24 監査官の拷問
検査の後、タケルたちは医務室で待たされていた。
しばらくすると、医務室に初音がやってくる。彼女だけでなく、警備員も何名か。その警備員も手練れの構成員だという。
その様子を見ただけでタケルとアカネは身構えた。嫌な予感しかしなかった。
「検査結果を受けて、あなたたちは危険分子であると判断しました。たとえ構成員経由で本部に来たとしても看過するわけにはいきません。そこで……あなたたちが本当に安全な人物なのか鑑定することにしました」
と、初音は言った。
「そんな……支部長から紹介状を書いてもらったのに!」
タケルは言う。だが。
「だから何なのですか。我々の組織は外から危険分子を入れたばかりに何度か崩壊しかけているのです。ましてやこの情勢。安全が確認できるまで野放しにしておくわけにはいかないのです」
非情にも初音は言った。
直後、彼女の後ろに控えていた警備員たちがタケルたちに近寄り。タケル、ミッシェル、エステルの手に手錠をかけた。アカネは構成員だからかそういった対応は取られなかった。
「この! てめぇら、何やってんのかわかってんだろうな!?」
噛みつくように言ったミッシェル。
「立場をわきまえて下さいねえ。あなたも先日見つけた謎の遺体と同じ反応が出ましたからねえ」
初音は言った。
どちらが格上かはわからないが、初音の口調と目線は確実にミッシェルをわからせた。
抵抗などできるわけがなかった。
タケルたちは初音に連れられ、尋問用の場所――監獄塔へと連れて行かれた。
タケルが連れてこられたのは監獄塔の最上階。冬の終わりともいえる時期だが、そこには暖房などなかった。
初音や彼女の隣にいる警備員はコートやマフラーで温かくしているが、タケルにはそれすらも許されない。防寒着どころか、服さえも。許されたのは冷たい金属の手錠と足枷、最低限の下着くらい。
「じゃあ、話してもらいましょうかねえ。私、見たんですよお。山道で、あなたそっくりの青年を。彼との関係は。もちろんあなたが本人と言っても構いませんよお」
初音は言った。
「彼は僕じゃな……僕じゃありません」
と、タケル。
「にしては顔が似過ぎているんですよお。ちなみに、うちの構成員が採取した彼の細胞はあなたと同じ遺伝子だったではありませんか」
痛いところを突く初音。タケルは表情を変えるが、すぐに思い出す。自身のクローンのことを。
「クローンでしょうね。僕も知っています。僕に成り代わるように造られたクローンのことは」
タケルは寒さを堪えつつ言った。
「クローンですねえ。そう言ってしまえば遺伝子から見分けがつかないのは事実です。とはいえ、本当にクローンならあなたの転生病棟との関係を把握しなくてはなりませんね? 何を隠しているのですか」
と、初音。
寒いところにいるからか、タケルにとって初音の視線は凍てつくような氷のようだった。
「何も……担当の先生にすべて話しました。カルテにもそう書かれているはずです――」
タケルがそう言うのを遮るように初音も言う。
「ボビー」
「はい」
ボビーと言われた警備員は氷水の入ったバケツを手に取り、タケルに氷水をかけた。
「うっ……!?」
ただでさえ寒い中、氷水でタケルの体温はさらに奪われる。
「カルテなどすべて読んでいますよお。それをした上で聞くのです。Ω計画との関係は?」
初音は再び尋ねた。
彼女を前にして、タケルは震えるばかりで。
「答えたらその寒さからも解放されますよお。あなたが凍死してこの世から解放されるか、全部話して生きて解放されるか。どちらが早いんでしょうねえ?」
と、初音は追い打ちをかける。
「ただの被験者です……それ以外に何も関係はありません」
タケルは答えた。
だが、初音はそれでも納得しないようで。
「被験者にしては強い能力を与えられすぎなのですよ。やはりあなた、スパイではないですか?」
「違います……どうして拉致されて体を弄られて脱出したら……スパイ扱いされなくてはならないんですか……」
タケルは言うが、今度は初音が命じるまでもなくボビーが氷水をかける。
そんな状況でも初音は「続けろ」とばかりの目線を向ける。続けたとして状況が好転する気もタケルの中からは消え失せていた。それでもタケルは続ける。
「本当に違うんです! 僕は……被害者なんです! 何も関わっていない! 本当に……!」
タケルの目には涙が滲んでいた。そんな様子も初音には全く響かず。
「へえ……私、好きでこういうことをしているんじゃないんですけどねえ。あくまで汚れ役を買っているだけなんですよお。あまり私の手を煩わせないでくださいねえ」
初音は言った。
「どうして……何もわかってくれないんですか。あなたが見た人は僕のクローンで……僕は転生病棟の被害者にすぎないんです……そうだ、マリウスを呼んで下さい。彼なら僕の事情がわかるはずです」
タケルは言った。だが。
「それは聞けないですねえ。口裏を合わせたらどうにでもできますから。そのマリウスですが、なぜ転生病棟に? まさか彼も?」
初音は疑念をマリウスにも向け始めた。
そんな中、タケルは再び口を開く。
「潜入調査だそうです。僕は潜入調査をしていたマリウスに助けられました。話はそれだけです。あとは、僕は転生病棟の幹部を4人殺しました。もう転生病棟やΩ計画の”敵”でいいですよね?」
信用されないことを覚悟しながらもタケルは自身のやったことを初音につきつける。たとえそれを証明することができなくとも。
「監査官、マリウスを連れてきますか? 情報も彼が持っているようですが」
ボビーは尋ねた。
「ふむう、そうですねえ。それで話が進むのならば」
「承知しました」
ボビーはそう言って監獄塔の階段を降りていった。
最上階に残されたのはタケルと初音の2人だけとなった。




