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三話//落花流水2



 某市、山間の林道にて。枯れた立ち木の並ぶ道はコンクリートで舗装が為され、落ち葉を踏む軽快な音が足元から鳴り続けるような、歩きやすい道である。やや傾斜のあるそこを歩くのは、軽装の少女と一匹の猫であった。パーカーの前ポケットに両手を入れ、周囲を見回しながら歩くのは安久津ヒジリ、契望者として初めて単独で調査に挑む魔法少女(元成人男性)である。高地の乾いた風の冷たさを白い頬に受け朱に染めつつ、亜麻色の髪を揺らしながら歩く様はさながら遠足か郊外学習か。しかし、幼い容姿に似合わない肩を竦めた歩き方は、コートの襟を立て世間の風に抗う無宿者じみて侘しい姿であった。


 (こいつ、つい先日に死ぬような目に合ったにも関わらず、酷く落ち着いてるニャ)


 技士カスパルは低い位置からその横顔を仰ぎ見て、視線の動きや表情を観察していた。


 (死んで、生まれ変わって、危険な目に遭って……殆どの契望者はハイ(・・)になるかロー(・・)になるかの二極、もしくは現実を知って懊悩(おうのう)しながら生存のための計画を練ろうとするもの。だというのにこいつは、慣れたような顔でまた戦いに赴いている)


 調査に出掛ける前の様子から見るに、ヒジリは死駆罰孔と戦うことへ使命じみたモチベーションを抱いている様子であった。それ自体は契望者にありがちな傾向なのだが、カスパルにはどうにもその方向性が他とは違っているように見えていた。


 (死ぬ、『死』というワードについて、一度戦闘を経た契望者は鋭敏に、あるいは真摯になる。それに関してはこいつも同じように見えたが、どうにも死ぬこと事態に対する感性が他と違っているようにも思えた。それは……場合によっては危険かもしれないニャ)


 契望者は死に際の感情の発露が強烈であった者が選ばれる。それは即ち『死に抵抗する意思が強力な者』であることを指す。ただ、中には例外も居り、復活した瞬間命を絶った者も過去に存在したと、カスパルは情報として知っていた。それ故彼ら技士は契望者個々人とマンツーマンで対話し、サポートをしながら彼らを戦力として()かそうとする。危険な戦場にも共に赴くのはそういう理由もあってのことであった。


 「ニャア、ヒジリ」

「ん、何?」


 言葉少なに返事をするヒジリと目を合わせながら、カスパルはごく自然に問うた。


 「お前、これから一人で戦うかも知れないのに何でそんな呑気に歩いてるのニャ」

「呑気ぃ?失礼な、こうして周囲警戒を続けてるし、いざとなったらすぐ変身出来るように端末握り締めてるんだぞ」

「フゥン、そりゃ失礼。何にせよ前の戦いがトラウマになってないようで結構、結構」

「あれは一応勝ち判定だってアキラさんとも決めただろ!それに、あれは全く歯が立たなかったわけじゃなく、手数に翻弄されてただけだしぃ、次は上手くやるしぃ」

「ひねたガキみたいな口調を止めろニャ。まぁ、言ってることは正しいけどニャ。そもそも火力面においてお前は相当な物だニャ、射程、威力、発展性、申し分ニャイ魔法だニャア」

「発展性ねえ。……光の魔法ってさ、そもそも人間に扱いきれるもんなの?」

「ぶっちゃけ速度に関してはお前の目が追いつかん以上、前の戦いのように『光速にしてはノンビリした弾』みたいな、ダウンスケールした魔法しか使えんだろうニャ」

「やっぱそうか、だってマジに光そのものだったら、爆速で極太のレーザー撃つとかいう反則技になる筈だもんな」

「それが出来たらお前がナンバーワンだニャ」

「ハハ、スーパー契望者人じゃん」


 緩い会話をしながら、カスパルは探りを入れる。戦いについてのスタンスはフラット、魔法についても興奮した様子すらなく受け入れている、精神状態はややリラックス傾向……実に正常で、それがやや異常であった。


