8 フィト・ソル
『転生病棟』2階。
警報が鳴り響き、武装看護師は倒され、被験者ミッシェルは鉄の病室から脱走した。さらにミッシェルは検査技師マリウスとともに病棟に対して反逆を企てている。
ミッシェルによって再起不能にされかけたようだったフィトは錬金術で肉体を再生する。そうして何事もなかったかのように立ち上がる。
「悪くない。ところで『11』はどこなんだい?」
フィトは言った。
彼の言う『11』とはタケルのこと。この場にいない彼がどこに行ったのかとマリウスは辺りを見回す。辺りにいるのは倒れた武装看護師ばかり。立っているのは自身のほかにミッシェルとフィトだけ。タケルはいなかった。
「そいつならあたしのいた部屋にいるぜ。あんたらの同胞なんだろ?」
と、ミッシェル。
「違う。再教育が済まない限り、彼を同胞と見做すことはできないんだよ」
フィトはそうして否定した。ミッシェルはタケルのことを誤解していたのだ。
その後、ミッシェルは再びフィトとの距離を詰め。
「ああ、クソ! なんであたしはさっきあいつを!」
と言って、拳を叩き込む。フィトは攻撃をかわすことなく受けるだけ。だが、受けた傷はたちどころに再生する。彼が術式の応用まで熟知した錬金術師だから。
「はいはい、君も元気だね。だからこそ『ロゼ』に改造されたわけだが……残念だよ。その戦闘力を、戦争に活かせないなんて――」
フィトがそう言いかけたとき、彼の前に求めていた人物が現れた。
タケルだった。白衣だけに身を包み、ミッシェルを解放した後にここまでやって来た。その瞳はフィトを睨んでいた。
「よし、来てくれたかタケル。彼を何とかしよう」
マリウスはタケルに言った。
一方、フィトはタケルを見て表情を緩め。
「待ってたよ、ナロンチャイ。俺と一緒に再教育施設に行こう。大丈夫、俺は死なないからどれだけ暴れても構わないから」
と言って、フィトはタケルに近づいてくる。
タケルはすぐに術式の演算をはじめ、フィトに応じるようにして彼との距離を詰める。からの、フィトに触れ。断片的な記憶を頼りにナノースを発動する。タケルのナノースはフィトの術式に干渉。強い光を発した瞬間、フィトは恍惚の笑みを浮かべた。
「……そうだよ。これが君のナノース、『Vaccine』だ! やはり俺が対処してよかった!」
恍惚の笑みを浮かべつつ、フィトも術式――ナノースの演算をはじめ。彼の周囲に車輪のようなビジョンが現れる。この範囲にいたマリウスとミッシェルに対しても術式の演算が始まり、錬金術は発動。すると、2人の全身に轢かれたような傷が現れ、出血する。
まずい。
「なんてことを……!?」
タケルは声を漏らす。が、次の瞬間にはタケルもフィトのナノースの対象になっており――視認できない車輪に轢かれたような傷がつく。かと思われた。
フィトのナノースがタケルを轢き潰そうとしたとき、タケルのナノースが発動。彼に移植されたナノースは錬金術に対して反応する代物。タケルとフィトのナノースはぶつかり合い、強い光を発した。
「へえ……」
フィトは呟いた。このときの彼はより強いものを求めていたようでもあった。
狂気を湛え、戦いを楽しむ素振りを見せるフィト。そんな彼は白衣の裏地から大型のチャクラムを取り出して右手に持った。まだ隠し玉はあったようだ。
一方のマリウスとミッシェル。2人はどうにかフィトのナノースが発動する範囲を抜け出した。だが、抜け出したところで傷が塞がるわけではない。
「どうする、ミッシェル・ガルシア。近づかなくてはやつを倒せない。近づいたら俺たちがやられる」
と、マリウスが言う。
「そんなの、遠距離から削るしかねーだろ。普通に考えて。あたしはそういうのできないけどさ」
マリウスに聞かれるとミッシェルはそっけない口調で答えた。
「俺もその通りだと思う。それから、タケルは無事のようだ」
と言うマリウスはすでに、口の前にエネルギーをため込んでいた。映画に出てくる怪獣やモンスターのように。
そうして、タケルが射線からずれたときに光線を放つ。
光線はフィトに命中し、彼の皮膚などを焼いてゆく。火力は十分。マリウスはある程度の打撃を与えられると踏んでいた。だが。
「君も面白いね。イデア能力?」
フィトは言う。
そんな間に、フィトの死角から飛び込むタケル。からの、ナノースをフィトに対して使う。狙いはフィトの体内の術式。相手の術式を理解できたわけではないが、フィトが体外に展開した術式と、体内でも人間に共通する部分に対して発動する――
光とともにフィトは声を漏らして血を流す。が、すぐさまフィトはタケルに蹴りを入れて吹っ飛ばし、自身の身体を修復する。マリウスの光線でやられた部分も、タケルが『Vaccine』のナノースで打撃を与えた部分もたちどころに再生し。
「あはは……いいね。もっとだよ、もっと俺を楽しませてくれるよね? 血を流して熱く昂るようにさ!」
と言いながら、フィトはナノースを再展開した。
このときの彼は優しげな顔を崩し、狂気じみた声だった。その強さだけではなく、性癖でもタケルたちに衝撃を与えていた。
アイン・ソフ・オウル隊員のフィト・ソル、『Wheel』のナノースの適合者は自身が痛みを覚えることを快感としていたのだ。
「マジかよ……狂ってやがるぜ」
戦いに介入できないでいるミッシェルは呟いた。
それを聞いていたフィトは激昂したようで。
「お前だって将来を期待された被験体だったよなあ!? ぼさっとしてねえで来いよ!? なあ!? 返り血で染まるお前はどこ行ったんだよ!?」
と言って、フィトはミッシェルに突っ込んできた。彼のナノースの範囲内に入ったミッシェルに、容赦なく襲い掛かる見えない車輪。ミッシェルは入院着ごと引き裂かれ、病棟の床には血が滴り。
ミッシェルは意識を失った。