が複数人でかかっても暴食に勝てないと言っているようなもの、かニャ?」

「そうじゃないのかよ」

「恐らく、だがニャ」


 口を噤んだカスパルに、ヒジリはいぶかしむような目を向けた。暴食がそこまで力を増していることは意外だったが、それならば討伐は早ければ早い方が良いはず。にも関わらずカスパルの口振りが重たいのは、払暁の征伐団に関わるデメリットが大きいと口にしているも同然である。ならそれをはっきりと口にしないのは何故なのか。ヒジリは腕を組むと、カスパルの狭い額をじっと見つめた。


 「……払暁の征伐団は、戦えない契望者の支援もしていると言ったよニャ」

「ああ、聞いた」

「戦闘に恐怖を覚える者、深い傷を負い戦えなくなった者、魔法が戦闘向きの応用に堪えられなかった者。そういう連中の面倒を見ている組織が、どこから資金を得ているのか…………構成員の上納金か、各員の中から金稼ぎに応用出来る魔法を見出だしたのか、それとも他に方法があるのか」

「カスパル、何が言いたいんだよ」

「ウム……払暁の征伐団は黒い噂があってニャ。慈善団体のような顔で構成員を集め、彼女らを何らかの方法で支配し、搾取しているとか」

「支配?各々魔法を使える連中を複数集めてか?」

「そうニャ。あそこに所属する者は契望者も技士も口を揃えてこう言う『払暁の征伐団にはその思想に共鳴して所属している』表現は違えど似たようなことを口にする者の多いこと」

「しゅ、宗教団体かなにか?」

「その手の組織の可能性もあるニャ。いずれにせよ怪しいもんだから、よっぽど食い詰めたヤツしかあの組織には関わらないのニャ」

「ええ……そんなとこに乗り込めっていうのかよ」

「その判断を、お前自身で決めて欲しいのニャ」


 思わず組んだ腕をほどいたヒジリ。カスパルはそんなヒジリを見つめ返すと、返答を待つように静かになった。黙り込む彼を前にヒジリはテーブルに肘をつくと、意味もなく空になった缶を手にとって眺めるでもなく視線を缶へと固定する。しかしその意識はカスパルから委ねられた判断に向いていた。


 (ヤバそうな組織から情報提供にかこつけた勧誘を受けている……ってのが今の状況か。普通なら断るのが正解なんだけど、今の機会を逃すと暴食の野郎が更に力を増してしまう可能性が大きい。つまりカスパルは、心情と利益を天秤に掛けろと言ってるんだ)


 ヒジリは缶を手放すと、天井を仰いだ。柔らかな色調の照明が、静かな空間を照らしている。


 (その上で、払暁の征伐団と関わる際のリスクを示している。如何なる手段か、洗脳的なことをやらかしてると疑いの濃い組織へ関わることは、暴食との戦闘とはまた違った危険がある……)


 ヒジリは視線をカスパルへ戻し、神妙な面持ちでこう言った。


 「無理。ぶっちゃけ判断つかない。アキラさんに相談する」




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