三話//落花流水3
流れる水、というものに対して、人は恐怖を抱き難いものである。単純な水量の多寡で印象は変わるだろうが、基本的に水とは身近なもので、かつ毎日利用する資源であるという認識がある以上、水に対して思うところなど無い人間が殆どであろう。しかし、二リットルの中身入りペットボトルが重いように、風呂を満たす水の中では動きが鈍くなるように、水とは透明感と裏腹にしっかりとした質量を伴う存在であることを忘れてはならない。流水とは速さと質量を併せ持つ、面制圧の質量攻撃に他ならないのだ。
「消防車の放水ってェ、人間を殺せる勢いがあんだよねェ!それがより大規模だったらもうスプラッシュイズデス的な?」
「ご挨拶で吹き飛ばされてぇ、あ~れ~って感じですぅ」
「高速で射出される水、自身の周囲を水で満たす……単純な水の召喚と操作かもニャ、怪魚の空想は」
「シンプル強くね?俺の魔法も多分、水の壁があると威力が減衰するよな」
「無理矢理貫通を狙うなら、相当な消耗が予想されるニャア」
樹上の太い枝に座り、契望者二人と技士二匹が目を凝らす。視線の先には、地上を水で満たし悠々と泳ぐ死駆罰孔、『怪魚』の姿があった。
「ヤバそうな相手だし、流石に協力してくれるよな?」
「う~ん、ロプたんどぉかな?」
「一択っしょ!オレらで地元最強チーム結成Yo!」
「わぁ、じゃあそゆことでヨロシクにゃん!」
「おいカスパル挨拶されてるぞ返事したらどうだ」
「棒読みやめろニャ。とりあえず一旦手を組んで、報酬は頭分けでどうだミャ?面倒無しでシンプルに」
「とりまOK!ネゴシは後で!ミューたんいつものやっちゃってェ!」
「再変身、だぞぉ~!」
『Transformation!』
ミューたんが耳に付けた真珠のイヤリングを指で弾くと軽快な電子音声が響き、紅色の魔法陣が彼女の足下へ展開される。それを見ながら、ヒジリ────グリッターシャインはカスパルへと顔を寄せた。
「変身状態でもう一回変身って意味あんの?」
「ダメージや消費した魔力は戻らニャいけど、衣服の状態はリセットされるニャ。水で濡れたのをどうにかしたいんじゃないかニャ」
「ははあ、なるほど」
「古色蒼然!廻りて彩れ!」
固有呪文と共に光に包まれたミューたんが、頭部から再出現する。ツインテールはシニョンに結われ、目尻に朱の入ったアイメイクと、真珠のイヤリングが煌めきを放つ。濡れそぼっていたファー付きの外套は風にはためき、旗袍のような上衣と白いショートパンツが現れると、次いで長く白い脚に金の蔦状をした装飾が巻きつき、薄絹のような踝までの靴下を纏う足に、金属部品の装着されたカンフーシューズが履かれる。再変身を経た彼女は枝の上に立ち上がり、腰に手を当てるともう片方の手で横ピースを作りポーズをキメた。
『Magical Girl Activation!』
「魔法少女レイジーフィーバー!駆動!」
「ヒューッ!メロすぎだぜェ!」
何故、虚空に向かってポーズをキメるのか。初変身は、自分もこうだったのか。グリッターシャインは首を捻り、カスパルは目を逸らした。そんな二人とは違い、発光と変身による魔力の反応につられでもしたのか、怪魚は突然泳ぐ方向を変え、彼女らの元へ近づいて来る。グリッターシャインはレイジーフィーバー同様に枝へ立ち、流石にポーズを止めた彼女へと視線を送った。
「足場が悪い以上、木の上を跳び回ることになりそうだけど……そっちは大丈夫なのか」
「問題ナイナイ!ミューたんこう見えて運動得意なのでっす!キャハッ!」
「アア、ヨカッタ」
