28 人と魔族の愛
タケル一行が歩いているのはディレインの町から伸びる登山道。登山道を挟むのは針葉樹。雪解けの季節で、特に日陰には雪が残っている。
そんな場所をなぜタケルたちは進むことになったのか。それはシオンが受け取ったとある人物からの手紙にある。
「その人はディレインよりも山奥の、物好きしか集まらないところにいるというわけか」
歩きながらスティーグは言った。
「シオン会長が言うにはそうみたいだ。確かその人の名前はリルト。凄腕の錬金術師らしいんだ」
タケルは言った。
禁止図書『女神へ』を閲覧した後、タケルはシオンから手紙を受け取った。それは、「凄腕の錬金術師が来たら私のところへ行かせてほしい」という旨の手紙だった。
シオンはタケルを凄腕の錬金術師と判断して手紙の差出人リルトの元へ行かせたのだ。
「……それにしても、雪山って綺麗だね。今から行くところじゃないけど、あれだけ白いんだ」
タケルはそうして話題を変える。
「そうか、見たことないんだったな。見る分には綺麗だよなあ」
と、マリウス。
「登ったことがありそうな口ぶりだけど」
「あるぜ。スティーグと修行した時にな、東寄りの雪山に登ったんだよ。あのときは死ぬかと思ったぜ」
マリウスは過去の出来事を笑い飛ばす。
そうして山道を進んでいると、森の中の開けた場所に出た。雪も傾斜もほとんどなく、野営するにはうってつけだろう。
「少し早いがここで休もう。あまり遅い時間になると危険だからな」
スティーグは言った。
この中で一番サバイバルやキャンプに慣れたスティーグに反対する者はいなかった。
そうして一行は野営の準備に入る。マリウスとアカネとミッシェルはテントの準備。スティーグは食料の確保。タケルとエステルは飲み水の確保をすることになった。
「なるほど、錬金術を使えると川の水でも飲めるようにできるのか」
川に着いたとき、エステルは言った。
「そうなんだ。煮沸と蒸留を同時にやる感じで、こうやって」
タケルはボトルに水を汲み、術式を演算する。水を浄化する術式は基礎的なもので、タケルは錬金術を学び始めた頃に知った。
「はい、できた」
タケルはそう言ってボトルを閉める。
「凄いな。タケルが水を浄化できるなら、私は荷物持ちをしよう。力なら自信があるからな」
と、エステルは言ってタケルからボトルを受け取った。
「頼りになるよ」
そう言って微笑むタケル。
このところ切羽詰まった様子ばかり見せていたタケルだが、この時ばかりは笑顔を見せる。エステルはタケルの笑顔に強く胸を打たれた。
「タケルにそう言われると、照れるな。たとえお世辞でも」
エステルはまんざらでもないような表情を浮かべ、そう言った。
「本心だよ。そうやって重い物を運べるところだけじゃない。エステルがいたから、辛い思いをしても耐えられたんだよ」
「タケル……」
「これも本心だよ。エステルがいたから生きたいって思えた。迷惑かもしれないけど……」
と言って、タケルは目をそらす。タケルの耳は真っ赤に染まっていた。
「タケル……」
エステルは、自身がタケルに向ける感情が特別なものであることを自覚した。
タケルも、エステルが自身に向ける感情に気づいた。決して特別な感情――愛は一方通行ではなかった。
タケルとエステルはこれまでの人生で感じたことがないような愛を感じた。
「こんな私でも……隣にいるのがお前より大柄で、1000年近く生きて、人間ではない種族で不器用な私でも、いいのか?」
と、エステルは続けた。
すると、タケルは答える。
「エステルじゃなきゃ駄目なんだ」
「タケル……!」
見つめ合うタケルとエステル。2人の間に妙な空気が流れ。
「私もだ、タケル! お前がいたからこの世界を生きられるし、お前のいない世界なんて想像できない! 大好きだ、タケル……!」
そう言ってエステルはタケルを抱き寄せて少しの間唇を重ねた。
「……愛し合う者はこうして唇を合わせるものだと聞いた。これで合っているか?」
顔を赤らめつつ、エステルは言う。
そんな彼女をタケルは困惑した表情で見たが。
「合ってるよ。まさかエステルがこんな大胆なことをすると思わなくて」
タケルは答えた。
「確かにそうかもしれないな。病棟の地下にいた頃からは考えられない。まさに運命の悪戯だな」
と、エステルは答えた。
そのときだ。
川の上流寄りのしげみからガサガサと音がする。
敵襲か、とタケルたちは身構えるが。
「身構えなくていいぞ。俺だ」
そう言ってしげみから出てきたのは、川魚を持ったスティーグ。だが、現れたのが敵ではなくスティーグだったことでタケルとエステルは顔色を赤くする。
「スティーグ……もしかして、見てた?」
タケルは尋ねる。
「詳しいことはわからないが、見えていなかったと言えば嘘になる。とはいえ、人を愛することは悪いことじゃないぞ。守るべき人がいて強くなることだってあるからな」
スティーグは答える。
そのときの彼は余裕があるようだったが、何か過ぎ去ったものに想いを馳せているようでもあった。が、それが何なのかタケルにもエステルにもわからない。知るよしもないだろう。
「さて、戻るか。マリウスたちが待ってるだろう」




