27 『女神へ』
「会長も買いかぶりすぎではないでしょうか」
歩きながらソレイユは言った。
ここはかつて役員の管理していた書庫。様々な禁止図書が置かれ、一般人ならば立ち入ることも許されない。
「それくらいの自体なんだよ。許せ」
と、シオン。
3人は黒い本の前で立ち止まる。
その黒い2冊の本には『女神へ』と書かれ、それぞれ旧約、新約とされていた。
「これが件の奇書。意味がわからないと研究者もサジを投げた代物だけど、錬金術師が理解できている可能性があるの」
ソレイユは言った。
「だから奇書ですか。失礼します」
タケルはそう言って『女神へ 旧約』と書かれた本を手に取った。
本の著者はオスカー・ロンゲン。歴史上でも有名な錬金術師だ。
タケルは本を開く。
†
女神へ 旧約
レクサよ。私は哀しい。
君が女神であるばかりに世界に縛られ、苦しみに溢れた永遠を生きねばならぬ。永遠とは孤独。使命にとらわれ、孤独に生きる君に寄り添うため、私は永遠を求める。
永遠とは何か。先ずは仮説を立てなくてはならない。
君そのものを永遠とするのならば私が君になるか、君と交わることがそれを意味するだろう。
肉体が永遠に存在することを永遠とするならば、世界の永遠についても考察しなくてはならない。肉体はいずれ滅びる。死はいずれ訪れなくてはならない。だが永遠である君はその摂理すら無視しているようだ。
魂から見てみるとどうか――
†
さっそくの難解な記述。
だが、タケルはその意図を理解してしまった。1000年前に生きていたであろう著者に共感してしまった。
タケルもオスカー・ロンゲンも永遠の命を持つ者を愛してしまった。だからこそこの場では言えなかった。言ってしまえば取り返しのつかないことになるような気がした。
タケルは黙って『女神へ』を読み進める。
1000年ほど前に確立された錬金術についての理論。錬金術の世界への影響。彼の思い描く未来。どれも1000年前から現在への世界の動き、歴史をなぞっているようだった。本当に1000年前に書かれたものであるか疑わしくなった。
加えて、タケルはあるものとの共通点を見いだした。
「そうだ、カノンの日記に似たようなことが」
と言って、タケルは持ってきていたカノンの日記を開く。
どちらも怪文書で、書いてあることも似ている。特に世界に対しての考察は。まるでカノンがオスカー・ロンゲンに影響を受けているかのよう。
タケルはカノンの日記と照らし合わせつつ読み進める。
やはり共通点がある。偶然だとは考えにくい。
読み終えると今度は『女神へ 新約』を手に取る。開く。
†
女神へ 新約
N1985年。
レクサの生存を確認した。考察が正しければレクサは1000年は生きていることになる。哀しき存在だ。共に生きる存在がおらず、ただ死を見送るのみ。だから私は隣に立とう。
永遠とは孤独である。孤独であればどれほどの強者であろうとも心を壊すだろう。レクサ。君の心はまだ壊れていないか?
錬金術の進歩はあったが、永遠という概念を目指す者はオスカー以来存在しなかった。人間はそれを不可能と決めつけ、目指すことすらしなかった。だが、果たしてそうだろうか。
大陸の北部には不老不死の種族が存在する。
1000年前の錬金術師は魔族を造るために紅い石を作った。それは仮初めなる永遠の命をもたらした。永遠に近づくための一歩である。私はそれを『紅石ナイフ』と定義する――
†
タケルが読んでいるのは、旧約が書かれた1000年後――かなり最近になって書かれたものだとされる『女神へ』。だが、どうにも語り口と思想が旧約の著者のそれと似ている。影響を受けたのではなく、まるで全く同じ人間が書いているかのよう。
だからタケルはカノンの日記と照らし合わせることにした。
「……こっちも同じだ。旧約に書いていないと思ったら新約に書いてあったなんて」
タケルは言った。
「よく解るのね。怪文書だとされていたけれど、読み解けば一応の情報は得られると」
タケルの後ろでソレイユが言う。
「カノンの日記も理解できる人はほとんどいませんからね。それと同じだと考えたら仕方ないのかもしれません」
タケルは答えた。
「ふうん。続けて。理解できるのはきっとあなたくらいしかいないでしょう」
ソレイユに言われ、タケルは再び『女神へ』を読み進める。
旧約とは異なるが、ある種の整合性や一貫した思想がそこにはあった。
旧約を踏まえた錬金術の理論と世界を変える方法について。著者が考察する楽園について。未来をまるで史実であるかのように記述した内容。どれもカノンの日記と共通するものがあった。
未来についての記述に至っては、タケルが見た未来やミッシェルとパーシヴァルに伝えられた未来と同じことが書かれている。
これは一体。
タケルは急いで著者を確認した。
『女神へ 新約』の著者はアントナン・ジョスパン。旧約の著者との関連はわからない。
「読み終わった?」
ソレイユは尋ねる。
「終わりました。こんな本があるなんて思ってもみませんでした」
「でしょうね。もし内容が理解できたならわかりやすく伝えてちょうだい」
読み終わったタケルにソレイユはそう言った。
この書庫にある本は持ち出すことが禁止されている。
タケルは本を書架に戻し、シオンとソレイユとともに書庫を出た。
「単刀直入に言います。例の本を書いた人は世界を変えることを望んでいます。永遠を生きる愛する人のために。カノンもその人の影響を受けたのかもしれません」
3人きりで他の誰にも聞かれていないときにタケルは言った。
「そうか……」
シオンはそれだけを言い、ソレイユは何も言わなかった。
「シオン会長。女神レクサはいると思いますか?」
タケルは尋ねる。
「いるな。しかもまだ存命だ。どこにいるかわからないが。
ところで、お前に会いたいらしい錬金術師がいるんだ。山奥に住んでいるが、会ってみないか」
シオンは話しづらいのか、さらりと話題を変えた。
「僕に会いたい、ですか?」