グリッターシャインはローブのフードにカスパルを入れると、懐中電灯を握り枝を蹴った。近くの木へ飛び移った彼女が振り返ると、どうやら怪魚はレイジーフィーバーに狙いを定めているようである。魚影がどんどんと水面に近づくと、そこから水飛沫をあげてカラフルな水鉄砲が顔を覗かせ、唐突に激しい水流を樹上の獲物めがけ叩きつけた。技士ロプスを小脇に抱えたレイジーフィーバーはそれを跳躍して躱し、水流が木をへし折るのを眼下に収めながら、空中で膝を抱えるようにして己の靴に触れる。
「火炎疾歩」
紅色の魔力光が炎に変わり、靴の金属部品が次々と展開され、随所から炎が吹き出した。激しい勢いのそれに宙返りをうったレイジーフィーバーは、まるで空中に立つかのように直立し、浮いた。魔法による反則的な作用により気球が如く、彼女は空を飛ぶ力を有しているのだ。魔法少女レイジーフィーバーの本質は、『浮かされるような熱』。熱量を有するもののイメージとして炎が魔法の基礎として固定され、それに浮力が加えられたのが彼女の魔法であった。
「メラメラアチチでやっちゃうぞぉ」
「ホットだけどカッケェ!それがオレたち!」
怪魚は初撃を避けられると、今度は薙ぎ払うように体を振りながら水流を放つ。レイジーフィーバーは頭から落下するように浮力を切って下に落ち攻撃を回避すると、両足を水面に叩きつけるように振って再び上昇し、熱によって蒸発した水煙を纏いながら怪魚へ突撃した。自らに迫る獲物に向け今度は縦に打ちつける軌道で水流を放つ怪魚であったが、空飛ぶ魔法少女は姿勢を水平にすると、寝転がるように横転してあっさりとそれを躱す。そのまま弾丸のように接近したレイジーフィーバーの手が、火を灯して一気に燃え上がる!
「噴撃掌打!」
落下する火山岩にも似た、熱と衝撃を与える掌打────バレーボールのスパイクに似たフォームのそれに、怪魚の頭部が深く傾いだ。そこへ間髪入れず、光の弾丸が数発撃ち込まれる。
「光輝弾・三連……味方に当てないように……!」
「魔法の力は望みの力、理想の結果を強く望みながら撃つニャ」
「やってみる!」
再び放たれた三つの弾丸が怪魚を銃身を跳ね上げ、腹を見せたまま大きく仰け反った敵に、レイジーフィーバーが腰を落とした構えをとる。瞬間、彼女の足が激しく燃え上がり、炎の塊と化す────
「超熱狂────」
熱に押されて飛び上がった彼女が、新体操染みて大きく全身を回転させる。余すことなく養われた運動エネルギーは、片足を突き出すようにして高速で落下するレイジーフィーバーに装填され、一気に射出された────────!
「────紅焔落陽ッ!!」
魔法、着弾!接触によって解放された指向性を持つ熱エネルギーが、蹴撃のインパクト地点から針のように放出され、怪魚を焼き溶かす。プラスチック製のちゃちな玩具に似た姿が、その末路にも似た変形を遂げひん曲がる。悶えるように水中へ倒れ込む怪魚をよそに、レイジーフィーバーは優雅に空を舞って近場の木へと降り立った。そのまま両手でピースサインを作り、彼女はグリッターシャインへ勝利をアピールする。しかし、グリッターシャインは慌てた仕草で水面を指差し、大きな声で叫んだ。
「そいつまだ死んでない!目ぇ離すな!」
「えっ────────」
思い出されるのは先日の暴食戦、死んだように見えてその実、そうではなかった敵のことである。頭の片隅に死駆罰孔はしぶといものだという認識があったグリッターシャインだからこそ気づけた、敵の生存。それは、レイジーフィーバーの背後から迫り上がる、濁流の壁という形で証明された────。




