17 ラオディケ・サマラスの凶行
ラオディケは修羅のように戦うアカネを見てくすりと笑うと、つかつかと歩いてきた。
レフとの戦いに介入したときと比べて、戦況はさほど変わっていない。だが、彼女は戦況を変えるために動いたのではない。ラオディケ・サマラスの目的はもっと別にある。
「ふふふ……いつぞやに私が見込んだ女というだけはあります。いえ、適切ではありませんね。見込んだ以上です。ねえ、使えない方々?」
と言うと、ラオディケは跪いていた2人の従業員を爆殺する。彼らの近くにいたアカネを巻き込まない程度の威力で。
その様子を見たアカネは、爆発を起こした主を探すべく辺りを見回していたが。
「こちらですよお。今あなたの見ている方に私はいません。ほら、こちらです」
声は後ろから。
アカネは突如背後から気配を感じ、身を翻した。
アカネが見たのは、いつの間にか背後に現れた眼鏡の女――ラオディケ。彼女が敵だとわかっていたアカネはすぐさま能力を使おうとするが。
「悪い子ですねえ。元気なのは良いことですが、早死にしますよ?」
ラオディケは不敵な表情を一切崩すことなく言った。
彼女の口調、言葉、表情、放つ空気。すべてに圧され、アカネは背筋に冷たいものを感じた。
「あ……あんたは……」
アカネは言う。
絶対的な強者を前にし、アカネのさっきまでの得意げな様子はなりを潜め。
「あら、お久しぶりです」
ラオディケはにっこりと微笑んで言った。
「な……何? 久しぶりって……」
アカネは戸惑いと恐怖を覚えつつ言った。
本当は逃げ出したいほど本能が危険を知らせているが、敵に背を向けることはできない。
「知らないんですねえ。私があなたの遺伝子を採取したことも」
戸惑うアカネを前に、ラオディケは言った。
対するアカネは本当にわからなかった。遺伝子を採取したといっても、当のアカネにそんな記憶は一切ない。ラオディケらしき人物と出会った記憶もない。
「霧雨玲子。この名前に覚えはありませんか?」
何も言わないアカネを前にし、ラオディケは続ける。
「霧雨……」
アカネはそれだけを口にした。
霧雨という名前。
アカネは記憶の片隅であるものにたどり着いた。
霧雨クリニック。父の死後、ある健診のために受診した医院。そこでアカネは眼鏡をかけた女医の診察を受けた。
「何の関係があるわけ?」
「それはもう、最高の素材になりました。感謝しますよお。クローンたちの素になりましたからねえ」
アカネが尋ねれば、ラオディケはそう言ってふふふと笑う。
ラオディケ・サマラスはあまりにも邪悪。たちの悪い神か悪魔のように人の命や尊厳を何とも思わない。
そんな姿にアカネは怒りを覚えた。
「何をした覚えてないけど! 私をクローンのあれこれに巻き込むな!」
と言って、アカネはイデアを展開する。
展開されたのは、錬金術の術式を思わせるとてつもなく長く複雑な数式。それらは翼のような形を作り、アカネの羽になったようでもあった。
イデアを展開した後は、展開したものに術式を混ぜる。
そうしてラオディケに接近し、高密度の物体を作り出す。
アカネ渾身の攻撃を前にしてもラオディケはただ笑うだけ。いや、手を前に出し。
「さすがです。せっかちなのは玉に瑕ですが」
と言って、大爆発を起こす。
アカネが作り出した物体を巻き込んだ爆発は、アカネとラオディケの双方を吹っ飛ばし。
アカネはイデアの展開を保ったまま受け身を取って立ち上がる。
ラオディケは吹っ飛ばされこそしたものの、姿勢は崩さなかった。まさに強者の余裕がそこにあった。
「なるほどね。そこらへんにいる従業員なんかとはわけが違うって」
立ち上がりながらアカネは言った。
彼女にもダメージはあったが、戦意はまだ喪失していない。
対するラオディケ
「ええ。どうやら見抜かれてしまったようですね。とはいえ、あなたの能力の詳細はこちらでデータとして控えているのでどうにでもなりますよ」
と言うと、再びナノースを発動させ。
大爆発。それも、アカネに接近しようとした従業員までも巻き込みかねないとんでもない威力で。
アカネは自身のイデア能力で爆発を防いだが、そのエネルギーは桁違い。爆発の威力に押され、のけぞり。
「まずい……! 皆伏せて!」
と言った瞬間。さらなる爆発。
仕掛けた張本人であるラオディケはただ微笑むだけ。まるで世界を悪夢の炎か何かで滅ぼす女神のよう。
アカネの声に合わせ、エステルは水の防御壁を再展開。タケルはあえて前に出て、爆発に対して正反対の術式となるようにナノースを使う。他は全員が伏せた。
「人は“火薬”を発明し、文明を大きく発展させました。ええ、人間は殺し、破壊することで進歩してきました。素晴らしいですねえ」
爆発の中、ラオディケは語る。
そのうっとりとした表情にはある種の狂気が潜んでいた。
そして、爆発に巻き込まれて暁城塞は崩落する。
地上部分、地下を問わず。
そんな様子からいち早く危険を察知したのは、ゼクスのお目付役のはるだった。
「ここはもう駄目さね! 自分の命だけを優先して、逃げな!」
はるは叫ぶ。
彼女がそう判断したことで、タケルたちの間に流れる空気が変わった。
さらに、はるだけでなくエステルも言う。
「……私が道を切り開こう。大丈夫、皆より少しばかり頑丈だから」
「エステルがそう言うなら安心だ!」
と、タケル。
タケルとエステルが先頭に立ち、一行は脱出しようとした。だが。
「逃がしませんよお。タケル以外、消えて下さい」
さらに爆発。
今までで一番の威力の爆発が辺りを包み込んだ。