 (己の魔法を受け入れるということは、トラウマを呑み込む、あるいは望みを叶えるというような超克状態をいう。こいつの魔法がやけに強力なのはそういった『覚醒』を経たからなのか?しかし、それにしては自分の魔法を掌握出来ている様子も無い。外天覚醒(イド・エクステンド)深王覚醒(エゴ・エクステンド)のような至った(・・・)者特有の契約更新(リィンカーネーション)もなかった。まさか、心壊(ネガ)────)


 「おっ、水見えてきた。そろそろダムじゃね?」

「ムッ……そうだニャ」

「何それヴェルクのマネか?」

「ふざけてないで気合い入れるニャ、場合によっては即戦闘、不意打ち警戒!」

「わかってる、じゃあ……結界よろしく」

「アォン」


 カスパルは一声泣くと、淡い光を全方位に放つ。少し間をおいて、彼がヒジリの方を見て言外(ごんがい)に仕事を終えたことを伝えると、ヒジリは端末を握る手をポケットから出し、深く息を吸った。


 「よし、行くぞ────」

「Hey Yo!ちょい待ちィ!」

「スト~ップ!でぇ~す!」

「────お?」

「……やれやれ、こうも早くブッキングが発生するとはニャ」


 M.T.Sをタップしようとした指を止め、ヒジリは突然聞こえてきた声の方へと振り返る。するとそこには、橙色の毛をした猫と、ピンクを基調としたリボンだらけの服を着たジャンパースカートの女が立っていた。静止を促す声が二人分聞こえてきたことを鑑みるに同業者かと、ヒジリは端末を握ったまま両名に話しかけることにし、声を上げた。


 「あーっと、コンチハ!たぶん同業者だと思うんだけど、調査なら一緒にどうかな?」

「ふっふっふ、それは聞けないご相談!なのです!」

「えっ、なんで?」


 大きく腕を振る大仰な仕草で罰印を作る女は、長いツインテールを揺らしながら、涙袋を強調したメイクの目立つたれ目をヒジリに向ける。それと同時に彼女の足元から、軽い響きの声がヒジリへ飛ぶ。


 「オレちゃんとミューたん、いま金欠なんだよねェ!ロプス様的にはオレらニコイチでギャラを総取りしたいってワケ、ニャンダスタン?」

「や~ん恥ずかしぃ、でもでも、お金が無いのはマジそれな?だからぁ、ミューたんとロプたんにお仕事譲って欲しぃなぁって、思うのでっす!」

「そ、そう……」

「おいヒジリ、怯むニャア!!」


 猫なで声でしな(・・)を作る女の姿に気圧され、ヒジリは上体をやや後ろに反らしながら目線をずらした。これまでのヒジリの人生とは関わりがなく、これからも関わりが無さそうなタイプの人間に、ヒジリは完全に呑まれている。そんな彼女をカスパルは目を怒らせながら鼓舞するが、如何せん効き目が薄いようであった。


 「おっとォ、オネダリ光線(ビィム)が効いてる効いてるゥ!ミューたん、畳み掛けるぜェ!」

「はぁ~い!ネネ、もしもぉ、ここのお仕事譲ってくれたらぁ……」

「……譲ったら、なんなんです」

「ツーショのチェキ、撮ったげゆ!きゃるるん!」

「フゥー!サービスが過ぎるぜェ!!」

「ヴッ!あっぐ、え、遠慮しとく……カスパル行こうぜ(にげよう)!」

「チッ、呑まれやがって。しゃーねー撤退だニャ!」


 自分で効果音を口にしながらのウインクと小顔ポーズに、ヒジリの困惑が閾値を越えてオーバーフローする。未知の生命体と思しき対象、仮称ミューたんに追い払われるようにヒジリは(きびす)を反し、カスパルを伴って足早に逃げ去った。なお逃走中に一度振り替えると、ミューたんは横ピースをキメながらヒジリが去るのを見送っていた。微動だにせずポーズをキメ続けるその姿に、ヒジリは恐れるように足を縺れさせながら林道を小走りに駆けるのであった。




