26 会長と錬金術師
タケルたちが最初の部屋に戻ってきた時にはすでに他のメンバーも揃っていた。再生力のあるエステルはわからないが、少なくともアカネとミッシェルはタケルほど酷い拷問を受けたわけではないようだった。
タケルの姿を見るなり、座っていたエステルは立ち上がってタケルに駆け寄り。
「タケル! 顔色が悪いぞ! 一体何を……」
「エステル……」
タケルは思わずエステルに抱きついた。
そんなタケルを、エステルは優しく抱きしめる。
「何も言わなくていい。相当なことをされたのは察しがついている。もう大丈夫だ」
「……うん」
エステルに抱きしめられ、タケルは幼子のように答えた。
しばらくすると、細身の男に護衛された屈強な男が部屋にやってきた。
彼こそが鮮血の夜明団の会長、シオン・ランバートだった。タケルが聞いていた限りでは、かつてエステルの同族と戦い、異世界にまで行ったとのこと。だが今では前線にも出ないらしく。
「うちの監査官と暗部が迷惑をかけたな。俺が会長のシオン・ランバートだ。紹介状ならクリシュナと杏奈から受け取っているぞ」
シオンはそう言って椅子に腰掛けようとするが、すぐにタケルの様子がおかしいことに気づく。見るからに低体温症だ。
シオンはタケルの様子を見てすぐさま言った。
「カルロ。温かいココアを1杯持ってきてくれ。おおかた初音のヤツに寒さ責めでもされたんだろう。ったく、あいつのおかげで組織が腐敗しないのはいいが……」
呆れた様子のシオン。カルロと呼ばれた護衛の男は頷き、部屋を出てどこかに向かった。
カルロにそう言ってからシオンは椅子に腰掛けて言った。
「まずはマリウス。お前の無事を喜ぼう。よくあの転生病棟から帰ってきた。あそこは生きては帰れないとの悪評があるような場所だ」
「ありがとうございます。俺だけじゃなく、タケル、ミッシェル、エステル……ここにはいないがロゼとグリフィンも。皆がいたから帰って来れたわけです」
マリウスは言った。
シオンという組織のトップが相手だからだろう。マリウスは自然と敬語を話していた。その姿にはある種の育ちの良さが滲み出ていた。
「それにしても、だ。転生病棟から情報を持ってきたことも含めて本当によくやった。Ω計画の概要書含めた資料と怪文書だろう。俺には期待しないでほしいところだが、わかる範囲で目を通しておいた。全く、とんでもないことを考える連中がいるな」
と、シオン。
すると、ミッシェルが言う。
「だよなあ? 錬金術を使った兵器まで開発してやがるんだよ、ヤツら。スティーグ、資料ある?」
ミッシェルは相変わらずの様子。そんな彼女を見てマリウスとスティーグはヒヤヒヤしていたが。
「新しく情報を得たのか。ぜひこちらで精査したいところだ」
シオンが言う。
持っている情報が必要とされていることがわかったスティーグは、緋塚で手に入れた資料をテーブルの上に置いた。
それは外付け術式兵器についての資料。試作品の設計図や理論、生産計画などが簡潔にまとめられている。
シオンは資料を手に取って目を通す。
「錬金術が術式で発動することは知っているが、これはアリなのか? そもそも術式を外付けにするなんて、そんな発想自体ねえぞ……誰がこんなこと思いついた?」
資料を見ながらシオンは呟いた。
「……そこでカノンの日記です。概要書にあるように兵器開発も計画の一部です。つまりカノンの息がかかっている。ならば日記を読めばわかります」
と、タケル。
「と言ってもなあ。少し読んでみたがアレはただの怪文書にしか見えなかったぞ?」
シオンは言った。
やはりあの内容を理解できるのはごく少数の人間だけなのだろう。
タケルは軽く疎外感を覚えたのか表情が暗くなる。
そんなとき、カルロが1杯のココアを持って部屋に戻ってきた。
シオンはカルロとアイコンタクトをとり、カルロはタケルの前にココアを置いた。
「ま、ココアでも飲んで落ち着くといい。この季節でもディレインの寒さは堪えるだろう」
シオンは言った。
「ありがとう……ございます」
タケルはさっそくココアを口にする。
監獄塔で拷問を受け、冷え切った体が温まる。甘く濃厚な味はタケルが求めている味でもあった。
タケルの表情はいつのまにか緩んでいた。
「ともかく、情報提供については感謝する。Ω計画から盗んだ技術はこちらで管理しよう。それから、俺たち鮮血の夜明団の状況についてだが……」
シオンは続ける。
「特別なチームに転生病棟やその周辺組織の調査を任せていた。ただな……3人が殺され、1人が消息を絶った。マリウスの状況次第では手を引こうとしていたのが実際だ」
どうやらタケルたちが思うほど鮮血の夜明団はうまくやれているようではなかったらしい。
「思ったより苦戦していたことは聞いていたが……」
スティーグが口を開く。
「ああ。何度も言うが、手詰まりを覚悟したときにお前たちが動いてくれた。だからというのも何だが、特別に禁止図書の閲覧を許可したい」
「禁止図書……?」
シオンが提案すると、タケルが聞き返す。
「春月支部からな、申請があったんだよ。鮮血の夜明団の蔵書屈指の奇書『女神へ』を閲覧したいと」
シオンは答えた。
はっとするタケル。
春月支部で杏奈と話したとき、確かにその本のことを聞いたのだ。
「良いんですか……? 僕、拷問されるような人ですけど……」
タケルは尋ねた。
「もちろん。ただし、お前単独というわけにはいかない。すまないが監視をつけることにした」
と、シオン。
「とはいえ、お前を信用した構成員も各地にいる。俺は『女神へ』を閲覧するに値すると思ってるぞ」
そう続け、シオンは笑う。
話し合いの後、タケルはシオンに連れられて書庫へと向かう。途中、合流したのは眼鏡をかけた女。タケルの知るところではないが、ミッシェルを拷問した人物、ソレイユだった。
【登場人物紹介】
シオン・ランバート
レムリア2nd『パンデモニウム』主人公。レムリア4th『ルーンと異界の旅日記』、レムリア5th『町に怪奇が現れたら』、レムリア7th『ダンピールは血の味の記憶を持つか』に登場。
鮮血の夜明団の会長。かつて魔族と戦ったこと、異世界に行ったことがある。




