三話//落花流水
某市、ゲームセンター跡にて。伽藍堂の箱物の中で、胡座をかいて端末を覗き込む一人の少女と一匹の猫が居る。
「諸々の収入を総合して残金は五十三万三千ポイント也。家具とインフラの整備でどんだけ掛かるかだよな……」
「契望者が初動で潰れちゃ困るから、インフラ周りは安くなってるニャ。少なくとも毎月維持費を払う必要がないのは大きい筈だミャン」
「それヤバすぎよな。てか税金も払わなくていいんだから、単純に食費だけ気にしてりゃいいってのは助かるわ」
「その代わり人権無いけどニャ」
「ヒデェ話だよったくよォ!」
マジカリの商品一覧をスクロールしながら、ヒジリはカスパルと相談して必要な物品やサービスを購入していく。暴食との戦闘から一夜が明け、契望者ヒジリの新生活が始まろうとしていた。
「電気、水道はマスト、ガスは凝った料理しないし冷暖房が電気でいけるから無し、冷蔵庫は買い、エアコンも買い、レンジ買い、ベッド買い、床と壁紙はどうすっかな」
「殺風景過ぎると心が荒むニャ。アキラが内装に凝ってたように、命懸けの仕事には癒しがあった方が良くニャイか?」
「フーム、まぁ剥き出しのコンクリだと寒々しいしな。壁は安い白の無地、床は普通のフローリングで」
「つまんないヤツだニャ」
「気を衒いすぎると後々後悔するんだよ、こういうのは。で、お前のベッドとかはどれがいいわけ?」
「これでいいニャ、シンプルで機能も十分」
「大概なセンスじゃねぇか」
あれこれ意見を交わしながらネットショッピングを楽しむ二人は一通りの商品をカートへ入れると、迷うことなく購入ボタンをタップする。すると同時に部屋全体が眩く輝き、堪らず目を瞑った次の瞬間には、内装を含め全てのリフォームが完了していたのであった。およそ人の住む場所ではなかった空間は、一人住みには広すぎる程の平屋として生まれ変わったのである。
「すっげ、魔法じゃん」
「そりゃ魔法だニャ」
「いやそうだけどさ。それにしても、間取りの改造すら出来るとは……部屋が区切られて、奥に洗面所と風呂が出来てるぜ。これで家賃ゼロ、神すぎるだろ」
「一通り確認したら朝食でも買いにいくニャ。近辺の地理を把握して、食事をして、それからこれからの方針でも決めようじゃニャいか」
「はいはい、有能コンサルに従いますよっと」
会話をしながら、一人と一匹は連れだって拠点を出る。電気が通っておらず手動だったガラスの自動ドアは、人感センサー内蔵のスライド式アルミドアに変化していた。個人情報フルオープンのガラス張りハウスから脱却できたことに満足しつつ、ヒジリは足取りも軽く街路を行く。ゲームセンターが基本的に街中に存在するように、ヒジリたちの拠点もまた大通りに面した場所にある。ただ、この大通りというのがそもそも人の影も疎らな商店街のものであり、幾つかの廃業して久しい店舗が並ぶ中に拠点が紛れているからか、扉を開けた瞬間に人と遭遇するようなことはなかった。
「空き店舗だらけ、行き交う人もみな地元民、よくある地方の商店街って感じかな……」
「それでも、お前は買い物するのにアクセスが便利な方だニャ。基本的に契望者の拠点は人気の失せた建造物を乗っ取る形だから、人によっては山奥の廃校とかが拠点になったりするミャン」
「それは……コンビニすら遠そうだな」
「爺さん婆さんのやってる個人商店の方がまだありそうだニャア」
「ウチはどうなんだろ、商店街出たらコンビニくらいはありそうだけど」
「フムン。総菜屋、薬局、時計屋、町中華、本屋、文房具屋、喫茶店、クレープ屋」
「こういうトコの惣菜って、何であんな美味そうなんだ?」
「精神的なものが影響してるんじゃニャーか?まあ実際、長年やってきて技量が優れてるってのもあるんじゃニャかろうか」
「あーね。とりま唐揚げ買ってくるよ、あとポテサラ、ミートボール!」
「ガキの誕生日会かニャ」
呆れた様子のカスパルをよそに、ヒジリは惣菜屋に早足で接近し、両替を済ませておいた金を差し出しながら注文を並べ立てた。惣菜屋の主人は微笑ましいものを見るように目尻の皺を深くすると、プラスチックの容器に素早く商品を詰め、ビニール袋に入れて手渡してくれる。
「仕方ないとはいえ、完全に子供のおつかいだと思われてるニャ……」
ホクホク顔のヒジリが帰ってくるのを見て、カスパルはスナギツネのような目つきになるのであった。
「ふぅ、ご馳走さま」
「ご馳走さま。ウム、やはりササミよりマグロだニャア」
新居にて食事を済ませた後、インスタントコーヒーを片手に、ヒジリはテーブルへ頬杖をついていた。安価そうな天板に金属製の脚が付いたそれは、帰ってきてからテーブルが無いことに気づき、慌てて購入した代物である。次いで椅子を二脚購入し、ヒジリとカスパルはそれぞれに腰掛け食休みの最中であった。
「新生活!……って、やっぱお金かかるなぁ」
コーヒーを啜りつつ端末を弄るヒジリの目には、マジカリ上に表示された、ごっそりと減った残高が映っている。
「半分以下、もっと言ったら四分の一だよ。この上、消耗品と服買うわけじゃん?もう破産だよ破産」
「適当なこと言ってないで稼ぐ方法を考えるニャ。自営業は動き続けるのが大事だニャン」
「稼ぐったって事件に遭遇しないことには何もできないのが俺らだろ?死人出るのを待つって考えると因果な商売じゃないか」
「無駄な杞憂だニャ、待つまでもなくこの国は自殺者で溢れてるミャン」
「それはそれで、悲しいことだな」
「文明、文化が発展して精神活動が高次に移るにつれ、精神的な理由で命を断つ者も増えるニャ。誰もが救われる幸福な世界なんて、もう一万年待っても難しいんじゃニャーか」
「時間の問題なのかソレ?まぁ、今気にすることじゃないか……」
空になったマグカップを置き、ヒジリはWindCatを起動する。某市とその近辺を範囲指定し事件を調べると、幾つか検索にヒットする内容が表示された。つまり近辺で誰かが死んだということかと、ヒジリは顔をしかめる。
「……数件出てきた。飛び降り、交通事故、服毒、溺死、ウィンキャは最後のが怪しいってよ」
「変な略称つけるニャ!……で、具体的には」
「うん……。ダムの端に引っ掛かってた死体を、たまたま来てた釣り人が発見したらしい。腐敗したり膨張したりもしてないそれは、死後数時間も経ってない状態だったんだと」
「溺死して浮いてきた死体が?自殺なら死のうとする工夫のせいで発見はどうしても遅れるだろうし、可能性は高いニャ」
「ウィンキャ先生も九十二パーって言ってるよ」
「陰キャみたいな発音やめろニャ。で、早速調査に行くかニャ?」
問われたヒジリは椅子の上でのけ反るように伸びをしてから立ち上がった。彼女の脳裏に、先日の戦闘が呼び起こされる。死駆罰孔、理外の化物。あのような理不尽に殺される人間のことを考えると、ヒジリの目には力が宿る。死とは、個々人が望んだ先の結末であるべきだと、彼女は考える。
「行くよ。理不尽に殺される人間なんて、少ない方がいいに決まってる」
「……ま、モチベーションがあるなら良いニャ」
一人と一匹は連れだって、拠点を後にするのであった。