 「おいっ、何を逃げる必要があるニャア!相手は初手から仕掛けてこないような穏便な部類だったミャ、譲らず交渉する余地だってあったろうに」

「いやだって、常にダンスしてるみたいな動きで迫ってきて恐かったし……世界観が違う的な……」

「見た目に騙されるんじゃニャい!いいかヒジリ、契望者同士が同じ現場でばったり遭遇するのを俗に『ブッキング』というのだがニャ、これは慣れた者ほど手早く(・・・)解決を図ろうとするもんだニャ」

「それって、手を出してくるってことか?」

「ウム、強く長く生き残っている者ほど、契望者の世界は力が物を言う世界だと知っているミャン。つまり逆に考えると、さっきの相手はお前と同じ素人か、あるいは自分の戦闘能力に自信が無い部類の相手だと推測できるニャ」

「じゃあ、強気に交渉……というか、追い払うべきだったっていうのか?」

「場合によってはニャ」

「それは、ちょっとどうかと思う。というか嫌だ、横暴に振る舞うのは嫌いだ」

「それでお前が飢えても?ミャーが飢えてもか?」

「それ、は……」

「今は意地の悪い言い方をしたけどニャ、実際問題お金を稼ぐことは大事だろう。善も悪もまず生きてこそ考える余地のある問題だニャ、足場の確かでないお前は、今はがむしゃらになるべきじゃニャーか?」

「うん……」


 眉根を寄せて黙り込むヒジリに、カスパルは一旦、口を閉じて様子を窺う。


 (やはり、やや幼いというか。社会経験が浅い分、何でも真に受けてしまう傾向があるニャア。相手の振る舞いや押しの強さに負けてしまうのも、やや潔癖で自と他の価値観を分離して物を考えられないのも、経験不足と自己肯定感の薄さが問題かニャー。ミャーの言葉も、確固たる信念があるなら真っ向から否定すれば良いものを、一旦受け取ってしまっている。素直だが、社会で個人の良さが活きにくいタイプかニャ)


 気苦労で潰れる人種ではないかと、カスパルはヒジリを分析する。そもそもが暴食(グラトニー)、つまり死駆罰孔に目をつけられるようなタイプなのだ、自我が希薄で、判断基準を分かりやすい普遍的な価値観に委ねてしまっている傾向があるだろうと当たりをつけていた彼ではあったが、これは暫く共に苦労をしてやらねばならないか、と覚悟を決めたところで────カスパルは、今しがた立ち退いた場所から地響きのような音が近づいてくるのを鋭敏な耳で察知した。


 「ヒジリ、何か来る!」

「えっ、わ、分かった!」


 一瞬戸惑いながらもヒジリは端末を取り出して構え、カスパルはその後ろに控えて事の推移を見守らんとする。やがて地響きは物理的な振動を伴ってヒジリの耳にも届き、それは視覚的な衝撃と共に二人の前へと押し寄せて(・・・・・)きた。


 「なっ、津波!?」

「やっぱり居たか、死駆罰孔!ニャ!」


 濁りを含んだ激流が、視界を埋めんとする面積でヒジリに迫り来る。咄嗟に変身した彼女はカスパルを抱えて跳躍し、近場の木に飛び移った。枝に足をかけた体が、強烈な波に傾ぐ木に倣って斜めに揺れる。その足下を、太く長い影が通り過ぎた。


 「魚影……!?カスパル!」

「ンナーゴ!間違いなく死駆罰孔、仮称は『怪魚(かいぎょ)』とする!」

「くっ、さっきの二人は……?」


 如何なる手段か、ヒジリを縦に三人並べてなお足りない魚影が泳ぐ程の水位が周囲を満たし、木々は殆どが水没してしまった林道のなか、ヒジリは目を凝らしてもう一組の契望者を探した。すると彼女から少し遠間の木に引っ掛かるように掴まる女と、その頭にしがみつく猫の姿が目に入る。


「大自然のウォータースライダー!シーズンじゃねぇぜ!」

「やだぁ、魔法少女のお衣装濡れちゃうぅ……」

「フゥーッ!命あっての物種ェ!」


 どうやら放っておいても良さそうであった。


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