16 僕たちの希望
その空間はゲームがバグを起こしたようになっていた。
レフが展開したイデアにより、半径15メートル程度の範囲がおかしくなっているのだ。重力の方向がランダムになり、ところどころ空間の距離も乱れている。地形や時間の流れさえも。
「動けない! そっちはどうだ!」
「だめだ、銃弾が通らん! 何が起きているんだ!?」
従業員たちは混乱しているよう。銃弾が通らなければ予期せぬ方向に射撃される。もしくは移動すらままならない。
そんなときだ。
「あらあら、どうやら恐ろしいイデア能力のようですね」
戦闘を後方から傍観していたラオディケは言った。が、彼女は一切焦っていない。ある種の余裕すら感じさせるほどだ。
彼女は一歩前に出ると、手を前に出し。
「ですが、この能力は対策済みです」
と言って、爆発を起こす。
その爆発は爆風だけでなく、"災厄の爆発"のようにまがまがしくもまばゆい光を発し。その光はレフの能力をかき消し。
「おれの能力が!?」
動揺するレフ。
そんなレフに対し、一瞬で距離を詰めるラオディケ。周囲の従業員が制止するのも聞かず、彼女は手を伸ばし。
「少々不愉快ですので一度消えて下さいねえ」
ラオディケはそう言って、レフの右腕だけをピンポイントで爆破する。
腕が吹っ飛ばされた後の肩からどくどくと血が流れ出る。
「……くそ。おれとしたことが」
体勢を立て直そうとするレフ。だが、包囲する従業員たちがそれを許さず、銃口を向け。発砲。術式を持った銃弾の雨がレフを襲う。
そんなときだ。レフの周囲を水の壁がドームのように覆ったのは。
「大丈夫か、レフ」
レフの耳に入るのはエステルの声。さらに、タケルがレフに駆け寄り、傷の状態を見て止血する。
致命傷にもなりえたレフの傷はすぐにふさがった。
タケルの処置を受けたレフは感心したような口調で言った。
「すごいな……錬金術は」
「応急処置しかできてないよ。すごいって言うのなら、ラオディケ――敵だって」
と、タケルは言う。
「そうだったな。しかし、あれは何だ? イデアを使っているようには見えない。おれにはあの女が展開したものが見えないが」
「イデアなんて使っていないよ。ラオディケが使うのは僕と同じ、ナノースだからね。あの人も錬金術師だ」
レフに聞かれるとタケルは答えた。
「おれの知らないことばかりだな」
しばらく黙った後、レフは言った。
「僕にとっての世界もそうだよ」
タケルはそう答え、水の防御壁の外側を見た。
レフが戦線離脱した分をアカネとマリウスとスティーグが埋めている。他のメンバーにも戦闘不能となった者はいない。
活躍している3人の中でも、特に暴れていたのはアカネだった。
付近の従業員たちの持つ兵器を無力化し、パワーにものをいわせてすでに10人は倒している。
対する敵たちは武器を持っていることすらやっとのよう。まるで武器の重量が何倍にもなったかのように。
「くそ……こいつら、少人数なのに手強いぞ」
アカネと対峙する、ブレード型の兵器を持った男が言った。彼に続き、射撃武器を引きずる男も言う。
「違いねえ! とくにこいつ、ゴリラか!? 重くなった武器を軽々と……!」
「褒め言葉? 照れちゃう!」
アカネはそう言うと奪った武器を2人に向けて投げつけた。
手前側にいた男は簡単に武器を避けたが、それでも恐怖を抱くには十分だった。
彼女を相手取る男2人は、すっかり恐怖で青ざめてしまった。次に殺されるのは自分だ、それはきっと確定しているとばかりに。
「くそ……俺たちじゃ勝てねえのか!?」
「やめろ! もう俺たちは戦うつもりもない! 俺たちの負けだ!」
と、男たちは態度を一変させて命乞いをし始めた。
すると、アカネは攻撃の手を一度止める。とはいえ、何もしなかったわけではない。彼女は相対した2人の男に能力を使い。2人の男は地面に手をついた。
「だまし討ちをしようとも取れたからね、これでいいかな?」
アカネは言った。
2人はアカネによってとんでもなく体重だけを重くされており、今は動くことすらままならない。
「おとなしくしていてね。このままいてくれたら、命だけは取らないから――」
「そうじゃねえよ!」
アカネの言葉を遮る別の声。
その声とともにアカネの死角から鉈を持った兵士が斬りかかってきた。だが、アカネはその身を翻し、靴で鉈を受け止める。受け止めた鉈はとんでもない密度となり、男は鉈を取り落とす。
「てめぇ……」
「見てるでしょ、私の能力。そういうことだって!」
アカネはさっと鉈型の兵器――男が持っていた鉈を拾い、目にもとまらぬ速度で突っ込んで切り払う。
男の首が飛んだ。どうやらこの兵器はあまりにも切れ味が良いらしい。
「なるほど、そーいうことね。タケルにサンプルとして渡しとこ」
と言って、さらに切り払う。
このときのアカネからはいつもの表情が消えていた。血と憎しみと悲劇にまみれた世界で生きるアカネが顔を出しているようだった。
「こんなのが
そんなアカネの戦いぶりをよく見ていた者は味方以外にもいた。
工場の従業員や兵士たちが戦う中、レフを戦線離脱させてからは観戦を決め込んでいたラオディケだった。
「ふふ、そういうこと……見つけましたよ、オリジナル」




