18 暁城塞の最期
爆発に包まれ、一部では火災も起きている。
エステル、タケルを先頭にして外に出ようとする一行。その後ろでは生かして帰さんとばかりにラオディケは爆発を起こす。今の爆発でまた城塞の一部が崩落する。瓦礫の一部がアカネに向かって飛んできた。
「ふんっ!」
その瓦礫を、立ち止まったアカネは素手で粉砕。再びアカネは外を目指す。
一行は平静を保とうとするが、それでも焦りなんかがにじみ出ていた。ちょっとしたことで一行は瓦解する。そんな状況だった。
「お前ら! 絶対に離れるな! ここはもう駄目だ!」
混乱に包まれつつある中、ゼクスは言った。
不測の事態には慣れていたタケルたちだったが、このような場面では取り乱す者もいる。特にタケルとミッシェルがそうだった。2人とも修羅場を経験することを想定して改造されたが、修羅場をあまり経験していない。
「くっ……こういうときは……」
タケルは走りながらブツブツと呟いた。道を切り開くエステルについて行くのはいいが、心臓の嫌な高鳴りは止まらない。脳内麻薬が切れれば何もできなくなるような状況だろうか。
ミッシェルだって似たような状況だ。
2人の顔色を見たのか、レフは何かを察したようで。
「落ち着け! 脱出方法ならあるぞ!」
と言って、レフは自身のイデア能力を発動。
周囲の空間にバグをもたらし。時間、空間のつながりがおかしくなる。レフはすぐさまその地点をつきとめ、一行を誘導した。
今、地の利はタケルたちにある。ひとまず生きてここから出られるだろう。だが。
「ああ、そういうことですか。せめてタケルだけでも確保しなければ」
ラオディケはそうつぶやき、タケルを狙って爆発を起こし。
「タケル!」
エステルがかばい、タケルとエステルの周囲だけがバグを起こしたように歪曲し。2人は他の味方から引き離されることとなる。
爆発とバグの影響で、暁城塞は最下層までもが崩落した。
「急げ! この崩落に巻き込まれたら命はねえぞ!」
走りながらゼクスは叫ぶ。
彼の言うことを誰もが理解していたが、問題は暁城塞の構造にあった。数年前ほどではなくとも、暁城塞はあまりにも複雑な構造。脱出を困難にしているだけでなく、一度崩落が始まれば連鎖的に崩落は進む。
「わかってる! 瓦礫なら……!」
と、アカネ。
一行に降りかかる大きな瓦礫を破壊しつつ彼女も進む。さらに余裕があれば、錬金術で壁を破壊して道を作る。
タケルたちのことは気になるが、今はそれぞれで身を守り、脱出することしかできない。
レフの手で一行はどうにか暁城塞の外に脱出した。
この地を拠点としていたゼクス、レフ、はるは崩落する暁城塞を見て呆然としていた。
「崩れちまうのか……暁城塞……俺たちの拠点が……」
ゼクスは呟いた。
彼だけでなく、レフやはるも感傷に浸っていた。だが、マリウスの一声でその空気は壊されることになる。
「おい、待て。タケルとエステルはどこだ?」
脱出した者たちの中にタケルとエステルの姿はない。
どうやら逃げ遅れたらしい。
いないとなれば崩落や爆発、それに伴った火災に巻き込まれている可能性が高い。
ミッシェルの頭に最悪の可能性がよぎった。そのときにはすでにミッシェルの足は動いていた。
「行くなミッシェル!」
「今はまだ駄目! あの中であんたは死ぬよ!?」
マリウスとアカネはミッシェルを呼び止める。さらにアカネはミッシェルが動けなくなるほど、彼女を重くし。
「てめえら、タケルとエステルを見殺しにするってのか!?」
ミッシェルは声を荒げた。
動けなくとも彼女には気迫があるし、言うことはある意味正論だ。崩落と爆発と火災の中、生きていられる者などほとんどいないだろう。
そんなミッシェルを前にしてアカネは一瞬表情を曇らせるが。
「見殺しにはしない。ただ、今あの場に行くのは危険すぎるよ」
と、アカネが答える。
彼女が言うとおり、暁城塞の崩落は未だ続いている。脱出することはともかく、今あの中に入っていくのは自殺行為。改造人間CANNONSでもあるミッシェルですら危険だろう。
「クソが。どうすりゃいいんだよ。せっかく病棟でも再教育施設でも生き残ったのに。その末路がこれか?」
ミッシェルは言う。
彼女の声は震えていた。自分でどうにもできず、無念で、歯がゆくて。改造人間CANNONSであってもタケルを助けることはできない。
ミッシェルはあらためて地面に手をついた。
「タケルは死んでもただでは戻ってこねえよ。きっと死を乗り越えて戻ってくる。エステルがついているならなおさらだ」
諭すようにそう言ったのはマリウスだった。
「そうやって心配すんのはタケルとエステルを信用してねえようにも見えるな。違うか?」
マリウスはさらに続けた。一見ミッシェルを突き放しているようにも見えるマリウス。
「クソが……てめえらには帰る場所も居場所もあるだろうが、あたしにはねえんだよ……あたしにはてめえらしかいねえ」
ミッシェルはそう吐き捨てた。彼女の目にはじんわりと涙がにじんでいた。
ミッシェルにとって共に死線をくぐり抜け、旅をする仲間は特別な存在だったのだ。
「生きていてくれるよな……なあ。適合手術で一度死んでも、キイラのクソ女に殺されても生き延びたんだろ……?」
ミッシェルはただ、祈るように震える声で言った。
もはや彼女は立ち上がり、崩落する暁城塞に飛び込んでゆくこともできなくなっていた。
ラオディケの干渉を受けたタケルとエステルは崩落に巻き込まれ、瓦礫ごと下層に落ちてゆく。
エステルはタケルの手を取り、彼女自身の方に引き寄せ。
「大丈夫だ、タケル。私がついている」
そう言って、タケルを抱きしめた。
2人は崩落する瓦礫とともに最下層のさらに下――かつて兵器工場が存在したとされる空間に落ちてゆく。




