22 再会と抱える思い
ここは緋塚のとあるバー。ビルの1階で、マリウスやスティーグ、グランツの関係者が仮拠点に選んだ場所の一部だ。
バーのカウンター席に腰掛け、オレンジジュースを飲むのはゼクス。今の彼には暁城塞が崩落する前の覇気などなかった。
「クソが……ざまあねえな。せっかく迷宮の王として安定してきたと思ったらコレだ。しかも来客に死者まで出しちまったかもしれねえ」
と言って、ゼクスはオレンジジュースの入ったグラスをカウンターに置いた。失うということはこういうことだ。
クダを巻いているゼクスを、レフとはるはじっと見守っている。
ある意味一触即発な雰囲気の中、バーのドアを開ける者がひとり。
グランツだった。グランツがタケルとエステルを連れて仮拠点に戻ってきた。
「タケル!」
タケルの姿を見るなりミッシェルが言った。
彼女に続き、マリウスも言う。
「よかった……無事に戻ってきてくれて何よりだ」
「皆……戻ったよ。しかもただで戻ってきたわけじゃない。暁城塞の地下で色々見つけたんだ」
と、タケル。
すると、ゼクスは言った。
「見つけた、だと? 確かに俺が地下の何かに介入することを拒んだやつがいたことは知っているが」
「それが多分ラオディケだ。崩落の主犯だよ」
タケルはそう言って、ゼクスにファイルを手渡した。
ゼクスは不思議そうにファイルを開くが。
「あ? 解んねえよ。要約しろ。できるだけ短くな」
ゼクスは不機嫌なのか、難解な内容を理解することを放棄してぶっきらぼうにそう言った。すると、口を挟むのははる。
「錬金術なんかに疎いのはわかるけれどねえ、言い方ってモンがあるだろう。いい子だから丁寧に振る舞いなさい」
ゼクスははるに頭があがらない。ばつの悪そうに舌打ちして詳しそうなタケルを見た。
「地下にあったのは工場だよ。戦ったやつらが持ってた錬金術兵器を地下で製造していたみたいだ。爆発を起こしたあの人がラオディケで、兵器の製造に関わっていた。というか、彼女が中心になって進めていた。それもΩ計画の一環。きっと地下に介入することを拒んだのも邪魔をされないため」
と、タケルは言った。
「なるほど……?」
ゼクスは理解したような理解していないような様子。あまり期待できないだろうが。
だが、ゼクスがその様子でも当時の状況を話せる者がひとり。
「4年前、おれたちがここを管理下に置いたときだ。謎の錬金術師が来て地下に手を出すなと脅してきたことがある」
そう言ったのはレフ。
彼に全員の視線が集まる。バーのマスターも含めて。
「元々暁城塞の地下には別の兵器工場があったんだ。それを管理下に置こうとしたらあの女に脅されてな。背後の何かをちらつかせて強引に接収して、おれたちの介入を妨害した。これが前に起きたことだ」
レフは続けた。
「そんなことが……」
「つうわけだ。お前らは急いでんだろ? 手に入った情報は寄越す。てめぇらは次の目的地に行けよ」
タケルが何かを言おうとすれば、ゼクスはそれを遮る。彼にも彼のメンツがあり、これ以上潰されたくないようだ。
「わかったよ。これから行くところも大切なものがあるから」
タケルは言った。
これでバーの中の空気はましになったが、タケル自身の抱えるものは変わらない。暁城塞の地下で見た写真のこと、自身の片割れを名乗る男の存在。何一つ解決していない。
バーから仮拠点に移る者たちをよそに、タケルはバーの席から立てずにいた。
「もう話は終わったんじゃないのかい?」
タケルに声をかけるはる。
「終わったよ。でも、あの場では話せないことがあって」
「あの場では話せないこと、ねえ。私一人には話せるのかい?」
はるは言う。
「ごめん、それは……」
タケルは口ごもる。
クローンのくだりなど信じられるわけがないし、自身の身の上を話す気にはなれなかった。
だが、次の瞬間にタケルの持ち出した資料からするりと1枚の写真が落ちた。はるが写真を拾って見た瞬間、タケルは青ざめる。
はるも写真にうつる少年とタケルの顔を何度か見て。
「何かあったのかい? 写真にうつっているあんたは幸せそうだけど」
「違うんだ……僕じゃない……」
タケルは思わず震える声で言った。
「僕じゃない人が僕として……ナロンチャイ・ジャイデッドとして生きている。多分僕は、今存在しないことになっているんだ」
タケルは続ける。
「そういうことねえ……忘れなさんな。あんたはあんた。成り代わられたとしてもそれはかわらない」
はるは言った。
彼女も彼女で考えていることがあったが、それ以上に言及することはない。動くのはもっと後だ。
翌日、タケルたちは緋塚の町を発った。それぞれの思いを抱え、次なる目的地ディレインへと向かうのだ。
「どうか、自分で命を絶たないでおくれ」
見送りながらはるは言った。




