20 覚えのない過去と忌まわしき未来
タケルの見た未来については、エステルも少しばかり聞いていた。とはいえ、タケルは信じられないだろうと踏んですべては話していない。
「お前の境遇は転生病棟の外の人間からすれば信じられないことかもしれんが、私は信じる。話してくれ」
エステルは言った。
彼女がひとまずは信じる姿勢を見せたことで、タケルは口を開く。
「うん。単刀直入に言うと、僕の見た未来は転生病棟の計画、Ω計画が完遂される未来なんだ。それから、グリフィンの記憶経由で見た未来。僕以外だと、パーシヴァルとミッシェルも未来を知った。どれも暗黒の未来だよ。今の大陸の大総統が皇帝になった世界。何らかの原因で大洪水が起きた世界。未来は暗いし、Ω計画はそんな未来を回避するために動いていたんだ」
「それがΩ計画の目的だと……? あの狂ったことをする計画が?」
エステルは聞き返す。
「推し進めていたアノニマスとカノンはそう言っていたし、カノンの日記にも同じことが書いてあった。それでも僕はΩ計画が間違っていることだと思うよ。だって……」
タケルは言葉を途中で切って口ごもる。
「お前も思うところがあるわけか。安心したよ」
と、エステル。
彼女は視線で「続けろ」とタケルに伝えるが、タケルはなかなか口を開かない。どこか言いづらいことがあるようで。
「どうした? それだけ言いづらいことがあるのか?」
口を開かないタケルにエステルは言う。すると、タケルは下唇を噛み、重い口を開いた。
「……いないんだ。見たり聞いたりした未来に君はいない。僕が直接見た未来では、どちらも僕が君を殺した。他の未来では、処刑されていたり、別の形で殺されたり。なんでかわからなかったけど、魔族の君の存在が許されなかったんだと僕は思う。ごめん、エステル。気分を害したかもしれないね」
タケルがそう言うと、エステルも表情を曇らせて黙り込む。
なんとも言えない空気が2人を包み込む。
タケルは現時点でやっていないことで罪悪感を覚え、エステルは今のタケルから信じられない未来について考える。出会い方が違っていれば、少しでも運命の歯車が狂っていれば。きっとタケルはエステルを殺していた。
話したことを後悔したようなタケルの姿を見て、エステルはようやく口を開く。
「お前は今、私を殺したいと思うか?」
それがエステルの口から出た精一杯の言葉だった。
「絶対に思わない。殺したくないし、何としてでも君と一緒に生きていきたい。死が僕たちを分かつまで」
タケルは答えた。
「それがお前の本心なのか……?」
「本心だよ。もし僕が君を殺すしかない状況に置かれたら、その運命だってねじ曲げてやる」
エレインが聞き返すと、タケルは再び答える。
そのまなざしに嘘偽りはない。タケルの思いと決意は本物だった。
「そうか……君に逢えてよかった。まだ工場の見ていない区画はある。そっちも見ておこう。それから脱出だな」
と、エステル。
2人が本来やろうとしていたことは工場での情報収集と脱出。ここで感傷に浸っている暇など本来はない。
「そうだね、行こう」
タケルは言った。
彼の表情は未だに明るくなってはいなかった。
術式を兵器に転写するエリアを抜け、2人は出口を探しつつ工場の中を見て回る。
あるエリアには兵器のサンプルらしきものが置かれていた。
そして、出口近くには事務所もあった。
タケルは迷うことなく事務所のドアに近づき、ドアの術式を解析してから解錠する。やはり、この工場は錬金術を扱えることを前提とした場所のようだ。
2人はドアを開けて事務所に入る。
「ここは……やはり情報があるならここか」
タケルは言った。
事務所には工場長らのものと思われるデスクや資料を置いた棚などがあり、いかにもといった雰囲気だった。
試作型錬金術兵器について。
錬金術兵器の人体への適合について。
錬金術兵器の小型化・軽量化について。
本当に様々なものが置かれていた。
その中でもタケルが気になったものは黒く、高級感のあるファイル。タケルは黒いファイルを手に取った。
Ω計画兵器開発部門概要書。
ファイルにはそう書かれていた。
「何かめぼしいものでもあったか?」
エステルは尋ねた。
「うん。少し見てみるよ。Ω計画兵器開発部門概要書。僕たちにとってこれが一番重要なものかもしれないから」
タケルはそう言ってファイルを開く。
まず、ファイルには予想外のものが挟まれていた。それは写真。関係ない人物の写真にも見えたが、タケルは被写体の人物に言葉を漏らした。
「僕がいる……でも、どうして。僕は雪が降るところに行ったこともないのに」
写真にうつっていた人物はタケルの両親と幼いタケルらしき人物。なぜタケルと言い切れないのかというと、写真とタケルの記憶が食い違うのだ。
写真を撮ったであろう場所は雪の降るエリア。レムリアでも北の方だ。だが、問題はタケルが雪を見たことがないということだ。
――クローンかオリジナルかわからない僕。
タケルはナロンチャイを名乗った、自身の生き写しのような男の言葉を思い出した。さして気にしなかった言葉は、返しのついた針のようにタケルの心に刺さって抜けず。今となって牙を剥いた。
「あはは……そうか。きっとクローンは僕だ。僕の記憶が正しければ。それなら僕に戻る場所なんてないじゃないか……!」
震えた声でタケルは言った。
「そうだよ……僕には取り戻すべき人生もなかった! 別に転生病棟でマリウスについていく必要もなかったんだ! 僕は最初から僕じゃなかったんだから!」
それは諦めから出る笑いか。タケルの目には涙がにじんでいた。もう何も信じられない。不信感とともに後悔に包まれる。
「タケル……」
エステルはそれだけを言ってタケルに近づき。何も言わず、タケルを抱きしめた。
人と変わらない魔族の体温がタケルに伝わる。鼓動も、吐息も。何か温かい概念に守られ、愛されているようだった。
「私はここにいる。お前がクローンで、転生病棟に来るまでの過去が偽物だったとしても私はお前と生きるから」
エステルは優しい声で言った。
「外に出よう。私にもお前にも仲間がいる」




